ep.38 虚無の宝珠
首都への旅路は、一行にとってこれまで以上に重苦しいものだった。
裏切り者の最期の言葉が胸に刻まれ、ただ勝利したという喜びに浸る余裕はなかった。
ザラゴスも同伴し、事態の深刻さを改めて伝える。
「奴らが計画している儀式は、裂け目の魔力を利用し人間界と魔界の境界を完全に破壊するものだ。」
ザラゴスが冷たい目で語る。
「もし成功すれば、魔界の力は人間界に溢れ出し、この世界全体が崩壊するだろう。」
「そんなこと、絶対に許さない!」
エリスが拳を握りしめる。
「だが、それを阻止するにはまだ足りないものがある。儀式の核となる魔力の源…それがどこに隠されているのか、未だ不明だ。」
ザラゴスの視線が険しくなる。
首都近郊の森を進む中、リヴィアンが周囲の魔力の異変に気づいた。
「何かいる…気をつけて。」
突如、木々の間から白いローブをまとった人物が現れる。
その人物は穏やかな表情を浮かべていたが、どこか尋常ではない力を感じさせる。
「あなたたちが、裂け目の儀式を阻止しようとしている者たちですね。」
声は穏やかだが、その響きには威厳があった。
「そうだ。だが、あんたは何者だ?」
ヴァルノスが剣を握りながら警戒する。
「私はフィエル。古の時代から、この地に眠る力を監視してきた存在です。」
白いローブの人物が微笑む。
「儀式の力を封じるために協力しましょう。」
「協力?なぜ今さら現れた?」グラーデが訝しむ。
「私の使命は干渉ではなく観察でした。しかし、あなたたちの行動を見て、この世界を守るために力を貸すべきだと判断しました。」
ザラゴスがその言葉に反応する。
「あなたが言うなら、その力は確かに信頼できそうだ。だが、本当に儀式を止める方法を知っているのか?」
フィエルは頷きながら語った。
「儀式の核となる魔力の源は『大聖堂』にあります。そこにある『虚無の宝珠』が魔力を集め、儀式を可能にしているのです。」
「大聖堂…」
リヴィアンが険しい表情で呟く。
「首都の中心にある巨大な建物だ。警備も厳重だろう。」
「その通りです。」フィエルが続ける。
「儀式を阻止するには、大聖堂の中心部にある虚無の宝珠を破壊する必要があります。しかし、宝珠は強力な結界で守られています。」
「その結界をどうやって突破する?」エリスが問いかける。
「そのために、私の力が必要なのです。」
フィエルが手を掲げると、眩い光が周囲を照らした。
「私が結界を一時的に弱めます。その間に宝珠を破壊してください。」
「よし、やるしかないな。」グラーデが力強く頷く。
「だが、首都の警備をどう突破する?」
ザラゴスが策を練り始めた。
「儀式の混乱を利用して潜入する。奴らは今、計画の進行に全力を注いでいるはずだ。注意をそらすための陽動作戦も考えよう。」
首都に近づくにつれ、空気が異様に重くなっていく。
遠くに見える街並みは、以前の賑わいとは異なり、闇に包まれていた。
街を覆うように黒い霧が漂い、人々の姿はほとんど見えない。
「まるで廃墟のようだな…」グラーデが呟く。
「儀式の影響がここまで及んでいるのね…」エリスの声にも緊張が混じる。
ザラゴスが指示を出す。
「これ以上目立つ行動は危険だ。ここからは分散して進む。大聖堂で再集合する。」
「了解!」ヴァルノスが剣を握り直し、一行はそれぞれの役割を胸に進み始めた。
大聖堂の正門前に到達した時、周囲の空気がさらに重くなる。
中から漏れる黒い光が、一行の足元を照らす。
「これが…奴らの拠点か。」リヴィアンが険しい顔で言う。
「宝珠を破壊するのが最優先だが、当然ながら敵の幹部も待ち構えているだろう。」
ザラゴスが冷静に告げる。「全力で挑め。」
「絶対に成功させる!」
ヴァルノスが決意を込めて叫び、一行は静かに大聖堂の扉を開けた。
内部にはこれまでにないほどの禍々しい力が渦巻いていた。
そして、薄暗い奥の祭壇には虚無の宝珠が輝き、その前に立ちはだかる影が現れる。
「来たか。貴様らを待っていた。」
影の中から現れたのは、儀式を主導する者と思しき黒衣の魔導士だった。
「ここで全てを終わらせる!」
ヴァルノスが剣を抜き、次なる戦いに備えた。
最終決戦が、いよいよ幕を開けようとしていた。
大聖堂の中は、異様なほど静寂に包まれていた。だが、その静けさは嵐の前触れに過ぎなかった。
天井は高く闇に包まれ、柱の影が不気味に伸びている。
虚無の宝珠から放たれる黒い光が、祭壇全体を照らし出していた。
一行が進むと、黒衣の魔導士が一歩前に出て、口元を歪めた。
「ここまで辿り着いたことは褒めてやろう。だが、それ以上は無駄だ。この宝珠の力が完成すれば、貴様らもこの世界も消え去る運命だ。」
「黙れ!」ヴァルノスが叫び、剣を振りかざす。
「俺たちはそんな未来を許さない!」
魔導士は冷笑を浮かべた。
「では、見せてやろう。この力の一端をな。」
魔導士が杖を掲げると、空間が歪み始めた。
虚無の宝珠から放たれた光が柱や天井に反射し、次々と異形の魔物が現れた。
それらは一行を取り囲むように配置され、牙を剥き出しにして唸り声を上げる。
「こんな数、どうするのよ!」エリスが叫ぶ。
「怯むな!」グラーデが盾を構え、魔物たちの猛攻を受け止める。
「リヴィアン、後衛を頼む!」
「了解!」
リヴィアンが素早く詠唱を始め、光の矢が次々と魔物を貫いていく。
しかし、倒れても倒れても次の魔物が現れる。
魔物の攻撃を受け流しながら、ヴァルノスは魔導士を睨みつけた。
「直接奴を叩かなきゃ、キリがない!」
「だが、この数を無視して進むのは無謀だ!」
ザラゴスが冷静に言う。
「リヴィアン、結界を張れ。敵の動きを一瞬でも止めるんだ。」
「任せろ!」リヴィアンが詠唱を加速させ、周囲に光の円が広がる。
光は魔物たちの動きを一時的に封じ込め、一瞬の隙を作り出した。
「今だ、突っ込むぞ!」ヴァルノスが叫び、エリスと共に魔導士に向かって突進する。
「愚か者どもが。」
魔導士は静かに杖を振り、黒い炎の渦が二人に襲いかかる。
エリスが素早くバックステップを取り、炎を回避するも、ヴァルノスの剣は黒い魔力の壁に阻まれた。
「その程度か?」魔導士が冷笑する。
「貴様らごときに、この宝珠を破壊することなどできはしない。」
「そう思うか?」
ヴァルノスが力を込め、剣に赤い光を宿らせた。
「これを見てから言えよ!」
彼の剣から放たれた一撃が魔力の壁を砕き、魔導士の防御を突き崩す。
その衝撃により、魔導士は一瞬後退した。
「効いてるわ!」
エリスが叫び、追撃の魔法を放つ。炎の槍が魔導士の肩を掠め、彼のローブを焼いた。
しかし、魔導士は痛みをものともせず笑みを浮かべた。
「貴様らの力では不十分だ…虚無の宝珠よ、さらなる力を!」
祭壇に置かれた宝珠が一層激しく輝き始めた。その光は闇を伴い、魔導士自身を包み込む。
「何をするつもりだ!」リヴィアンが叫ぶ。
「宝珠の力を取り込む気だ!」ザラゴスが声を張り上げる。
「奴の力がさらに増幅されるぞ!」
宝珠から放たれる光が魔導士を覆い、その姿が次第に変わり始めた。
彼の体は黒い結晶のようなものに覆われ、異様に膨張していく。
声が低くなり、響くような威圧感を放つ。
「これが宝珠の力だ。もはや貴様らでは歯が立たない。」
魔導士の声が響き渡ると、彼が振るった一撃で地面が砕け、一行は吹き飛ばされた。
「こんなの、どうやって倒すのよ!」エリスが息を切らしながら叫ぶ。
「俺たちなら、できる…!」ヴァルノスが立ち上がり、剣を握り直す。
「宝珠を破壊すれば、奴も終わりだ!」
「その通りだ。」ザラゴスが冷静に状況を分析する。
「フィエル、結界を弱める準備はできているか?」
「時間を稼いでくれれば可能です!」フィエルが叫ぶ。
「聞いたな、全員!」ヴァルノスが指示を飛ばす。
「俺が奴を引きつける!その間に宝珠を破壊する準備を!」
ヴァルノスが魔導士に突撃し、その圧倒的な攻撃を受け流しながら時間を稼ぐ。
リヴィアンとエリス、グラーデは集中し、フィエルの援護のもと、宝珠を狙う準備を進めた。
「今だ!」ザラゴスが叫ぶ。
エリスが全魔力を込めた雷の槍を放ち、それが宝珠に命中した瞬間、大聖堂が震え始めた。
宝珠が砕け散り、黒い光が消滅すると同時に、魔導士の体から力が抜け落ちた。
彼は膝をつき、静かに崩れ落ちた。
「やったの…?」エリスが呆然と呟く。
しかし、ザラゴスの表情は険しいままだった。
「まだ終わっていない。この破壊によって別の影響が生じる可能性がある。」
その言葉の直後、地面が激しく揺れ、裂け目から新たな光が噴き出した。
その光は人間界全体に広がりつつあり、一行は新たな危機を察知する。
「この戦い、本当に終わらないのか…」ヴァルノスが苦い表情を浮かべた。
「次の一手を考える必要がある。」ザラゴスが静かに言った。
「その為にもまずはここを脱出しなくては。」グラーデが呟く。
大聖堂の壁が崩れ始め、天井から瓦礫が次々と降り注ぐ。
地面の裂け目から放たれる光は、目も眩むほどの輝きを放ち、一行を飲み込むように広がり続けていた。
「ここは長居できない!全員、出口へ向かえ!」
ザラゴスが冷静な声で指示を出す。
「瓦礫が邪魔してる!早くしないと崩落に巻き込まれるわ!」
エリスが叫びながら、魔力を込めた火球で行く手を阻む瓦礫を砕く。
「リヴィアン、転移魔法で脱出できないのか!」
ヴァルノスが後ろを振り返りながら叫ぶ。
「今の魔力の乱れでは座標が定まらない!けど、少し時間をくれれば試みる!」
リヴィアンが必死に詠唱を続ける。
その間にも崩落は加速し、一行は瓦礫と爆風を避けながら出口を目指した。




