ep.37 内通者
霧の森を抜け出た一行は、長らく見ていなかった人間界の空に顔を上げた。
青空に浮かぶ白い雲は静かで、かつての平和な世界を思い出させるかのようだった。
だが、それが仮初の平和であることを彼らは理解していた。
「儀式を行っているのはおそらく首都のどこかね。」
エリスが地図を広げ、指で示す。
「この情報はザラゴス様から得たものだが、敵が仕掛けた罠もあるはずだ。まずはザラゴスに報告を。」
グラーデが重い斧を肩に乗せながら言う。
「俺たちが守護神を倒したことを伝えれば、次の指示もあるはずだ。」
リヴィアンは魔力の宝玉をそっと握りしめた。
ヴァルノスは静かに頷いた。
「確かに。ザラゴスに詳細を聞く必要がある。よし、全員、準備を整えたら首都へ向かうぞ。」
一行がザラゴスのいる拠点に到着すると、普段の静けさとは異なる緊迫感が漂っていた。
魔族たちが慌ただしく動き回り、警戒態勢を取っている。
「何が起きている?」グラーデが警備の一人に問いかける。
「敵の刺客がここに潜り込んだ形跡があります。」
警備の魔族が短く答えた。
「ザラゴス様は対策を練っていますが、何者かが内通している可能性があります。」
「内通者…?」
エリスが眉をひそめた。
「敵は私たちの動きを知っているの?」
「そうだとすれば、この拠点すら安全ではない。」
ヴァルノスが剣の柄に手をかける。
「早くザラゴスに会おう。」
ザラゴスは広間の奥、魔法陣が輝く部屋で一行を待っていた。
彼の顔には緊張の色が浮かび、いつもの余裕は感じられなかった。
「帰還したか。」ザラゴスが一行に向き直る。
「守護神たちを倒したことは聞いている。その成果を称賛しよう。」
リヴィアンが宝玉を取り出し、ザラゴスに差し出す。
「これが裂け目を封じるための鍵です。でも、これをどうやって使えばいいのか分かりません。」
ザラゴスは宝玉を慎重に手に取り、その魔力を確かめるように目を閉じた。
「なるほど、確かにこれが鍵だ。しかし、裂け目を封じるには、この宝玉だけでは足りない。必要なのは、この力を解放するための『儀式』だ。」
「儀式?」
ヴァルノスが眉をひそめた。
「その儀式の詳細を教えてくれ。」
ザラゴスは短く頷き、話を続けた。
「儀式には特定の場所が必要だ。その場所は、人間界における『魔力の中心』だ。しかし、それは同時に敵が儀式を進めている場所でもある。」
「つまり、敵の本拠地に乗り込むということか。」
グラーデが腕を組んだ。「燃えてきたな。」
「だが、一つ問題がある。」
ザラゴスが険しい表情を見せた。
「敵が持つ裂け目の魔力は、これまでとは桁違いに強大だ。その力を無効化しなければ、宝玉を使った封印は不可能だ。」
その時、広間の外から警備兵の叫び声が聞こえた。
一行が振り返ると、一人の魔族が血にまみれた剣を持って立っていた。
「お前は…!」ザラゴスが目を見開いた。
「久しいな、ザラゴス。まさか、私が内通者だったとは思わなかったか?」
その魔族は不敵な笑みを浮かべていた。
リヴィアンが杖を構える。
「どういうことだ!なぜ味方を裏切る?」
「味方だと?」その魔族は嘲笑した。
「私は最初から味方などではなかった。ただ、利用していただけだ。」
ヴァルノスが一歩前に出る。
「この状況での裏切りは許さない。その命で償ってもらう。」
「お前たちにできるかな?」
魔族は笑いながら魔力を解放し、その場に黒い霧が広がる。
「この霧は…!」
リヴィアンが驚きの声を上げる。
「私を倒せるものなら、倒してみろ!」
裏切り者が叫び、一行に襲いかかってきた。
黒い霧が広間を覆い尽くす中、裏切り者はその中心で冷笑を浮かべていた。
黒い魔力が体を包み込み、その姿は見る見るうちに巨大化していく。
「こいつ、裂け目の魔力を体に取り込んでいる…!」リヴィアンが声を震わせる。
「そうだ。」
裏切り者はその手を掲げると、黒い光弾が次々と生成され、一行に向かって放たれた。
「避けろ!」
ヴァルノスが叫び、剣を抜き放ちながら光弾を弾いた。
しかし、放たれる数があまりに多い。
「エリス、支援を!」
グラーデが斧を構えながら前進する。
「分かってるわ!」
エリスはすぐに結界を展開し、迫り来る光弾の一部を防いだ。
しかし、全てを防ぎきるのは難しい。
グラーデが突進して裏切り者に斧を振り下ろすが、相手の魔力の盾に弾かれる。
「こいつ、近接でも隙がないのか…!」
「遠距離攻撃で隙を作る!」
リヴィアンが杖を掲げ、魔法陣を描き出した。
「『フレイム・バースト』!」
巨大な炎の柱が裏切り者を飲み込む。
しかし、黒い霧が炎をかき消し、裏切り者は無傷のまま立っていた。
「そんな程度でこの力を止められると思ったか?」
「何か手を打たないと…このままじゃ…!」エリスが焦りの表情を浮かべる。
ヴァルノスが冷静に周囲を見渡し、裏切り者の動きを観察する。
「奴の攻撃が激しいのは、裂け目の魔力が集中しているせいだ。しかし、あの黒い霧が源なら、そこを狙えば…!」
「リヴィアン!」ヴァルノスが叫ぶ。
「奴の足元を狙って霧を一時的に散らせる魔法を使え!」
「分かった!」リヴィアンが魔力を込めて新たな魔法を発動する。
「『ウィンド・ストーム』!」
強力な風が霧を吹き飛ばし、一瞬だけ裏切り者の体が剥き出しになる。
その隙を見逃さず、ヴァルノスが渾身の力で剣を振り抜いた。
「喰らえ!」ヴァルノスの一撃が裏切り者の肩を斬り裂く。
「ぐぅっ…!」裏切り者が苦痛の声を上げ、体勢を崩す。
「今だ!」グラーデが追撃を仕掛け、斧を振り下ろす。
エリスも魔法の矢を放ち、集中攻撃を行う。
しかし、裏切り者は苦しみながらも笑みを浮かべた。
「まだ終わりではない…!裂け目の力をもっと解放する!」
黒い霧がさらに濃くなり、広間全体が真っ暗に染まる。
そして、裏切り者の姿が変わり始めた。
体格がさらに膨れ上がり、その瞳には凶暴な光が宿る。
「これが…本当の力だ!」裏切り者の声が響き渡る。
新たに生成された腕のようなものが一行に向かって振り下ろされる。
「くそっ…避けきれない!」グラーデが盾を構えて防ぐが、衝撃で吹き飛ばされる。
「全員、距離を取って!」エリスが叫ぶ。
ヴァルノスは仲間を見渡し、全力で声を上げた。
「奴の暴走が完全になる前に止めるしかない!全員、力を合わせるぞ!」
「やるしかないわね!」
エリスが再び結界を展開し、攻撃の余地を作る。
「俺が正面から攻撃を引きつける!」
グラーデが斧を握り直し、突進する。
「その隙に俺が魔法で仕留める!」
リヴィアンが宝玉を手に魔法陣を展開する。
「この力を使う時が来た!」
「よし!」ヴァルノスが剣を掲げた。
「一気に叩き込むぞ!」
三人の力が一つとなり、同時に最大の攻撃を繰り出した。
ヴァルノスの剣が裏切り者の胸を貫き、リヴィアンの魔法が黒い霧を焼き払い、グラーデの斧が最後の一撃を加える。
裏切り者は崩れ落ち、その体が徐々に消えていく。
「ふふ…お前たちにはまだ…絶望が待っている…」最後に不気味な言葉を残し、完全に姿を消した。
「終わったのか…?」グラーデが荒い息をつきながら問う。
「いや、これで全てが解決したわけじゃない。」ヴァルノスが剣を収めた。
「奴が言った『絶望』…何かがまだ待っている。」
ザラゴスが広間に現れ、一行に近づいた。
「よくやった。だが、敵の計画は着実に進んでいるようだ。儀式を止めるために、すぐに首都へ向かわねばならない。」
「次が…本当の最後の戦いか。」
リヴィアンが宝玉を握りしめる。「絶対に止めてみせる。」
一行は新たな決意を胸に、次なる戦場へと向かう準備を始めた。




