ep.36 世界樹の種
ザラゴスは全てを聞き終わると、眉間に深い皺を刻みながら低い声で呟いた。
「…ナーダスの計画はここまで周到だったか。奴は最初から封印の暴走を狙い、それを利用してさらなる闇を引き込もうとしていたのだろう。」
「さらに闇を引き込む…それは何を意味する?」リヴィアンが問う。
ザラゴスは重々しい声で答えた。
「封印の暴走により、次元の境界が大きく揺らいでいる。この状態では、外部の強大な存在がこの世界に干渉する余地が生まれる。具体的には、異界の魔神だ。」
「そんなものがこの世界に来たら、一体どうなるの?」
エリスが青ざめる。
「今のこの世界では太刀打ちできぬ。人間界も魔界も等しく滅びるだろう。」
ザラゴスの言葉は冷酷でありながら、真実味に満ちていた。
その時、部屋に駆け込んできた魔族の伝令が叫んだ。
「ザラゴス様!人間界の北部に異常なエネルギー反応が現れました!あの柱の影響で、次元の裂け目が開き始めています!」
「裂け目か…」ザラゴスは一瞬目を閉じ、深く息を吐いた。
「ヴァルノス、エリス、グラーデ、そしてリヴィアン。お前たちに新たな使命を与える。裂け目を封じ、異界の魔神がこの世界に降り立つのを防げ。」
「そんなの可能なのか?」グラーデが不安げに尋ねる。
「可能かどうかではなく、やるしかないのだ。」ザラゴスは厳しい表情で答えた。
「私は魔界全土の力を借りて儀式の余波を抑える。お前たちは裂け目を封印する方法を見つけ、実行するのだ。」
「方法は?」エリスが急かすように聞く。
「古代魔術書によると、裂け目を封じるには '世界樹の種' が必要だ。それを裂け目の中心に植えることで、次元の安定を取り戻せる。」
「世界樹の種?それって確か失われた伝説の遺物では…」
リヴィアンが驚きの声を上げる。
ザラゴスは深い息をついた。
「種は、魔界の奥深くにある '虚無の森' に隠されていると言われている。しかし、そこは強力な結界と幻惑が施されており、帰還者はほぼいない。」
「簡単にはいかないってわけか。」
ヴァルノスが剣を握り直した。
ザラゴスは一行に向かい、最後の言葉を投げかけた。
「気をつけろ。虚無の森には、単なる魔物ではない存在が潜んでいる。世界樹の種を守る真の番人に気をつけるのだ…」
一行は覚悟を新たにし、虚無の森を目指して出発した。
森に足を踏み入れると、周囲は異様な静けさに包まれていた。
空間そのものが歪んでいるようで、歩いても進んでいるのか戻っているのかすらわからない。
「ここが虚無の森か…不気味すぎる。」グラーデが斧を肩に担ぎながら呟いた。
「気を抜かないで。ここは何が起きてもおかしくないわ。」リヴィアンが杖を握り締める。
その時、突然霧の中から影が現れた。
その姿は、人間のようでありながらどこか異質。全身が黒い甲冑に包まれ、瞳は赤く輝いている。
「侵入者よ、ここで引き返せ。」低い声が響く。
「誰だ?」ヴァルノスが警戒しながら剣を構える。
「我は世界樹の守護者。この地に足を踏み入れる者は、相応の覚悟を持たねばならぬ。」
守護者の言葉に、一行の闘志が高まった。
「覚悟ならできてる!」ヴァルノスが叫び、剣を振りかざした。
ヴァルノスが剣を振り下ろすと、守護者の影がふっと霧に溶け込むように消えた。
一行は警戒を強めながらその場に留まるが、突然、後方から甲冑の男が現れ、鋭い刃をエリスに向かって繰り出す。
「エリス!」グラーデが瞬時に動き、斧でその一撃を受け止めた。
甲高い金属音が響き渡る。
「油断するな!こいつはどこにでも現れる!」グラーデが叫ぶ。
守護者はグラーデの斧を押し返しながら不気味に笑った。
「力だけでは、この森の奥へは進めない。お前たちに試練を与えよう。」
霧が一層濃くなり、地面から黒い蔦が現れて一行の足を絡め取ろうとする。
リヴィアンが素早く呪文を唱え、炎の刃で蔦を焼き払ったが、その間にも守護者の影は別の場所に現れていた。
「動きが速い…!」エリスが矢を放つが、影は矢を掴み取るようにして消えてしまう。
「奴を捕まえるには、私たちの動きを連携させるしかない。」ヴァルノスが短く指示を出す。
「私が視界を確保するわ!」リヴィアンが再び呪文を詠唱し、周囲を照らす光のオーブを作り出す。
霧の中に隠れていた守護者の輪郭が一瞬浮かび上がった。
「そこだ!」グラーデが突進し、斧を振るう。
守護者は身をかわしつつも、グラーデの動きを利用してエリスに迫る。
「逃がさない!」エリスは弓を放つが、矢が命中する直前に守護者の影は再び霧に溶ける。
「全員、奴の動きを囲むぞ!」ヴァルノスが剣を構えたまま指示を続ける。
「リヴィアン、奴が霧に溶ける前に魔力を封じろ!」
リヴィアンが頷き、杖を掲げた。
「闇を縛る光よ、彼の影を逃がすな!」魔力の光が守護者の体を覆い、その動きを封じ込めた。
「今だ!」ヴァルノスが剣を振り下ろし、グラーデも斧で強烈な一撃を加える。
守護者の甲冑が砕け、黒い霧が吹き出した。
「ふふ…見事だ。」倒れたかに見えた守護者の声が、周囲に反響する。
崩れた甲冑の破片が宙に浮かび、霧の中で再構築されていく。
「今度は本気で相手をしてやろう。」
守護者の体はさらに大きく、筋骨隆々とした姿に変化していた。
甲冑には赤い紋様が浮かび上がり、その全身から魔力が溢れ出している。
「さっきよりも遥かに強くなってる…!」リヴィアンが冷や汗を浮かべながら後ずさる。
「これが最後の試練か…!」ヴァルノスが剣を握り直す。
「みんな、全力でいくぞ!」
守護者はその巨体に似合わぬスピードで一行に迫る。
その拳は地面を砕き、振るう刃は空気を切り裂く音を立てた。
エリスが矢を連射するも、守護者は片手で弾き返し、グラーデの斧も簡単に受け止めてしまう。
「こいつ、どれだけ硬いんだ!」グラーデが叫ぶ。
「力で押し通そうとするな!こいつには隙があるはずだ!」
ヴァルノスは剣を守護者の横腹に滑らせるが、甲冑に弾かれ、わずかな傷しか与えられない。
「魔力を一点に集中するしかない。」リヴィアンが提案する。
「俺が時間を稼ぐから、その間に攻撃を準備しろ!」
リヴィアンが両手を広げ、光の壁を作り出す。
守護者はそれを力で打ち破ろうとするが、リヴィアンが意地でも壁を維持する。
「くそっ…!」リヴァインが悲痛の声をあげる。
ヴァルノスが剣を高く掲げ、全ての力を集中させた。
「これが俺たちの切り札だ…!」
エリスが矢に魔力を込め、グラーデも斧を振り上げる。
「いくぞ!」ヴァルノスが叫び、三人同時に攻撃を放った。
剣の一閃、魔力を込めた矢、そして斧の一撃が守護者に直撃する。
守護者の体が崩れ、霧とともに消え去る。
その場には輝く宝玉が一つ残されていた。
「これが世界樹の種…」リヴィアンがそれを手に取ると、宝玉は柔らかい光を放ち始めた。
「これで裂け目を封じられるのね。」エリスが微笑む。
「だが、これで終わりじゃない。裂け目に向かう道はさらに厳しいだろう。」
ヴァルノスが剣を鞘に収めながら言った。
「全員無事にここまで来た。それだけで十分だ。」グラーデが肩を叩きながら笑う。
一行は世界樹の種を手にし、いよいよ最終決戦の場へと向かう準備を整えた。
霧の中に再び道が現れ、彼らは次なる運命に立ち向かうため、一歩を踏み出した。




