1.まだかな?
田原莉緒はVRギアを被ると、ベッドに寝そべった。
側面の電源スイッチを押せば、フォォォォンというファンの音が鳴り始める。
瞑目して全身の力を抜き――やがてVRギアが起動した。
ギ、というベッドが軋む音がする。
真っ白い清潔感があふれるというか、病院のごとき白さを誇る部屋だ。
ここはフルダイブした際に最初に訪れるホーム。
莉緒のホームは簡素なデフォルトのホームを利用しており、装飾はまったくない。
莉緒自身の格好もデフォルトの白い全身タイツのような格好であり、身体の凹凸が目立つそれは莉緒のスレンダーなプロポーションを浮かび上がらせている。
誰にも見られないホームだから、この格好でも構わないと莉緒は考えていた。
上体を起こして、巨大な壁面を見上げる。
『予約中』という赤い文字が灯っているパネルが一際、目立つ。
曇天の下に広がる青い海、そこにポツリと浮かぶ小さな島。
壁に掛けられている時計が午前零時を指した途端に、『予約中』の文字が『ダウンロード開始』に変化し、プログレスバーが表示される。
莉緒はベッドから降りて、壁面に歩み寄る。
『ダウンロード中』へと文字が変わったパネルはグングンとプログレスバーを緑で満たしていく。
この時代で最速の高速回線を引いているだけあって、ダウンロードは凄まじい勢いで進んだ。
プログレスバーが緑に満たされ、文字はいよいよ『インストール中』へと変化。
くるくると回るアイコンがVRギアの記憶媒体にデータをインストールしていることを表していた。
「まだかな?」
思わず莉緒は呟く。
発売日当日になった途端にログインする、つまりスタートダッシュを決めるつもりで今日は夜ふかしをするつもりでいた。
最新VRギアが登場して2年、遂に高性能なハードに対応したVRMMOの金字塔とも言えるビッグタイトルの発売日がやって来たのだ。
『九魔群島物語』――日本の大手ゲーム会社が開発したタイトルで、この筋では著名なディレクターと開発スタッフを投入している話題作である。
パネルの『インストール中』の文字が消えた。
そしてパネル中心部に『プレイする』という文字が浮かび上がった途端に、莉緒はそこを手の平でタッチする。
――『九魔群島物語』、それは九つの島を巡るファンタジー。
ホームが薄暗くなっていく。
やがて自分のアバター以外が真っ暗闇になると、静かにBGMが鳴り出した――。