表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

第3話

――入り口にいる。泣きそうだから早く行ってあげて。


 こんな風に幻聴が聞こえてきたのはこれで二度目だった。


 一度目は確か修学旅行のとき。


――迷子の子がこっちに来る。そこで待ってて。


 引き止められた僕は、気のせいだと思いつつも言うとおりにした。なぜか信じてみたかった。

 僕は霊や宇宙人を信じているわけじゃないけれど、いたらいいなとは思ってる。その存在を完全に否定してしまうと、そこから何も想像を膨らますことができなくなるから。僕らの知らないところで彼らは生きている、そう思えたほうがきっと楽しい。


 メンバーに頼んでその場に留まっていると、小道から本当に迷子が現れたから驚いた。一人で心細かっただろうに、月乃さんはなぜか楽しそうだったのを覚えている。

 さっき聞こえた声は以前のそれと同じだ。疑う必要もなく、僕はまっすぐ会場の入り口へと向かう。


 夏休みになり、今日は月乃さんと二人でアニメのイベントに来ていた。目が回るほどの雑踏をすり抜けながら、広い会場を小走りで進んでいく。

 月乃さんは方向音痴だから迷子になることは想定内だったが、トイレくらい大丈夫だろうという考えが甘かった。カバンを預かったせいで、彼女のスマホもここにある。

 地面を蹴るたびに、彼女のカバンについたストラップがカチャリと揺れる。太陽モチーフのそれは彼女が大切にしているものだった。


 なんで『月乃』なのに月じゃないの? いつだったかそう聞いたことがある。彼女は慈しむようにストラップを撫でながら、「最後だからってね、お別れの前に親友が私のために選んでくれたの」と答えてくれた。最後、という言葉が気になったが、その微笑みがなんだか寂しそうで結局聞くことは出来なかった。


 付き合い始めて一ヶ月が経った頃、彼女がひどく落ち込んでいた時期があった。理由は詳しく教えてくれなかったが、ストラップをずっと握りしめていたのを覚えている。きっとそれには見た目の魅力以上に、大切な思い出が詰まっているんだと思った。

 僕がもう少し頼りがいのある人間だったら、話してくれたのだろうか。


「月乃さーん!」


 呼びかけると、声のとおり目元を腫らした月乃さんが駆け寄ってきた。見たところ今回はかなり心細かったらしい。


 こみ上げる緊張を唾と一緒に喉の奥に押し込むと、勢いをつけて僕は彼女の手を握った。


「こ、こうしてれば、はぐれないから」


 う、うん、と視界の外で彼女が頷く気配がする。ずっとこうしたいと思っていたが、このタイミングでよかったのだろうか。身体が異常なほど熱い。手汗が急に気になりだす。


「あ、明日見くん、よくわかったね、私の場所」

「どこかから声が聞こえてきたんだよね、あっちにいるよって」


 恥ずかしさをごまかしたくて、わざと本当のことを言った。冗談として受け取ってくれるだろう、そう思った。


「えっ、」


 彼女が急に止まったせいで、引っ張られるように僕の足も止まる。長い睫毛で縁取られた双眸が、驚いたように見開かれている。

 それって……。そう彼女が呟いた瞬間だった。


――その手を離しちゃダメだよ、月乃。私は今度こそ本当に消えちゃうけど見守ってるからね。バイバイ。あなたの全てをずっと愛してるよ、月乃。


「ほら。また聞こえた」


 声の主を探すように周囲を見渡すと、彼女は信じられないような表情で僕を見た。さっきよりもさらに充血した瞳が僕を貫く。


「うそ、明日見くんにも聞こえたの?」

「うん」


 そう頷いた途端、彼女が声を上げて泣き崩れた。慌てて肩に手を回すと、顔を覆った手の向こうから微かに声が聞こえてきた。


「私も、私も愛してる」


 泣きじゃくる彼女の手を引き、近くのベンチに座らせた。手渡したハンカチで目元を拭うと、一瞬で黒いシミが出来る。


「ちゃんと、陽ちゃんの言葉だったんだ」


 嗚咽混じりに呟く彼女は、後悔しているように見えた。だけど、同時にどこか喜んでいるようにも感じられた。震える彼女の小さな背中をさする。


「明日見くんに聞いてほしいことがあるの」

「何?」

「私にはね、大切な親友がいたの」


 声にならない声で、だけど必死に彼女が思い出を紡いでいく。一言も聞き逃してはいけないような気がして、僕は寄り添うように耳を近づける。


 彼女の手の中には、太陽のストラップが強く握りしめられていた。

これにて終わりです。

感想や評価をいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ