目には目を、歯には歯を
「召喚?」
「……そうなんです、すみません……」
今私の前には、なんだか無性に申し訳なさそうな顔をしてうなだれている男性が1人いる。
割と普通に、どこにでも居そうで居ない、七三に分けた頭髪にきっちりしたスーツ姿の男だった。
彼は自分のことを「神」と名乗った。
なんでも私を召喚した術者の居る世界の神の一柱で、ラオルスと言うのだとか。これでも昔は力ある神だったのですがねぇ……と黄昏れた瞳で呟きながら、両手で握った缶コーヒーを大事そうにすすった。哀愁漂ってる。
周りは、やっぱりどこかにありそうな感じの駅のホーム。ただし、無人。
不思議に思って周りを見ていたら、神と名乗った男性――ラオルスが軽く説明してくれた。見知らぬ場所や何もない空間よりこういう方が落ち着くでしょう? って。
取りあえず座りませんか? と提案されて、駅のベンチへ。荷物1つ分ほどの間を空けて隣同士に座った。
「召喚、してはダメですよ、と何度も言っているんですけどね。お告げで。……でも、ちっとも聞いて貰えなくて。ていうか、私の声、大分届きにくくなってる上にちゃんと聞ける人が要職から外されちゃいまして……」
「はぁ」
「本当ならこのまま帰して差し上げたいのですが、そんなわけで、そういう干渉さえ出来ない始末でして……申し訳ない」
そんなわけってどんなわけだ。とは思ったけれど、まぁ無理なものは無理ってヤツなんだろう。どこにでもある理不尽だ。
大変だなぁ、と思うけど、とは言え私に出来ることはないよね、とも思うし、私に言われてもなぁ、とも思う。
「あの、それだと私、どうなってしまうんでしょうか」
「そうですねぇ、あちらの世界へ召喚される、ということになります。……ただ! ただですね! そのままではあまりにもあなたが不憫ですので! せめて私から、何か贈り物を差し上げようかと思いまして! ええ!」
「えっと……ありがとうございます?」
唐突な叫びにちょっと身を引いた。缶コーヒーを握りしめるラオルスの指先がちょっと白くなっているから相当リキ入ってる。
何というか、なにかを吹っ切ろうとでもするかのような? そんな勢いがあった。
「お礼など良いのですよ、むしろそれくらいしか出来ることがない己が身の不甲斐なさ……なのです! 私に力さえあれば、召喚をリセットして元の世界にお戻しすることもできるのでしょうが、現状ではそれもままならず……――だがしかし! 出来ることが皆無というわけではありませんので、出来ることを出来るなりに! というわけで、気を取り直して参りましょう! さて、どのような贈り物がよろしいでしょうか?」
「どのような?」
「そうですね、取りあえず――これまでの私の経験則から申し上げまして」
「経験則」
「ええ、はい。これまで何度も、何人かの方があちらから召喚されてしまっておりまして、ええ。その際に、それらの方々が『こういうのが欲しいな~』とおっしゃられたものをですね」
どうやら、召喚された人は私が初めてではなかったらしい。
……私、いったい何人目なのだろうか。
召喚の目的は? 目的が達成されていないから、何人も召喚されているんだ……よね? 私の前に召喚された人達の末路は?
なんだかどんどん不安になって来た。
「取りあえず、言葉の素養とか、魔法や剣の才能や、鑑定? とか、癒やしの力とか、アイテムボックス? とかが多かったですね。ああ、美貌とかもありましたっけ。一部よく分からないものもあったのですけれど」
男性は私に薄めの冊子を差し出した。「異世界転生マニュアル」と、ゴシック体でタイトルが書かれている。ワードかエクセルで作ったみたいな手作り感満載の冊子だった。ホチキスで雑に綴じられていた。
冗談みたいだなぁと思いつつも、内容は割と真面目だった。
『この度は弊世界の住民による唐突な召喚、大変もうしわけございません』から始まっていた。ついで、現状の世界情勢の説明(剣と魔法とスキルの世界、冒険者ギルドあります!、など)、ざっとした地図、種族説明(人間以外に、亜人(エルフ、ドワーフ、半獣人)が所謂『人類』括り、それに敵対勢力として魔族(魔人、獣人)がいる)、今回の召喚に関する経緯と主犯(前召喚者に逃亡され、不安に耐えかねた王族が魔術師を使い秘術を行使させたこと、実行したのはウェルネス王国現国王ウェルネス4世と魔法師団長ローワ)などが書かれていた。更に取得出来る職業とスキルが一覧でずらりと。
「どうなさいますか?」
「うーん……そうですねぇ……」
どうしますかと問われてもなぁ、というのが正直な感想だ。
「これまで召喚された人達はどうされてるんですか? お元気なんです?」
「現状、この10年ばかりの間に3人ほどの召喚に成功してしまっていまして……内、最初に召喚された方は現在第二王子の第二夫人として王宮で暮らしていました。今は亡くなられています。次に召喚された方は魔物との戦いで亡くなられました。貴方の前に召喚された方は――ほんの一週間前の事なのですが――隣国に逃げ出されました。この方は一応ご無事で、商売をされていますね」
全員ばらっばらだな?
最初の人は二十代の女性で、望んだ力は『聖女』。有用な能力があることから、王族に囲われたそうだ。本人的にはそこそこ満足しているような感じだったらしい。そこそこ贅沢もしていたが、病を得て死亡。聖女の癒やしは自分には使えなかったそうだ。
次の人は十代の男性で、望んだ力は『勇者』。1人で魔物を倒すために突撃しようとするところを流石に見かねた王国のお偉いさんたちに部下を幾人か付けられ、旅立ち、割とあっさり魔物に囲まれて死んでしまった。地理も分からない、相手の力も分からないところを突撃したそうだからさもありなん。本人は無類の強さを誇っていたらしいが、どんなに強くても延々と戦っていられる持久力があったわけではなかったそうなので。
三人目は三十代の男性で、望んだ力はアイテムボックスと鑑定と幸運。3つも良いんですか!? ……本当なら良くないそうだが押し切られたんだそうだ。職業はそれぞれに固有の能力が1つとコモン能力が2つ付いてるから、というのが理由だそうだ。
この人はワザと戦闘に関わる能力を取らず、役立たずとして放出されることを狙ったとのこと。実際、戦いに役立つ力を持たないのならばと、普通に王宮に就職を勧められたとのこと。最初は普通に就業し、王宮関連の御用商人に顔を繋いだ後、国を出奔。今では隣国で自由に商売しているとか。
「そんなことはない、と伝えてはいるのですが、教会が勝手に『召喚者が国に居ると神の加護が与えられ国が富む』という言い伝えを作ってしまって、しかもよりによってそれが浸透してしまって……なまじっか、召喚に成功していることに加えて、ここ暫くは平和な状況が続いていたことから普通に国も富んでいっていたので、教会の言い分が正当になってしまっているんですよね……。間の悪いことに、前召喚者さんが逃げ出した後、地震が起こったりして。ほんっとうに! ただの! ぐうぜん!! なんですけど! ……ね」
ものすごく強調してくる。なるほど偶然。
「あれ? なんですか、このスキル?」
「ああ、そちらですか、そちらはですね――」
1つ、リストの中に良く分からないスキルがあった。
説明して貰うと、なんだかちょっと面白そうだ。ふむふむ、なるほど?
取りあえず、目を瞑って深呼吸を1回。
切り替えよう。
現状では、神様にはあまり力がなくて、私を元に戻すことは不可能。能力は貰える。
それなら自分に出来る限りの努力をするのが最良だ。
「そうだ、前の方が『言葉が通じるのは最低限』って言われていましたから、取りあえず言語理解はサービスでお付けしときましょうね」
「ありがとうございます……」
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
魔方陣の上で目が覚めた。
神様とのやりとりというワンクッションがあったお陰様で心は凪いでいる。神様ありがとう。
周囲がざわめく。こちらには聞こえない様に、なにやらぼそぼそと相談もしているようだけど、漏れ聞こえてくる声もそれなりにあった。
「この度は女か、御し易い。前回の男は外れだった」
「女はいい、適当に男と宝石を宛がえば言うことを聞くからな」
「先のあの女は良かったからなぁ、割と年増の様だが、どの王子に宛がう?」
……うっわぁ。
魔方陣の上でゆっくりと体を起こしながら周囲の声を聞く。ドン引きなんですが。
……3人の成功例の最初の聖女さん、実は病気じゃなくて病気に見せかけて殺されたんじゃないのか?
「ようこそおいでくださいました、聖女よ」
「聖女じゃないです」
取りあえず否定する。近寄ってきたのは長いあごひげを蓄えた威厳のありそうな老人だった。着ている衣装が、一目見ただけで高そうなのが分かる。あと重そう。近くに控えた人は手に大きな水晶のようなものを持っていた。
「聖女では……ない?」
「聖女じゃありません。私は、神の使いです」
そういうことにしておく。
水晶を持った人が、偉そうなお爺ちゃんに近寄ってなにやらもそもそ囁いた。多分私の能力とかそういうのを覗き見たんだろう、水晶で。この辺りの流れは事前に神様から説明して貰ってた。その通り過ぎてちょっと笑える。
私が神様から貰ったのは、言語理解とスキルが3つ。
1つ、料理の才。……リアルはメシマズ女ですので? これから1人で生きていくなら、自力で上手い飯が作れないと困る。
1つ、記憶力。あまり物覚えが良い方じゃないから。己の身1つで生き抜くなら、知識は力だ。
そして最後の1つ。『目には目を、歯には歯を』。
「……確かに、聖女ではない。しかし、神の使いとは」
「神様から伝言をお預かりしています。『リニアを要職に戻せ。かのものこそが我が言葉を解するものなり』」
一気に周囲がざわめいた。まぁそうだよね。自分たちに都合が悪いから閑職に追いやったんだろうしね。
「なるほど、世の理を知らぬ痴れ者が本来召喚されるべき賢者とすり替わったか。ならば望み通り、貴様をリニアにつけてやろう」
お爺ちゃんが手を打つと、私は寄って来た鎧で武装をした男2人に両脇から腕を抑えられ、連行された。
「放して! 痛いです!」
「ふん、外れが何か言っている」
「待て。たとえどのような理由があろうと、そのように無体をするものではないだろう。不満ならばオレが彼女を連れて行こう」
片方の男が乱暴に腕を引いたから抗議したら、もう片方の人が庇ってくれた。乱暴な男はフンと鼻で笑うと「こんな醜女に気があるのか? 目が腐っているのではないか?」と言いながら立ち去った。……わー、ひっどい。美人じゃないのはその通りだけど。
見た目だけをいうなら、立ち去った人はかなりの美形だった。金髪碧眼高貴な俺様って感じ。庇ってくれた人は、際立って良い容姿ではないけれど人柄の良さそうな人だった。ちょっとぼさぼさした茶の髪と瞳だ。
「庇ってくれてありがとうございます。助かりました」
「騎士として当然のことだ。あのものの無礼は、私がお詫びしよう。召喚されたものは、己の意思で来たわけではないのだろう? 前の召喚者であるムトウ殿がそう言っていた。あなたもだろう?」
「まぁ、そうですね。好きで召喚されたわけじゃないです」
さっきの人の無礼を詫びると頭を下げた上、歩調もきちんと合わせてくれる。ちゃんとした人だ。
「拘束しなくていいんですか?」
「必要はない。あなたは反抗的なわけではないし、こうして従ってくれているのだ。ローワ師よりはリニア師の方が召喚されたものに寄り添って下さるし、かの方の元に行くのに否やはなかろう?」
「はい。むしろお願いします。ローワ師というのは、さっきの髭のお爺ちゃん?」
「髭のおじ…………いや、まぁ、そうなのだが」
「顔、笑ってますよ」
「ふふ、いや、あの方をそのように呼ばうものはいないのでな」
「騎士さんはお名前なんて言うんですか? 私は爽子――ソウコです」
「ルアと言う。……多分私があなた付きの騎士となるだろう、よろしく頼む」
「ルアさんが?」
「召喚者が男性の場合と女性の場合とで2組用意されていてな、私は女性の場合の組の片割れだ。護衛騎士は1名から2名が付くのだが、その、少々言いにくいのだが、あなたの場合は1名となる」
「ああ、有用スキルとか職業じゃない場合だから、ですね」
「……言いにくいことをはっきり言われるのだな」
「事実ですので。さっきの水晶の人が私のスキルとか能力、見てたんでしょう? 私は平凡だし、特別な力は何もないですからね」
「神の使いであるのにか?」
「そこは関係ないですね。一応了解は貰ってますけど、勝手に名乗ってるだけなので。ああ、でも、神の使いっぽい力は貰っているんですよ。『目には目を、歯には歯を』」
ルアさんは困惑の表情で私を見る。うんうん、ですよね。ワケわかんないですよね。
私は性格が悪いので、これから先がとても楽しみ。
「皆さん無事に転移出来ると良いですね」
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
その後に起こった事件は、王国史に残る大事件として記録される。
魔法師団長以下24名及び主立った王族が軒並み忽然と姿を消したのだ。
原因は今以て不明とされ、判明してはいない。
その後、唯一生存していた亡き第三王妃の子で市井に落とされていた王子が王族に復帰し、その跡を継ぐこととなった。
黒髪黒目であることを疎まれ王族から出されていた彼は苦しい生活を経てなお慈悲深き人物で、その後の王国の繁栄の礎を築いた。
壊滅した魔法師団は要職から外れて久しかったリニア師が復帰、建て直しが図られた。
リニア師はその当時現存した『最後の召喚者』と共に召喚の儀の廃止と主神ラオルスの信仰の再興に努め、召喚にまつわる全ての知識の破棄を断行した。以降、召喚の儀が行われたという記録はない。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
召喚の儀に関する書、器具、魔方陣を始めとした全ては、浄化の炎にくべられた。
神の力を宿した特殊な炎は全てを焼き、存在の根幹を消滅させる。
最後に焼べられたのは、帰還に関する術式だった。
召喚され生き残った2人の内、1人は帰った。大切なものを置いてきているんだ、帰る道筋を作ってくれてありがとう、と彼はソウコとリニアの手を固く握り、泣きながら元いた世界へ帰っていった。この世界では商人として大成功を遂げ、生涯働かずとも困らないだけの財産を築いていた彼だったが、迷うことなく、それらは方々へと散財された。主には、新しく立った王の掲げる福祉と教育への投資となった。
そして、1人は残った。
「帰らなくて良かったのか? ソウコ殿」
「おやルアさん。帰った方が良かったのかな?」
「意地悪を言わないでくれ」
「冗談です。まぁ正直に言えば、今更帰ったところでね、というね。元の世界では、もう私の居場所なんてなくなっているだろうから。その程度の付き合いしかしてこなかったので、それこそ『目には目を歯には歯を』っていうか、因果応報なんだけど」
「現王を助け神の因果を正規へ正した救国の方の言葉とは思えぬな」
「別にそんなんじゃないです。それに、私に悪いことしたら全部それが相手に返って、私に良いことしたのも全部相手に返るので、なんというか、皆が勝手に良くなったり悪くなったりしてただけですよ。全部神様のお陰様です」
善意には善意の報いを、悪意には悪意の報いを。それを与えるのが『目には目を歯には歯を』の力だった。
良いも悪いも、循環は勢いを増し、悪意にはより一層の悪い循環が、善意にはより一層の良い循環が加速した。
「ソウコ殿、残ってくれて礼を言う。お陰でこれからもあなたの傍らであなたの美味しいご飯が食べられる。出来ることなら、生涯そうありたい」
「ん~、そうか~、ご飯か~。まぁ胃袋支配しちゃったからね、責任は取りましょうね」
「……そうか。責任を取ってくれるのか」
「そうですね。できることなら、私より長生きしてくれると嬉しいです。置いて行かれてしまうのは寂しいので」
「努力する」
「ルアさんの努力なら、……信じられるかな」
どうして残ったのか。その理由を、私が本当の意味で彼に告げることはないだろう。
己が記憶を反芻する。……うん、大丈夫、漏れはない。完璧に完全に、全ての知識は葬られた。
最後に己の手で焼べた術式が完全に消えて空へと昇り行く様を眺めながら、私はまぶしいものを見つめるように目を眇めた。
腕を強く引っ張った騎士は、後に酒場での喧嘩で濡れ衣を着せられ牢屋にしょっ引かれかけ、容姿が衰えた頃にそれを揶揄されムカッとする、という実にささやかな因果応報がありました