ビリビリ伝説
蝶条院あやかはお嬢様である!
頭脳明晰、容姿端麗! 学校中の男が彼女を崇め奉っていた!
しかしいまだに彼女の心を射止めたものなし!
彼女はけっして男嫌いなどではない!
自分を惚れさせてくれるような男の出現を心待ちにしているのだと、いつも校内インタビューで語っていた!
玉城王人はお坊っちゃまである!
蝶条院あやかを落とせる者がいるならばその筆頭候補であろうと噂されている!
しかし彼は高校入学以来、いまだ男女交際の経験なし!
告白された回数は数知れず! そのすべてを笑顔で断っている!
あやかのことを狙っているのは誰の目にも明らかである! しかし彼女にもしも万が一、断られるようなことがあったなら、己のプライドがズタズタになる! それを危惧して、言い方を変えるとビビって、未だに彼女に告白はしていないのであった!
「王人さん、王人さん」
玉城王人の下僕の玉国くんが情報を運んできた。
「聞きましたか? 蝶条院あやかさんの、あの話?」
「なんだ、玉国」
王人はもったいつけられて不機嫌そうだ。
「あの話とはなんだ? 早く言え」
「まだご存知なかったのですね」
玉国くんはヒヒヒと卑屈に笑う。
「今朝の校内新聞で、蝶条院さんの連載インタビューの中で、彼女、語ってましたよ」
「だから何をだ!」
王人は玉国くんに殴りかかる格好になった。
「早く言え!」
殴られたそうにしていた玉国くんは、殴ってもらえないのをわかると、寂しそうに語りだした。
「彼女、ラブレターが欲しいんだそうです」
従順な犬のように何度もお手をするその手を引っ込めながら、玉国くんは情報をオープンした。
「ラブレターだと?」
「はい。古風なその手段で愛を伝えてくれる人が好きなのだそうです。記事を読んだ男子生徒から、きっと彼女の下駄箱へ大量のラブレターが集まるでしょう。その中からベスト・ラブレター賞を選び、それを書いた者と付き合う趣向らしいですよ」
「なるほど……」
王人は考えた。ラブレターなら、読むのは彼女一人だけだろう。自分が彼女に告ったことを誰にも知られる恐れがない。失敗してもリスクがない。
よし、これだ。
とっておきの、万人を圧倒するほどの、王のラブレターを書いてやろう。
「よく教えてくれた。感謝するぞ、玉国」
そう言うと玉国くんを平伏させ、その背中を靴裏で踏んだ。玉国くんはとても嬉しそうだった。
王人は、書いた。ラブレターを、匿名で。
自分と付き合えばどんな特典があるか、自分がいかに王に相応しい男であるか、自分と付き合える女子がどれだけ社会的にも精神的にも幸福であるかを、雄弁に語るラブレターを、書いた。一目でそれは王人が書いたものだというのが既にバレバレであったが、気づいてもいなかった。
「王人さーん!」
玉国くんがまた情報をもって走ってきた。
「今度はなんだ? 玉国」
うぜぇな、と思いながらも、王人は耳を貸した。
「王人さん、シード権を与えられましたよ」
「シード権? なんのことだ」
「全校生徒の中で王人さん一人だけ、蝶条院に直接ラブレターを手渡す権利が与えられました」
「なにいィィぃ!?」
王人は、焦った。
てっきり下駄箱に玉国にこっそり入れさせたものを、秘密のVIPルームで読んで、後に「このラブレターを書いた者を優勝者とします。この方とわたくしはお付き合いいたします。このラブレターの作者は、どなたですか?」と聞かれ、「俺だ!」と全校生徒の中から余裕綽々で登場していけるものと思っていたのに──
「これは王人さん……。彼女、もう決めているんですよ」
「決めている……? なんのことだ、玉国?」
「彼女、もう王人さんと付き合う気マンマンなんですよ。でも自分から告白するのは誇り高きプライドが許さない。王人さんもビビり……いえプライドが高いから、王人さんのほうから告白しないのもわかってる。だから、ラブレターが欲しいなんて言い出せば、王人さんもその気になって、匿名で凄いラブレターを書きはじめるだろうと、そう思ったのに違いない」
「まんまと俺はあいつの手の内に乗せられていたわけか」
「あっ。ムカついたのなら、是非、僕を殴ってください」
「ムカついてなどおらん。やるな、女狐──そう思って感心しているだけだ。フッ」
「ちぇっ……。まぁ、とにかく、これは蝶条院さんが設けてくれた絶好のステージですよ。乗るしかありません」
「貴様などに言われなくてもわかっている。彼女はその高貴さゆえ、彼女のほうからは告白ができん。俺はビビり……否、プライドが高いゆえ、断られた時のことを憂慮して、俺のほうからも告白できん」
「そこで彼女、考えてくれたわけです。ラブレターが欲しいと言えば、王人さんはそれを書くだろうと。そして直接手渡してほしいと言えば、王人さんにも彼女の気持ちが伝わるだろうと」
「わかっとるわ! 喋りすぎだぞ、おまえ! つまりこれはあれだ、出来レースというやつだ。しかもラブレターなどという古風な演出で彩られた、見事なイベントだ。やるな……蝶条院あやか。さすがはこの俺様が惚れた女だ」
「乗りますか、王人さん!?」
「フッ、乗ってやろう。出来レースなど不正である上にくだらんが、あの蝶条院あやかと付き合えるのなら、何も怖くはない」
ラブレター受け渡し当日がやって来た。
待ち合わせ時間は午後五時。場所は校庭に設えられた特設ステージ。
蝶条院グループの資金力により桜吹雪舞い踊る初夏の爽やかな風の中、両者は反対方向から歩み寄って来た!
どちらも待たない! 相手を待たせもしない! 時間ぴったりに両者は来た!
特設ステージの階段を、まったくずれることなく、同じ段を同じタイミングで踏み、ステージ中央で対峙した!
「よく来たな、蝶条院あやか」
「よく来てくださいました、玉城王人様」
全校生徒が見守った!
後に伝説として語り継がれることになるこの告白を!
「して……」
蝶条院が微笑みながら相手を挑発する!
「何の御用かしら? わたくしをこのようなところに呼び出して?」
「フッ……、白々しいな。呼び出したのは貴様のほうだろう?」
玉城王人も負けずに挑発し返す!
「これが欲しいのだろう? くれてやろうか?」
王人がピラピラと見せびらかすものを、あやかは嬉しそうに瞳を輝かせ、喉から手が出るような表情で、見つめた!
「ラブレターですの?」
「ああ、ラブレターだよ。俺の気持ちが詰まっている。欲しいか? 読みたいか?」
「ほ、欲しいですわ! わたくし、心の奥底から貴方が真心を込めて書いた、そのラブレターが、欲しいっ!」
「ああ、くれてやろう! 受け取れ!」
玉城王人がラブレターを手渡した!
全校生徒が生唾を飲み込んで見守る!
「ありがとう」
蝶条院あやかはそれを受け取ると、すぐさま全校生徒の目の前でそれを、ビリビリと破り捨てた。
「殿方が真心を込めて書いたラブレターを、その方の目の前で破り捨てる快感……。一度これ、やってみたかったんですの」
ホホホホホホ! と、蝶条院あやかの高笑いが空に響いた。
『ブリブリ伝説』『ベリベリ伝説』『ボリボリ伝説』も書く予定です。予定は未定!