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不死のクリストフ  作者: 世界
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第八話 カーミラとクリストフ

完結まで毎日17時に投稿します。

「なっ…!?」


 咄嗟に左腕を見ると、法衣の袖は千切れているがちゃんと腕はくっついている。驚くクリストフの表情を楽しむように、カーミラはニヤニヤと微笑みを浮かべていた。


「さっきも言ったけど、地下に引き込んだ時に、力が強すぎたみたいでね。元々爆発に巻き込まれてボロボロだったから千切れてしまったわ」


「助けられて言うのもなんだが、人の腕をなんだと思ってるんだ…」


「んー…おやつ?」


「聞いた俺がバカだった…止めてくれ」


 別に高評価を受けたいわけではないが、おやつ扱いというのもそれはそれで納得がいかない。いや、そもそも食糧にされる事自体がおかしいのだが…


「しかし、魔界の貴族というのが本当なら、アンタは相当な実力者じゃないのか?どうしてこんな所にいるんだ」


「そうね、それを説明する前に、一つ聞いておきたい事があるの。貴方は吸血鬼という存在を、どういう物だと思っているのかしら?」


 どういうものと聞かれても、クリストフには吸血鬼のことなど、伝承にあるオーソドックスな知識しかない。少し考えてみたが、やはりそのまま答える他ないだろう。


「人の生き血を啜って生きながらえる、アンデッド共の王…あるいは象徴じゃないのか」


「そうね、概ね合っているけれど、一つだけ違う所があるわね。」


「何が違うんだ?」


「いい?私達はね、魔界で自然発生的に産まれた悪魔なのよ。そんな魔界の吸血鬼が、人間の血なんて飲めるかしら?」


「ああ…そうだな、魔界に人間なんていやしない、か…となると…」


 確かに、言われてみればその通りだった。人間は基本的に魔界に至る手段などない。これは天界も同様で、結局の所、その二つは物質世界ではなくある種の高次元か別次元の世界であることを意味する。つまり、魂のように肉体と言う殻を脱ぎ捨てて、初めて到達できる場所なのである。


 極稀に、生きたまま天界や魔界に至る人間もいるようだが、それは偶然の産物であり、希少なパターンである。

そんなものを糧にして生きられる存在がいるとは到底思えなかった。彼女の言う魔界の吸血鬼とは、人間ではない別の存在を喰らっているということになる。


 余談だが。本来、肉体を持たない悪魔達が人間界に降臨する際には、宿主となる人間の肉体を借りるか奪うか、もしくは魔力を使って、疑似的な肉体を創り出すしかない。低級な悪魔達が、直接人間界で悪さをしないのは、彼らは力が足りないために、存在を保てないからだ。逆に言えば、カーミラのように身体を持って行動していられるということは、相当な魔力があり、それだけの力を持つ証とも言える。


 クリストフがそれに気付くと、カーミラは我が意を得たりと言わんばかりに微笑みながら話を続けた。


「フフ、察しが良くて助かるわ。そう、私達が食らうのは悪魔…同胞の血を啜って生きる存在、それが私達魔界に産まれた純血の吸血鬼よ。悪魔の血のみを糧とするその特性は、私たちに強大な力を与えたわ。それこそ、魔王が地位と領地を認めるくらいにね。純血の吸血鬼とはそういうモノ。事実、私が人間の血を吸ったのは貴方が初めてよ」


「ちょっと待て、ならば尚更、アンタは何故地上に、人間界にいるんだ?」


「…魔王はね、私達の誕生をとても喜んだわ。いずれ来る神の軍団と再び戦うその時に、私たちは大きな戦力になると。当然ね、彼の目的は、神を打倒する事なのだから、強い悪魔が産まれる事ほど嬉しい事はなかったでしょう。ただ、懸念もあった…私たちは同胞を喰らう、つまり、私達の隆盛は味方を減らす事にもなる、だから、私達を厳重に縛ることにしたの。ある程度の裁量を認める代わりに自由を奪ったということね。でも、一人の吸血鬼はそれを嫌ったわ、そして、そいつは人間界に向かったまま、消息を絶ったの」


 大きなため息を一つ吐いて、カーミラの言葉が止まる。先程まで饒舌に紡がれていたというのに、彼女はまるで話すのを躊躇っているかのように押し黙っているだけだ。やがて、たっぷりの間を開けて彼女の唇は再び動き出す。


「魔王は…彼はとても怒ったわ。まぁ、無理もないわね。力こそが全ての魔界において、最も力を持つ魔王の顔に泥を塗ったようなものだもの。私の目的は、その同胞を見つけ魔界へ連れ戻すこと。…或いは、抹殺ね。それが私の人間界にいる理由よ」


「なるほど」


 聞いてみれば、納得のいく話ではあった。悪魔に仲間意識や身内という感情があるのかは解らないが、カーミラの話から察するに、少なくともそれに近いものはあるのだろう。そして彼女は、仲間の尻拭いという目的の為に放たれた刺客というわけだ。


「色々と大変なんだな、悪魔ってのも」


「苦労をしているのは貴方も同じでしょう?クリストフ・アルヴァ」


 突然名を呼ばれ、クリストフの動きがピタリと止まる。今まで、決して彼女の前では名を明かしていないはずだ。


「何故、俺の名を…?」


 クリストフがそう聞くと、カーミラの視線が彼の前に落ちる。そこには無惨な姿を晒す腕の残骸があった。


「貴方の血は、とても美味しかったわ。まぁ、お腹を満たす事は出来そうにないけれど」


「血を飲んだだけで、そんな事まで解るのか?…しかし、何が俺の名前を知らない、だ。」


 結局、今までの事は全て解っていた上でのやり取りだったという事になる。やはり悪魔だけあって、性悪な女だ。色々と気を揉んで、あれこれ考えていたのが馬鹿らしくなって、クリストフは露骨に嫌な顔をしてみせた。そんなクリストフを見ながら、またも面白そうにカーミラは笑った。


「貴方が自分の口から言ってくれるかどうかが重要だっただけよ。貴方は口が堅くて嬉しいわ。代わりに私の真名を教えてあげたのだから、おあいこでしょう?」


 何がおあいこだと思いつつも、もはや反論する気にもならず、クリストフは黙ってカーミラの話を聞いていた。そもそも真名を教えてくれと頼んだ覚えもない、一方的な言い分だ。不貞腐れた所で何も変わりはしないのだが、何か釈然としないものを感じてしまう。一方、カーミラは何が気を良くしたのか、さらに講釈を続けている。


「血液とは、生命を支える重要なファクターだわ。それが悪魔であれ人間であれ…それこそ神や天使であってもね。そこには根源的な力そのものが宿っているの。それは、魂の欠片と言ってもいい。私達吸血鬼は、その力を糧とする。だから、血を飲んだ相手の事は大体解るわ、本当の名前も記憶も過去も、考えている事も…ね?」


 にこやかに笑いながら、カーミラは唇に指を当て、いたずらな視線をクリストフに投げた。見た目には良家のご息女、いかにも貴族令嬢といった美しい姿なだけに様になってはいるが、いかんせん彼女は悪魔なのだ、そんな仕草1つで、絆されるわけがない。クリストフは溜息と共に横目で睨むが、次の彼女の言葉で表情は一変した。


「貴方、憤っているでしょう?神に」


「な、にを…」


 一気に冷や汗が吹き出て、ドクンと大きく鼓動が高鳴る。何を言っているのか解らない…いや、解ってはいけない。これは文字通り、悪魔の囁きだ。しかし、思考とは裏腹に、意識は彼女の言葉の続きを聞き漏らすまいと、より聴覚を鋭敏にしていく。


「初めて貴方を見た時から興味が湧いたわ。聖職者だと言うのに、とても濃い死臭がした…まるで何時間も死体と抱き合っていたかのように。そんな匂いをさせる聖職者がどんな人間なのか、私すごく気になったの」


 聞きたくない、知りたくもない。これは忌むべき感情だ。例えそれが自らの本心であったとしても、悪魔に看破されるなど言語道断。ましてやその感情を揺さぶられるなど、あってはならない。そう思えば思うほど、クリストフの心には強い感情が溢れ、遂に思いは口に出てしまった。


「…ああ、そうだ。俺は、俺には何もできない!いつも、何もかも手遅れだ、『あの時』だって…!たくさんの人が死んだ…戦争で、病で、悪魔の手にかかって!…そして、神の、試練で…何が神の使徒だ!目の前にいる、たった一人の助けを求める人間すら救えず、多くの人々が苦しむ様を指を咥えて見ているしかない。そんな事が許されるものか!神の理念には賛同できるが、納得は出来ない…もっと、やりようはあるはずだ!」


 教皇庁で神の使徒となって100年近く…それ以前からもずっと、戦いの中に身を置いてきた。数多くの人々を救いながら、その数倍以上の人間が犠牲になるのも目の当たりにした。戦えば戦うほど、クリストフ自身の無力さと、時には人の愚かさまでもが敵となり、その手から救いを求める者達が零れ落ちていく。そんな現実による心の傷が、クリストフの胸中を苛んでいた。


「貴方、彼に似ているわね。人間を愛しすぎたが故に、神の行いが許せず、反逆して奈落の地の底まで落とされた

私達の大事な大事な存在に…」


「ふざけるな!例え神に怒りを覚えても、憎しみなど持っていない…これは無力な自分に対する憤りだ。…俺は、人を苦しめるお前達の愚かな王とは、違う!」


 そう叫ぶクリストフの両目から、大粒の涙が一つ流れ落ちる。だが、その瞳の奥には、強い怒りが炎となって燃え盛っているようだった。


「そう、ごめんなさい。貴方の誇りを傷つけてしまったわね。確かに彼は愚かだわ…とても。そこが、貴方との違いかしらね」


 素直に謝罪の言葉を口にするカーミラに面食らってクリストフは一気に冷静さを取り戻した。これほどの激情に駆られたのは、本当に久しぶりの事だった。


「…すまない、俺の方こそ取り乱してしまった。けど、悪魔に謝られるなんて思ってもみなかったな」


「あら、それを言うなら私も、人間に謝られるなんて考えもしなかったわ。ほとんどの人間は、私達を恐れるか、唾棄するように嫌悪するものだから、当たり前だけど」


 そう言って、笑顔を向け合う二人の間には、先程までとは違う穏やかな空気が漂っている。今のクリストフの表情からは、怒りの影は薄れ、晴れやかささえ感じられるものになっていた。


 そうして話をしていた間に、クリストフの身体はかなり回復したようで、しつこく続いていた身体の麻痺も消え、ようやく動けるようになった。立ち上がり、どこかに異常は残っていないか確認していると、カーミラがしげしげとクリストフの顔を覗き込んでくる。


 あまりにもその距離が近いので、クリストフは気まずさを覚え「何だ?」とぶっきらぼうに声をあげた。


「少しはスッキリしたみたいね。人間は抱え込むものが多くて大変だわ。それでいて悪魔に負けず血の味はいいんだから、それがまた興味深いところだけど」


「またそれか…吸血鬼ってのは食欲旺盛だな。まぁいい、で、結局アンタは俺に何をさせたいんだ?俺を助けたのはただ興味があっただけじゃなく、何か利用したい理由があっての事だろう?」


 クリストフがそう言ったのは、ただの興味や純粋に善意で助けたなどと言われるよりも、そちらの方がよほど納得出来るからだ。やはり彼女は悪魔、完全に信用しきるよりも、一線を引いてみるべきだとそう思っている。当のカーミラも、そこは理解しているのだろう、優し気に見えてどこか恐怖を感じさせる微笑みを浮かべ、クリストフの話に乗った。


「あら、利用されてくれるの?」


「…借りは返すさ。腕一本分の血じゃ、命の礼には足りないだろうしな」


 クリストフは、少し離れた場所に落ちていた斧を拾うと、その切っ先をカーミラに向けた。


「…だが、もし次にアンタの爪や牙が俺を狙った時は、借りがあろうと容赦はしない。これは今だけの、束の間の協力関係だ。…それでいいな?」


「フフフ…覚えておくわ。まぁ、慣れ合っても所詮、私達は人間と悪魔…それくらいの関係がいいでしょう」


 カーミラは、自ら斧の刃に指先に当て、ゆっくりと傷をつけた。そうして溢れ出る血を舐め取るその姿は、この世のものとは思えないほど煽情的で、恐ろしいまでに美しい。魔に魅了される人間がいるのも仕方ないのかもしれない、そう感じられるほどに。



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