第七話 女吸血鬼 カーミラ
完結まで毎日17時に投稿します。
全身に激しい痛みを感じて、クリストフは目を覚ました。辺りは暗く、酷く寒い。ここがあの世だと言われたとしたら、すんなり信じてしまうかもしれない。だが、あの世がこんなに土臭いとは、ついぞ聞いたことがない。
「生き埋めにでもなったか…?」
意識を失う直前に覚えているのは、かなりの大爆発だった。いかに『不死のクリストフ』などと持て囃されても、彼は人間。さすがに脳を失ってしまえば死んでしまうし、肉体そのものを消滅させられでもしたら復活などできはしない。四肢の欠損くらいなら、なんとかなるだろうが…
一応、彼の身体には、常時リジェネがかけられていて、余程の事が無い限りは、ダメージを受けても回復はするが、それにはそれなりに時間が必要だ。あれだけの爆発に巻き込まれたなら、完全に動けるようになるまで数日はかかるだろう。ただ、身体の感覚から言うと、それほどのダメージを受けているようには思えない。全身に痛みと痺れがあって、うまく感覚が掴めないが、重傷ではなさそうだ。
「あらあら、お目覚めかしら…フフ、気分はどう?」
声と共に、暗闇の向こうから、不意に紅く光る瞳が現れた。爛々と光るその眼は、狂気さえ感じさせるほどに輝いている。
「…吸血鬼か」
絶体絶命とはこのことだろう。意識は戻ったものの、未だろくに身動きも取れず、当然立ち上がることも出来ない。今まで数限りないほどの悪魔を葬ってきたのだから、復讐されても仕方がないと思えるが、やはり、それなりに悔しいものは悔しい。
せめて腕一本でも動かせるようになれば、自分を嬲るか殺すかで近づいてきた時に、一矢報いてやると思いつつ、クリストフはじっとその機会を待つことにした。
「貴方、とっても面白いわね。貴方をここに引っ張り込むのに力加減なんて解らなかったからちょっと強引にしちゃったんだけど…みるみるうちに回復して、まるで私達の同類みたいだったわ」
クスクスと笑いながら、吸血鬼の女はクリストフの傍に座った。よく見るとどこから持ち込んだのか、ろうそくに火を点け、ちゃっかり椅子に足を組んで座っている。
「…アンタが助けたのか?俺を?何故だ」
到底信じられない話だったが、ではなぜ自分がここにいるのかと問われれば、他に納得のいく答えはない。少なくとも、さっきまで目の前の吸血鬼は立って歩いていた。くわえて今の自分は、上半身は壁に寄りかかっているものの、足を延ばして横たわっているのだ。つまり、ここは地下でもそれなりの深さと広さがあるということになる。単なる生き埋めの状態では、こうはならないだろう。
「フフ、理由は…そうね、貴方と話がしてみたかったから、というのはどう?私とお話してくれるかしら?」
「取引のつもりか?仮にも神の使徒を名乗るものが、悪魔と取引なぞするとでも?」
侮辱ともとれる発言に、精一杯の抗議を込めて睨み返す。しかし、当の女吸血鬼はそんな視線などお構いなしに、うすら笑いを浮かべて言った。
「そうねぇ、貴方みたいなタイプは私達と取引なんて応じないでしょう。でも、恩を仇で返すような事もしないんじゃない?どう?違っているかしら」
「ちっ…」
苦々しい思いを隠さず、クリストフは舌打ちをした。実の所、この女吸血鬼の言う事は当たっている。
他の同僚たちはともかく、彼は神の使徒を名乗り、そうあろうと行動しているが、信義にもとる事を何よりも嫌う性格だった。例え相手が悪魔であっても、借りは返す。命を奪い合う相手だからこそ、心に何も残したくはないのだ。
「義理堅いのね、本当に人間って面白い…というより、貴方が面白いのかしらね」
「…さぁ、どうかな?好きに考えてくれ」
「それで、ええと…ああ、そう言えば私、貴方の名前も知らないんだったわ。教えてくださる?」
「悪魔相手に名など言えるか!」
それまで半ば不貞腐れたような反応をみせていたクリストフが、大声で叫んだ。一般的に、悪魔に名を知られるというのは、大変危険な行為と言える。悪魔が得意とする魔術や呪いと言ったものの中には、相手の名を魂の一部として捉えるものもあるからだ。故に、不用意に自らの真名を他人に知られてはならないと、名を使い分けて生活する者達もいるという。当然と言えば当然の反応なのだが、女吸血鬼はそれを受けて信じられない返答をした。
「あらあら…そうよね、こういう時、人間は確か自分から名乗るものだったわね。私の名はカーミラ、魔界第13侯爵の座を頂く魔界の貴族よ。…これでいいかしら?」
「アンタ、正気か…?!」
クリストフは、まさに面食らったように絶句していた。クリストフは魔術や呪いなど使えないのだから、真名を教えた所で害はないのかもしれないが、今後どこでそれが漏れるのか、解ったものではない。可能性と言う意味ではリスクしかない行動だ。彼女が嘘を吐いているのでなければ、だが。
「ああ、言っておくけれど、真名よ?誓って嘘などついていないわ」
悪魔が誓いを立てるというのは、言ってしまえば魂の契約と同義だ。クリストフにしてみれば、知りたくもない事を知らされた気分だが、これで完全に逃げ道を潰された形になる。当のカーミラはころころと笑いながら、愕然とするクリストフの表情を見て楽しんでいるようだった。
「俺がこの先、俺の頭の中を覗ける悪魔に出会ったらどうする…?アンタが本当に魔界の貴族なら、真名を狙う輩なんて山程いるんじゃないのか?」
魔界とは血で血を洗う地獄であると同時に、力こそ全ての修羅の世界であるはずだ。力のあるものが全てを制し、力のないものを統べる弱肉強食の世界、そこに弱点を晒すような者は、容赦なく寝首を搔かれる事だろう。クリストフにはカーミラの行動がまるで理解できなかった。
「へぇ…私の心配をしてくれるのね?」
「バカ言え、誰が悪魔の心配なんて…」
そこまで言ってから自分の発言を思い返し、押し黙るクリストフ。そう、彼にとってカーミラは敵なのだから、彼女がどうなろうと知った事ではないはずだ。なのに、何故か彼女の真名が流出することを心配している。それに気づかされて、クリストフは苦虫を嚙み潰したような顔をして、何とも言えない気分になった。
「フフフ…まぁ、本音を言うと貴方を助けたのは、私の問題に貴方を巻き込んでしまったからよ。貴方を気に入ったのも本当だけどね?意外と美味しかったわ、貴方の血も」
そう言うと、カーミラは何かをクリストフの前に落としてみせた。目を凝らしてよく見ると、それは腕だ。
左腕の肘から先の腕が、血を吸われてカラカラになっているようだった。
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