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不死のクリストフ  作者: 世界
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第四話 コバーン神父

完結まで毎日17時に投稿します。

 その後、もう一つ桶を借りてそれに水を汲んだ後、そちらの水には塩と、薬として荷物に入れてあった砂糖を溶かして母親専用の薬水とした。少女に替えの布を数枚渡して、こまめに取り替えながら薬水を摂らせるように指示を出し、クリストフは少女の家を後にした。

 

 懐中時計を見ると、時刻は17時を過ぎていて、徐々に陽が落ちてきている。相変わらず外に人の気配は無く、わずかにカラスの鳴き声が静かな村に響き渡るだけだ。こうしていても仕方がないので、完全に陽が落ちる前に教会へ向かい、駐在する神父から事情を聴くことにした。


「ごめんください。どなたかいらっしゃいませんか?」


 教会の大扉を叩きつつ、声をかけてみる。決して大きな村ではないので、先程の少女の家を出てからこの教会まで移動するのに10分も経っていないが、すでに太陽は落ちて、周囲は暗い夜の帳が下りている。


 ややあって、扉の向こうから、若い女性の声で返事があった。


「どちら様…ですか…?」


「私、教皇庁から参りました、クリストフ・アルヴァというものです。実は人を探しているのですが、少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」


 クリストフの問いかけに返事はないが、扉の向こうには人の気配がするので、聞こえてはいるのだろう。またしばらくの静寂の後、軋む音を立てながら大扉が開き、幽かな香の匂いと共にシスターが顔を覗かせた。


「お入り…下さい…」


 彼女はか細い声でそう言うと、頭を下げてクリストフの入室を待っている。


 クリストフは胸の前で十字を切って「ありがとうございます」と礼を言うと、ゆっくりと教会の中へ足を踏み入れた。中に入ってみると、村の規模に対して、この教会はかなり大きく作られているようで、相当な広さがあった。また、扉から入ってすぐの礼拝堂は縦に長く、中央最奥の一段高い場所には祭壇とキリストの磔刑像が安置されている。

 

 礼拝堂全体に規則正しく燭台が並び、中空にも吊り下げ燭台がいくつか用意されているからか、室内は比較的明るくて、見通しやすい。祭壇前まで移動し、キリスト像に向かって祈りを捧げていると、礼拝堂右奥のドアから、白髪の神父と三人のシスターが現れた。先程のシスターが呼んでくれたのだろう。


「おお、神父クリストフ様でしたな?ようこそおいで下さいました。私は教区長からこの村の神父を任されております、神父のコバーンと申します。こちらは、私の下で働いてくれているシスターのヘイズ、リザ、マァナです」


 コバーンはにこやかに挨拶をした後、背後に立たせているシスター達の紹介した。

 

 長髪のシスターがヘイズ、先程出迎えてくれたのがリザ、短髪で一番大柄な女性がマァナというらしい。彼女たちは若いが伏し目がちで、皆無口なのか、その場で会釈をするだけで、一言も喋ろうとはしなかった。


「初めまして、コバーン神父。そしてシスターの皆様、クリストフ・アルヴァと申します。急にお邪魔をして申し訳ありません。実は、私の同僚三人と医師二人がこの村へ訪れたはずなのですが、行方が分からなくなっておりまして…何かご存じありませんか?」


 同じ神父と言えど、悪魔祓いや怪物の存在には懐疑的な者もいる。どこまで話してくれるだろうかと考えながら、クリストフはあえて吸血鬼の事や、死体が動き出したという話には触れずに話を向けた。


「まあまあ、立ち話もなんですので、こちらで…」


 そう言うと、コバーンは先程出てきたドアに向かってクリストフに移動を促した。断る理由もないので、言われるままに移動すると、ドアの先は広いダイニングキッチンになっていて、8人ほどが一度に使える大きなテーブルと何脚もの椅子が並べられていた。ふと、間取り的に何か奇妙な違和感を覚えたが、それがなんなのかは解らない。

 

 また、こちらの部屋は礼拝堂より香の匂いが強く、嗅いだことのない独特な甘い匂いが室内を満たしている。これでは食事の味もろくに解らなくなりそうだ。


 促された席に着くと、コバーンはキッチンからワインを一瓶とグラスを二つ持ち出し、向かい合うようにクリストフの反対側の椅子に座った。


「ここはいいぶどうが採れる村でして、ワインが特産なのですよ。一杯いかがですかな?」


 トクトクと、二つのグラスに紅いワインが注がれていく。

 ゆらゆらと揺らめくろうそくの光がグラスに反射して、ワインの赤が怪しく輝いているようだ。


「すみません、私は司教から酒を禁じられておりまして…」


 クリストフが申し訳なさそうにそう言うと、コバーンはほんの少し眉をひそめて「良いワインなのですがね…」と答え、自らの分のグラスを手に取り、グイっと一気に飲み干してみせた。そうやって一息つくと、コバーンはいかにも思い当たるフシが無いというように、顎を撫でながら言った。


「先程のお話ですが…残念ながら、私の記憶ではそのような方々が訪れたことはございませんな」


 そのまま「お前たちは?」とシスター達に声をかけるが、壁際に立つ彼女らは静かに首を横に振るばかりだ。


「そうですか…では、失礼ですが、この村で病が流行っている、というのは?」


 クリストフの問いかけに、コバーンは瞬間ピタリと動きを止めて瞼を閉じると、悲痛な顔で、クリストフの顔を見返して言った。


「ご存じでしたか…ええ、全く持って嘆かわしい事なのですが、今、村の住民達の間で、性質の悪い病が増えておるのは事実です。伝手を頼って、数名の医師に診てもらったのですが、皆匙を投げるばかりで…しかし、これも我らが愛する神の試練でございましょう。負けるわけにはいきませぬ」


 仰々しく語るコバーンの言葉に、クリストフは内心で薄ら寒いものを感じていた。

 

神の試練というものは確かにあるだろう。だが、徒に人を苦しめ、死に追いやるだけの試練などあるものだろうか?例え人が神の被造物であったとしても、そんなことが許されていいとは思えない。

 

 全知全能足る神の力をもってすれば、多数の人間の生命を奪う試練などではなく、個人個人に対応した試練を与える事すら可能なはずだ。多くの同僚達の語る神の在り様に、クリストフは疑問と憤りすら感じていた。

 ちなみに過去、それを上司のダニエル司教に打ち明けた所、思い切り頭を殴られ


「貴様!絶対に他人の前でそれを言うんじゃないぞ!いいな?!」


と、激しく叱責されたのを覚えている。

 確かに、曲がりなりにも神の使徒である神父と言う立場にあるものとしては、言ってはならない事だったと理解はしているが、未だ納得は出来ていない。


 そんな思いに耽ってしまったのが解ったのか、コバーンが不思議そうにクリストフの名を呼ぶと、クリストフは、ハッとしてすぐに思考を取り戻した。


「どうかなさいましたかな?」


「いえ…主の御心によるものであれば、私も何かお力添えできないものかと考えておりました」


 咄嗟に言い繕った形ではあるが、自分にも出来る事はないのかというのは、クリストフの偽らざる本心でもあった。その答えに満足したように、コバーンはにっこりと笑った。


「ありがとうございます。そのお言葉だけでも、100の味方を得たようですよ。行方知れずになったという方々も、早く見つかるとよいですな」


「ええ、全くです。村の皆さんにお話を伺えればいいのですが…」


「今は難しいでしょうな。病のせいで皆、疑心暗鬼に陥っておりますので、見知らぬ人と話はせぬでしょう。ああ、ところで、今夜はどこにお泊りの予定ですかな?」


「実は村に宿でもあれば、と思っていたのですが、難しそうですね」


「おお、ではぜひこちらにお泊り下さい。夜は冷えますし、外では何かと危険ですから。私はこの後用事がありますので…リザ、空いている部屋にお連れしなさい」


 コバーンがそう言うと、リザは前に出てクリストフの荷物を取り、先程とは違うドアを開けてクリストフが来るのを待っている。


「ご用事ですか、もしよろしければお手伝い致しますが?」


「村の住民達に食事を届けなくてはならないのですが、病人もおりますので、手伝いはお気持ちだけで結構ですよ」


「そうですか。すみません、ではご厚意に甘えさせて頂きます、ありがとうございます」


 礼を言って立ち上がり、クリストフはリザの後を追う。

 その背を眺めるコバーンの笑みが、邪悪を帯びていることに気付かずに。


お読みいただきありがとうございました。

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