エピローグ
これにて完結です、最後までお読み頂き、ありがとうございました。
一週間後、ヴァチカン市内の小教会。そこに隣接された談話室で、コーヒーを飲みながら、ダニエル司教と共に語るクリストフの姿があった。
「…で、結局、吸血鬼を一匹取り逃がしたわけか」
「はい、申し訳ありません、失態でした」
ダニエル司教の追及に、クリストフは甘んじて頭を下げて謝罪する。
あの後、しばらくのちに教会の外へ出ると、そこには死んだと思っていたジョンとカーミラが、月明かりの下で佇んでいた。詳しく話を聞いてみれば、最初に村で出会ったあの少女が、カーミラの探していた吸血鬼と因縁のある存在だったらしい。
コバーンが何度も口にしていた『あの方』というのも、そのローラという吸血鬼だというから驚きだ。
それと共に、カーミラから語られた真実はとても辛いものでもあった。
「ああ…よい。別に責めているわけではない。お前一人で三体もの吸血鬼を相手にして、二体も葬ったのであればそれは十分な戦果だろう。ましてや、先遣したアベル神父達三人を倒すほどの連中が相手ではな…お前が生きて帰っただけでもめっけものだ」
「ありがとうございます」
「しかし、まさかあの村で過去にそんなことがあったとはな…」
ダニエル司教は渋い顔をして腕を組み、少女の悲しい生い立ちに思いを馳せている。
さすがに吸血鬼と共闘した、とは口が裂けても言えないので、あくまで独自に調べた結果と、少女自身の口から語られた事実として報告した中身はこうだ。
今からおよそ300年ほど前の話だが、あの少女の両親は、まだ結婚前の若いカップルで、将来を誓いあう仲睦まじい二人だったそうだ。しかし、ある日、村にローラという吸血鬼が訪れ、数人の村人を殺すと、残った住民に対し、シスターを生贄に出すよう要求した。
だが、当時村にはシスターはおらず、弱り果てた村人達は、話し合いの結果、少女の母親である女を生贄に選び、シスターに偽装して差し出すことにした。その時、父親となるはずの男性が割って入り、身代わりを懇願した所、ローラは二人が恋人同士である事を知って二人を連れ去ってしまう。
当時流行していた伝染病対策のために作られた地下墓地で、女の胎内に受精卵が宿っている事に気付いたローラは戯れに男を行動不能なまでに痛めつけた後、その場で女を強姦(ローラは両性具有であった)し、その受精卵に自らの因子を植え付けた。
純血の吸血鬼の母体となってしまった女は、非処女でありながら下等吸血鬼化してしまった為、まだ生きていた男の血を飲まされた。男はその際に死亡し、慟哭する母親の姿を見て満足したローラは、彼女の心臓に杭を打って殺害し、村を去ったのだった。
その後、死亡した母親の胎内で成長した少女は、その腹を食い破って誕生。その際に母親の記憶や経験などの全てを吸収して同化してしまった。以後、コバーンが村に現れ、地下墓地を開けるまでは、ずっと眠りについていたらしい。クリストフも俯き、カップに残ったコーヒーを揺らしながら、少女の無念を悔やんだ。
「そのローラという吸血鬼の残虐さは、とてつもないものです。そんな奴が野放しになっているとは…」
「まぁ、表立って大々的に動いていないのであれば、いつか網にかかるのを待つ他ないな。待つだけと言うのも歯痒いものだが、仕方あるまい。幸い、村の住民に生き残りが一人でもいたのだから、お前はよくやったよ」
「そう、でしょうか…」
ダニエル司教の言う生き残りというのは、リザのことだ。リザは半吸血鬼化こそしていたものの、コバーンが囮として使うために、あえて血を飲ませず、完全な吸血鬼にはなっていなかったらしい。
それが不幸中の幸いとなって、宿主たるコバーンが死んだことにより、彼女は普通の人間として復活することが出来た。その他の住民は、皆コバーンや少女の手にかかって殺されてしまっていたが、ただ一人だけでも救えたのは、クリストフの心にとっても大きな救いと言えた。
そのリザは現在、近隣の村の修道院に滞在し、体力の回復を待っている。
いずれ回復すれば、改めてシスターとして修行をしていきたいと、本人は語っていた。
また、リザの話によると、少女の祖父であり、殺された母親の父は村長で、村の為に生贄を差し出したことで、住民達から非常に尊敬されたため、彼らは生活が苦しくなるのを覚悟で寄付を出し合って教会を建てたのだそうだ。村の規模の割に、教会がかなり立派だったのはその為だ。
少女は、村人が母親達を忘れたと言っていたが、現在に至るまで、村人達は常に悼む気持ちを忘れず、礼拝を欠かしていなかったのだとリザは語った。
「この話、教皇聖下には?」
「いえ、まだです。先程戻ったばかりで、お目通りできておりませんので」
「そうか、ふむ…」
教皇聖下は年齢のせいか、最近はあまり体調がよくない日も多いという。今回の件はショックな内容も多分に含まれているので、どう話すべきか、ダニエルも思う所があるのだろう。くわえて、村一つがほぼ壊滅してしまったのだから、後始末もかなりのものになる。
聖下への詳しい報告は、まだ少し先になるかもしれないとクリストフは思った。
「ところで、クリストフ…最初に提示された、この追加の法衣の申請なんだが…」
「ええ、それが何か?」
「何か、ではない!お前達用の法衣は特別製なのだぞ!なぜそれを一気に五着も申請するのだ!?それに一体いくらかかると思っている?!」
始めは下手に出ていたダニエル司教も、涼しい顔で要求するクリストフの態度に怒りを抑えきれなかったようだ。対悪魔用として、特別に祈りを捧げた聖糸をふんだんに使い、複数の職人が仕上げるエクソシスト専用の法衣は、一着で貴族のドレスが複数買えるほどの金額がかかっているのだから、無理もないだろう。
当のクリストフは、特に気にするでもなく、爽やかな笑顔をみせている。
「仕方がないでしょう?持っていった替えのものまで全部吹き飛んでしまったんですから…手持ちは今着てるこれ一着しかないんですよ。早めに申請しておかないと、またすぐダメになりますからね」
「それは解るが、いくらなんでも予算が…会計担当に怒られるのは私なんだぞ?」
「そう言われましても…では、裸で任務に出ろと仰るので?それはあんまりなお話では?」
「いや、しかしだなぁ…」
考え込むダニエル司教を余所に、クリストフは表向き取り逃した事にしたカーミラの事を考えていた。
(純血の吸血鬼、か…不思議な悪魔だったな。別に心を許すつもりはないが、またどこかで会う事もあるかもしれない)
それはある種の予感に近いものだったが、必然とも言えるだろう。今回は協力者ということで、あの後特に戦いはせず別れたものの、クリストフがエクソシストとして生きる以上、吸血鬼は退治すべき敵なのだから…
長い話の末に、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干して、クリストフは夕暮れの窓の外を見る。その目に映る、あの燃えるように紅い夕焼けは、まるでカーミラの瞳のようだ。
その時、窓ガラスに一瞬あの美しい吸血鬼の笑みが浮かび、そして、消えた…
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