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不死のクリストフ  作者: 世界
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第十四話 クリストフの決意

本日はこれともう一話、エピローグを投稿します。

 ―カーミラが少女を殺した数分前、教会内礼拝堂


「ぐ…カハッ…!」


 喉に詰まった血を吐き出すように咳をして、クリストフは意識を取り戻した。


 全身が重いのは、血を失ったせいか、はたまたボロボロの法衣が血を吸ってしまった為なのかは解らないが、どうやら死なずに済んだらしい。法による肉体の強化効果が残っていたおかげもあるのだろう。


 さすがに大量の失血と、喉を潰されて呼吸困難になっては、あのまま死んでしまってもおかしくはなかった。常時効果を発揮しているリジェネやヒールで傷は癒せても、失った血をすぐに取り戻せるわけではない。ある程度の栄養が無ければ血液は造られないが、考えてみれば、昨日この村に到着してから、ほとんどまともな食事を摂っていないのだ。


 かろうじて今朝の出発前に、持参しておいた干し肉とパンを食べ、水を軽く飲んでおいたが、それっきりだ。荷物と共に、それらの食糧も全て吹っ飛んでしまったのが痛かった。その上、大怪我を二回もしているとあれば、身体が不調を訴えてもおかしくはないだろう。


 そんな事を考えながら周囲の様子を伺ってみるも、近くにコバーンの気配はない。あれからどのくらいの時間が経ったのか解らないが、奴があえてとどめを刺さずに逃げたとは考えにくい。


 まだ、どこか近くにいるはずだ。


 それにしてもやはり何か重いので、そっと薄目を開けて確認してみれば、先程の体勢のまま、リザが身体の上に倒れていた。


 原因はこれか…とクリストフは心の中で溜息を吐いた。すでに吸血鬼になってしまっているからか、或いは事切れているからか、彼女の身体はとても冷たいので、目を開けるまで気付かなかった。


『あの一瞬、彼女を切り伏せる事を躊躇った事が現在の状況を招いた』


 それは誰よりも理解していたが、どうしても間違いだったと思えないのは、己の心の弱さなのだろうか?


 だが、そうだとしても二度目はない。心の内でそう自分に言い聞かせていると離れた所で足音がする。どうやら奥の居住スペースから、コバーンがこちらへ向かってきているようだ。


 バシャバシャと激しい水音を立てて、礼拝堂に少しずつ何かを撒いている。音の割に勢いが悪いのは、油だからだろう。


 まだ身体にうまく力が入らない事を悟られないよう、注意深く観察していると、一通り油を撒き終えたのか、コバーンはゆっくりとクリストフ達の方を向いてニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべ、クリストフに声をかけた。


「おい、起きているんだろう?呼吸の音で解るぞ、狸寝入りはよすんだな」


 バレていた事に観念して、クリストフは目を開き喋ろうとした。だが、声が出せない。どうやらまだ喉が完全に治っていないようだった。


「…っ、ぁ…ぉ…」


「ふん…!やはりな。どういう手品か呪いか知らんが、あの傷で死なんとは、貴様はただの人間ではないようだ。一体何者だ?何故それだけの力があって、神の手先なぞやっている?…ああ、悪かった、喋れないのだったなぁ!」


 コバーンは壊れていない椅子に座り、ふんぞり返った姿勢で頭に手を当て、大仰なポーズで天を仰ぐ。口では悪かったなどと言っているが、その顔には嫌な笑みが張り付いたままだ。未だ満足に動けない身体を恨めしく思いつつ、今のクリストフにはコバーンを睨みつけることしかできない。


 改めて思うが、コバーンは狡猾な男だ。


 礼拝堂に戻ってから、コバーンはクリストフを警戒し、必要以上に近づこうとはしていない。さっきまでの戦いから、おおよそ一瞬で詰められる距離を計算したのだろう。仮に今クリストフが立ち上がって向かっていったとしても、今の位置関係からすると、先に逃げられてしまう可能性が高い。


 聖句が使えない事を確認したのも、おそらくその計算の一環だ。


 声が出せないと言う事は、聖句を唱える事が出来ないということであり、それが無ければ、予想外の反撃も出来ないと確信しているのだ。たった一度聖句の効果を見ただけで、そこまでの計算が出来るのは、コバーンと言う男が如何にずる賢く、油断ならない相手であるのかを証明していると言える。


「しかし、貴様も哀れな男だな。それだけの力を持ちながら、神などの為に戦おうとは。貴様がどれだけ命を削り、神に尽くそうが、神は貴様に何も応えてはくれん。その証拠がこの有様だ。どんなに神に祈ろうとも助けなど来ない、貴様の命はここまで!…というわけだ」


 大袈裟な身振りと共に、まるで出来の悪い歌劇のような大声を張り上げ、コバーンはクリストフを嘲笑う言葉を投げる。クリストフが喋れないのをいい事に、調子に乗ったコバーンは更に言葉を続けた。


「だが、貴様ほどの力を持つ者を殺してしまうのはいささか惜しい。貴様が始末した二人よりも、余程お前の方が役に立ちそうだ。それだけの力があれば、あのお方もきっと喜ばれるはず…そこで、だ」


 勿体付けた物言いをしながら、コバーンは立ち上がり、両手を掲げて、天を見上げた。まるで神に祈りを捧げているかのように見えるが、この男は既に神と決別している。つまり、この男は神に祈りを捧げる場で、悪魔に祈りを捧げているのだ。


 これほどまでに神に対する侮辱があるだろうか?しばらくの時間が経って、コバーンはゆっくりとクリストフの方を向いた。


「俺と共に来い。お前ほどの男にあの方の力が加われば、きっと神をも殺せる力が得られる…!憎くないか?神が!お前を修羅の道に引きずり込み、数多くの人間を苦しめ、己の忠実な飼い犬が死に瀕しても助けもしない…!そんなモノに義理立てする必要がどこにある?!人間も同じだ!今も、この先も貴様が命を賭けて戦い続けた所で、誰も貴様を救わない!称えない!どいつもこいつも、口を揃えて救いを乞うばかりのクズ共だ!人間など所詮は神の子羊…救う価値もない役立たずの家畜だ!そんなもの、捨ててしまえばいい!」


 神殺し…コバーンが口にしたその言葉に、クリストフは笑いを堪えられなかった。潰れた声でクックと喉を鳴らしていると、段々と喉が再生され、やがてそれは、大きな笑い声に変わる。


「ック…!フフフ…ハハハハハ!」ハッハッハッハッハッハ!」


「な、何がおかしい!?気でも触れたか?」


「ああ、おかしいさ、お前の言い分がな。…言うに事欠いて神殺し、だと?今の言葉で、お前が神を捨てた理由が解った気がするよ。神への復讐心…何のことはない、お前は神に認められなかった事が悔しかっただけだ。己の献身が、無駄なものだったと思いたくないだけ…あの愚かな魔王と同じでただ神に構って欲しいなんて、ずいぶん甘ったれた理由だったな」


「な、なにぃ…!?」


 クリストフはリザを身体から降ろし、ゆっくりと立ち上がる。まだふらついて、立っているのがやっとという状態だが、その瞳には、今までになく力が漲っている。


「お前は結局、神に縋り、頼り切って自滅した。神がお前を見捨てたんじゃない、()()()神を捨てたんだ。…だが、俺も同じかもしれない。神の代行などと名乗るつもりはないが、いつの間にか、神の使徒…神の法の番人として生きていく内に、俺自身が神になったような気でいたんだと、お前を見て思い知らされたよ」


 一歩ずつ、重い足を引きずりながら、亀の如き歩みでコバーンに近づく。

 そんなクリストフに気圧されたように、コバーンは一歩ずつ後ろへ退いていた。


「神に比べれば、俺の力などちっぽけなものだ。満足に人を救えず、見殺しにした数は数えきれない。その度に、()()()()()()()と、自分の心を凍てつかせ、神に責任を転嫁して誤魔化してきた。…だが、それは間違いだ。俺の無力は、神の無力じゃない、それは結局、俺自身の問題に他ならない。…もし、仮にお前が言うように神が人を救わなかったとしても、人は、自分の力で戦わなくてはならないんだ。俺の力はその為のもの…人に寄り添い、戦う人々と共に戦い、戦えない人々を守る…!そう…俺は神の使徒なんかじゃない、人間の為の、人の使徒だ!」


「なん…だと?じゃあ何か?貴様は神でなく魔でもなく、人につくというのか?!くだらん人間共の為に、神や悪魔を敵に回して戦うと言うのか?!」


「ああ、そうだ。それが人に仇なすものであれば、俺は…戦うさ。例えそれが神であろうと悪魔だろうと、な」


 そう宣言したクリストフの姿に、コバーンは遂に逆上した。あれほど警戒して近づこうとはしなかったというのに、我を忘れ、両の爪でクリストフを引き裂くべく飛び掛かろうとした。

 だが…


「ぐぅっ!?な、なんだ?あ、熱い!頬が、身体が!熱い!い、痛い!!?ぎゃあああああああああああ!!」


 突如として、七転八倒の苦しみをみせるコバーン。予想外の事態に、クリストフも訳が分からず、その場に立ち尽くしてしまった。


「ガアアア!!き、貴様?!その武器に、あ、あの女の血を仕込んでいたのか?!ぐぎっ、ぃ…ギャアアアアアアア!!!」


「あの女の…カーミラか?血?一体、何を…あ」


 その言葉で思い出した、地下で協力要請を飲んだあの時、カーミラが自らの指を切って、その血をたっぷりと斧の刃先に沿わせていたことを…


「そして、最初に掠めた一撃が効いている、か…何故今になってなのか解らないが。全く、今回は悪魔に助けられてばかりだな…」


 まさか、主の思し召しが、悪魔との共闘だなどと言う事はないだろうが、運命というか、何かの流れを感じざるを得ない。斧を杖代わりに歩を進めたクリストフは、のた打ち回るコバーンの前に立つと、静かに呼吸を整えて、聖句を唱えた。


「I swear to the living God…(生きている神に誓って言え…)」


 すると、魔を討ち払う太陽の如き輝きに十字架状の斧が包まれる。


「お前を許す事は出来ないが、お前の罪と穢れは、俺がこの場で祓ってやる。安心して逝くがいい、楽土へ…!」


「ウアアアアアア!!!」


 クリストフが最後の力を振り絞り、その斧でコバーンの首を刎ねると、断末魔の叫びを残し、コバーンは塵も残さずに消滅した。


 クリストフは全身の力を使い果たしたのか、立っていられなくなってその場に座り込む。


 そして、仰ぎ見る磔刑像に向かって静かに十字を切り、犠牲者の魂を悼んだ。


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