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不死のクリストフ  作者: 世界
13/16

第十二話 決着

完結まで毎日17時に投稿します。

「殺す?私を?…フフフ、貴女ごときに出来るかしら」


 カーミラは嘲笑った。身の程を知らぬ、哀れな悪魔の子を挑発するように。そしてそれは、見事に少女の怒りを激発させた。


「だぁまぁれぇぇぇぇぇ!!!」


 魔力を伴う少女の咆哮が、目に見えるほどのうねりとなって、猛烈な勢いでカーミラを襲う。しかし、当のカーミラは涼しい顔で左手を掲げ、自らの魔力で小さな盾を作りそれをいなした。


「魔法も扱えず、ただ魔力をぶつけるしかできない…そんなことで、どうやって私を殺せると言うの?」


「っ…!舐めるな!!」


 カーミラの更なる挑発に乗せられたのか、少女は翼を大きく広げた。膨れ上がった翼には巨大な牙を持つ口が着いていて、それは手近にあったアベル神父の死体に食らいつき、ボリボリと不快な音を立てて噛み砕くと、そのまま飲み込んでしまった。


 さらに、今度は少女の身体が醜く膨れ上がり、全身の皮膚が破れて張り裂けながら、どんどんと膨張して、最後は見上げるほどに巨大な肉塊へと変貌を遂げた。そのまま肉塊はぐねぐねと蠢き、伸縮しながら一つの形を為していく…


 まずは頭が、続いて女性の上半身が出来上がり、下半身は蛇のような蛇腹になっていった。小山のように大きなそれは、まさに伝説に謳われる怪物そのものだ。


「ラミアー…そう言えば、あれも吸血族だったわね」


 もはや少女とは言えない大きさの怪物になった姿をみて、カーミラは遠い親戚にあたる悪魔を思い出す。悪魔としてはかなり古い種族なせいか、魔界でももうあまり見かけない存在だ。ラミアは血液だけでなく、人間そのものを喰らう悪魔なので、今の少女にはよく似合った姿である。


 それにしても、これだけの巨体を構成する為には、今取り込んだアベル神父の死体だけでは到底足りそうにない。村の人間を皆殺しにしたという発言からみても、かろうじてまだ生き残っていた住人や、昼間の爆発で吹き飛んだ人間たちの死体まで、手当たり次第に食い散らかして取り込んだのだろう。


「魔力がダメなら力で?まぁ、悪くはないけれど…」


 実際、上級悪魔といえど物理的な力で君臨するものもいるのだから、判断的には間違ってはいない。単純な力というものは、それだけで脅威足り得るものだ。相手が肉体に頼る存在であれば尚更。


「死ねぇっ!!!」


 鯨の胴体ほどに巨きな剛腕を振り上げ、カーミラ目がけて一気に振り下ろす。見た目よりも遥かに早い一撃を、カーミラは難なくひらりと躱してみせた。そのまま退屈そうに欠伸をして少女を見やると、少女はさらに激昂し、今度は息着く暇もないほどに、剛拳の連打が降り注いだ。


 カーミラがそれを避ける度に、地面は抉れ、クレーターのような穴が増えていく。彼女は初めから、紙一重の見切りで拳を回避していたが、数発目の拳を躱した所で、突然身体に激しい衝撃が走り、左足と腹部の大半が抉り取られ、大量の血液を持っていかれた。


 驚きと共に拳をみれば、その周囲に人の頭ほどのサイズの魔力の塊が衛星のように浮遊している。カーミラが大きく避けないのを見て追加したのだろう、実に効果的な攻撃だ。


「あらあら…やるわね、見直したわ」


 口元から溢れ出る血をペロリと舐めて、尚、カーミラは笑った。その間にも、雨霰の様に剛腕が襲い掛かってくる。身体を霧にして避けようにも、ダメージが治るまでは霧にはなれず、仮に霧化しても魔力による影響は受ける可能性がある。さすがに血液を失ったことで、ダメージの治りも悪いようだ。


 身の毛もよだつ雄叫びをあげながら次々と繰り出される猛攻を魔力の障壁で防いでいたが、一撃毎にミシミシと軋みが生じている。あと数発で障壁も破壊されるだろうが、身体の再生も残りわずかだ。


「そろそろ、かしら」


 そんなカーミラの呟きと同時に、目前の障壁は大きな破砕音を立てて砕け散った。未だ身体の再生は終わらず、素早い動きも取れそうにない。


 少女の顔が醜悪に歪む。


 振り上げた拳を強く握り込み、全力の一撃が叩きこまれるかと思ったその時、カーミラの影の中から何かが飛び出し、カーミラを抱き上げるとそのまま瞬時に飛んで、少し離れた場所に着地した。


「遅いわ、ジョン。ずいぶん時間がかかったわね」


「…申し訳ございません、再生に手間取りました」


「いいわ、人間の武器もバカにできないって解っただけでも、十分収穫よ」


「な、何だ!?使い魔か!」


 少女は、突然現れた男に動揺し、声をあげている。一方、その間に再生を終えたカーミラはジョンの腕の中から離れ、少女に向かって立った。


「使い魔?いいえ、違うわ。ジョンは私の血を分けて魔界で作りだした魔道人形…私の所有物であり、分身のようなモノ。契約で繋がる使い魔とは違って、私の血と魔力がある限り、永遠に生き、永遠に従う、そういう存在よ」


 そう喝破するカーミラの後ろで、恭しく跪いて頭を垂れるジョン。二人はまるで絵画の様に美しく、悪魔でありながら神々しささえ感じられるように思えた。


 そんな二人の姿に、少女は怯む。ジョンが現れてから、カーミラの迫力が桁違いに強くなっている。欠けていた月が満ちたような、圧倒的なエネルギーが、威迫するかの如く少女を蝕んでいた。


 魔道人形であるジョンは、本来カーミラの血と魔力だけで傷を癒す事が出来るものの、昼間の爆発に巻き込まれた際には、身体が細切れになるほどのダメージを負った。いち早くその身体を再生させる為に、カーミラは多くのリソースを割いていたのだ、それが終わった今こそが、本当の彼女の力である。


「ジョン、手を貸しなさい。…そうね、()()()でいいわ」


 前を向いたままカーミラが言い放つと、ジョンは自らの右腕を肩から引き千切り、彼女に手渡す。それを受け取って、その腕に魔力を込めて血振りをすれば、その一瞬の間にジョンの腕は一振りの剣へと姿を変えた。


「なっ…!?」


「さぁ、お仕置きの時間にしましょうか」


 そう言って、刃を舐めるカーミラから、嵐のように荒れ狂う魔力と殺気が放たれる。それは空間を歪める程の圧力を持って少女の身体を包み込んだ。


「う…うわあああああああああっ!!?」


 一瞬にして狂気に飲まれた少女は、なりふり構わずカーミラに襲い掛かり、その剛腕を叩きつけた。だが、カーミラはすでにそこにはおらず、刃を押し当てて腕を切り裂きながら、猛烈なスピードで駆けあがっていく。瞬く間に肩へ到着したカーミラが、一閃してその巨大な首を切り落とすと、体内から少女の本体が顔を覗かせた。その前に立ち、小さな首に剣を突き付けて、カーミラは嘲笑った。


「私を殺すって、そう言ったわよね?」


「あ、あぁぁ…ひっ?!」


「いいわ、教えてあげる。純血の吸血鬼の殺し方を…特別に、ね」


 そう言うと、カーミラは持っていた剣を翻し、自らの首を勢いよく切り落とし、少女の身体に大量の血液を浴びせ掛け、飲み込ませた。ごとり、と少女の目の前に落ちたカーミラの首は、尚も笑みを浮かべている。


 あまりの事に何が起きたのか解らず、少女はパニックに陥っていた。すると、やがて彼女の頭の中で声が聞こえ始めた。


―吸血鬼にとって、死とはあくまで状態を表すモノ…眠っているとか起きているとか、その程度の事でしかない。


―首を刎ねたり、心臓に杭を打つことで、その死という状態を固定することが出来る…それこそが吸血鬼を殺せる理由。


―でも、純血の吸血鬼にとってはそうではない。私達は既に死を持ち合わせているのだから…生きながら死に、死にながら生きている、それが不死の血族。


―じゃあ、どうしたらいいのかって?フフ…純血の吸血鬼を殺したければ、その存在を塗りつぶすしかないわ。そう、相手の血を飲み込み、取り込むのよ。


―それが私達を本当に殺す方法…さぁ、私と貴女、どちらの存在が強いのかしら、ね?


 少女の脳内に響く声が消えると、それを皮切りに、カーミラの血を受けた箇所が猛烈な激痛に襲われた。煮え滾るほどに熱を帯びた血を拭う事も出来ず、それどころか、まるで血そのものが意志を持っているかのように顔から染み込み、肉に包まれたままの全身へと広がっていく。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!イタイ!アツイ!イタイイタイイ゛タ゛イ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛!!!」


 痛みと苦しみに染まった少女の絶叫が、助けを求めて村中に響き渡る。しかし、それを聞く人間は誰も残っていない。


 どうにかその血から逃れようと、少女は巨大な肉体から脱出するも、擦っても拭っても、カーミラの血は消えず、どんどんと身体の中へ浸食していくようだった。


 また、目にかかった血を取り除こうと搔きむしって目を潰しても、熱と痛みは治まらない。しかも、次第に飲み込んだ血までもが、同じように熱を帯び、体内で暴れ始めた。それは内臓にはりつき、どんなに頑張っても吐き出すことも出来はしない。


 見えない炎に巻かれたように、身体の内から外から痛みと熱に焼かれて、少女は見る間に弱っていき、その場に崩れ落ちると、もうのたうつ事すら出来なくなった。


 その傍らで、カーミラが落とした首を小脇に抱え、少女を見下ろして立っている。ヒュー、ヒュー、と喘鳴を立てて、仰向けに倒れる少女にはもはや、何の力も残されていない。カーミラは首を元に戻すと、少女を抱き上げて、その頬を優しく撫でた。


「悪魔の私が同情なんて馬鹿げているけれど…憐れんであげるわ。せめて、眠りなさい。私の中で」


 そう呟いて、カーミラは少女の首に牙を突き立て、その全てを飲み込んだ。


 その内に、村を包んでいた黒い靄は消えて三日月が再び顔を出し、柔らかな月明かりが静かに二人を照らしていた。


お読みいただきありがとうございました。

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