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不死のクリストフ  作者: 世界
10/16

第九話 狂乱の地下墓地

完結まで毎日17時に投稿します。

 しばらく経って、二人は暗い横穴の中を進んでいた。クリストフが予想していた以上に穴の中は広く、180cmはある彼が真っすぐ立って歩けるほどの深さと、斧を持って歩いても壁にはぶつからない程度に横幅がある。どう考えても、これは自然にできたものとは思えない。


「どこに続いているのか知らないが、この穴はアンタが掘ったのか?」


「ええ、私とジョンで、ね。あともうほんの少しで完成する予定だったのだけど…」


 カーミラのいうジョンというのは、家の前にいた男の事だったはずだ。クリストフとカーミラが戦っている間、村人が押し入ってくるのを食い止めようとしていたが、まさか敵があんな手段に出るとは思ってもみなかったのだろう。だがしかし、この場にいないと言う事は…


「ジョンってのは、アンタの旦那…だったか。悪魔相手に言うのもなんだが、その…残念だったな」


「旦那?…ああ、番のことなら、違うわ。アレは私の所有物よ。それに、残念でもなんでもないわね」


 クリストフが「どういう意味だ?」と問いかけようとした時、不意にカーミラが立ち止まり、目の前の壁を手で探り始めた。訝し気にそれを眺めていると、カーミラはニヤリと笑って壁に手を当て、何かを唱えている。すると、壁に魔法陣が浮かび上がり、次の瞬間には轟音と共に壁が吹き飛び、薄暗く広い空間が現れた。


「これは…」


地下墓地(カタコンベ)よ。どうやら当たりみたいね。」


 カーミラの開けた穴から中を覗き込むと、地下墓地全体が、幽かに光を放っているようだ。ヒカリゴケの一種が生息しているのだろう、淡いエメラルド色の光に照らされて、いくつかの棺が置かれているのが解った。


 まず先に、カーミラからカンテラを借り、クリストフが穴から飛び降りて地下墓地内部の様子を確認する。かなりの年月が経っているように見えるが、黴臭さに混じってわずかな腐臭が鼻につく…最近まで使われていたのだろうか?


 上から見るよりもずっと地下墓地は広く、規則正しく整列された棺達が並ぶ光景は荘厳ささえも感じられる。手近な燭台にはろうそくが残されていたので、カンテラの火を使ってそれらに灯りを灯した。続いて、カーミラが地下墓地へ入ると、右手を掲げ、小さく呪文を唱えた途端、カンテラから炎が伸びて、まだ火の点いていないろうそく全てに灯りが灯された。


「…そんなことが出来るなら早く言ってくれ」


「私が火を点けるから、大丈夫よ」


「もう遅いだろ…!」


 思わず声を荒らげるクリストフに「あら、失礼」とカーミラは笑った。完全に遊ばれている。カーミラと真面目に付き合うのがバカらしくなり、クリストフは溜息を吐いて周囲の様子を伺った。


 安置されている棺はいずれも木棺だが、物によってはかなりの年代物もあるようで、朽ち果てる寸前に見えるものもある。簡素なものもあれば、豪華な意匠を施された棺もあり、種類はバラバラだ。まるで、各地から棺を寄せ集めたような…


「この地下墓地の規模からすると、近隣の村からも棺を集めてきていたようだな。これだけの墓地が教皇庁の管理下にないのが妙だが…」


「あったわ。これよ」


 カーミラの視線の先で、ろうそくの光に照らされて、巨大なマリア像が建っている。そして、像の目の前には、明らかに他のものとは毛色の異なる棺があった。見た目には黒檀で作られたものかと思ったが、実際は漆のようなもので全体が塗られていてろうそくの灯りに照らされ、黒く輝いている。だが、その棺が異様で、何より他と違うのは、その棺が開け放たれている事だ。近寄ってカンテラの光を当てると、中に納められていたのは女の死体のようだった。


「何だ?この死体は…」


 クリストフは思わず声をあげ、息を飲んだ。その死体は一部が朽ちかけて白骨化しているものの、髪は残り、所々に生前の面影が見える。服装を見れば、金糸で模様が編み込まれたスカプラリオを装着しているようで、その下には修道服が見えている。おそらく彼女はシスターだったのだろう。


 問題は、人間のものとは思えない程に鋭く尖った牙と、心臓付近に打ち込まれた白木の杭である。


 伝承によると、吸血鬼を退治するには首を刎ねるか、遺体を燃やすか、または心臓に杭を打つなどの種類があるとされる。この死体の首はつながっているようだし、燃やされた形跡もない。他におかしな点があるとすれば、腹の辺りに空いた、大きな穴だ。内側から食い破られたようにも見えるが、すでに死体そのものが朽ちかけている為、ハッキリとはわからない。


「これが、アンタの探していた仲間の吸血鬼なのか?」


「違うわね。…でも、悪くない結果だわ」


 どうにもカーミラの真意は理解出来そうにないが、とりあえず納得はいったようだ。やれやれと内心で思いつつ、クリストフは何の気なしに地下墓地の天井へ目を向けた。


「ん?」


 視界の端で何かの影が動いたような気がする。再三だが、この地下墓地はかなり広い、その為、高さも十分にあると言っていい。そんな場所なのだから、当然、ろうそくの光では全体を照らすには限界がある。天井付近にはほとんど光は届いておらず、そちらはもっぱらヒカリゴケの輝きに頼るのみだ。そんな暗さなのだから、見間違える事は往々にしてあるだろう。


 だが、間違いなく何かが動いたのは確かだ、虫にしては大きすぎるが、さりとて動物とも思えない。目を凝らして見ようとしたところで、周囲の棺が、一斉にカタカタと震え出し、亡者共の唸り声が、地下墓地内部に響き渡った。


「おい、これは…!」


「どうやら、これを守っているものがいたようね。…来るわ」


 カーミラの言葉が終わる前に、天井から何かが降ってきた。クリストフたちは咄嗟に左右へ飛び避けたが、現れたそれは醜悪極まりない怪物であった。


 その怪物の下半身は、大きなワニのような形態をしていて、皮膚は厚く、太く少し長い胴体からは四本の短い足と尾が生えている。ワニであれば頭があるであろう部分には、いくつもの人間の上半身が上下左右を向いて繋がっており苦悶の表情を浮かべるそれぞれの頭が、身の毛もよだつ金切り声を放っている。


 身体全体のバランスが悪いのか、蛇のように這いずりながらゆっくりとカーミラに近づいている。力はありそうだが、あまり戦闘に向いた形とは言えない怪物だ。まるで、子供が粘土細工で手遊びに作った玩具のようにも見える。


「どうやら、死体をつなぎ合わせて造った、リビングデッドのキメラのようね。…気持ち悪い」


「同感だ」


 カーミラはハッキリと表情に出すほど嫌悪感を露わにした。クリストフにしても、これは明らかに死者を冒涜する行為であり、我慢ならない。二人がかりで戦うなら、大した敵ではなさそうだと、クリストフが怪物の背後で斧を構えた時、周囲の棺が音を立てて崩れ、中からは腐った死体や、骸骨たちが飛び出してきた。


「リビングデッドだけじゃなく、骸骨兵士(スケルトン)もだって!?どうなってるんだ、この地下墓地は!」


 すぐさま標的を変え、群れを成す亡者共を切り払う。一体一体は決して強くないが、数だけは相当なもので、油断はできない。さらにどういうわけか、骸骨兵士達は武器を持っている。大半が腐った死体で骸骨兵士の数は多くないが、蠢く死体達を盾にして、影から攻撃をしてくるので、厄介で仕方がない。


 それでも次々と襲い来る亡者達を薙ぎ払いつつ、カーミラの方をみれば、彼女は近づく怪物を前に、険しい表情をして腕を組み、立ち尽くしていた。


「汚らわしい…血を吸う気にもならないわ」


 カーミラはそう吐き捨てると、左手に魔力を込め、空中に魔法陣を作りだす。目に見える程強大な魔力が迸り、輝きを増す魔法陣に向かって詠唱をする。


「集え!禁忌の炎達よ!我が意に従い敵を葬る地獄の火炎となれ!『Hellfire blast!(獄炎波!)』」


 カーミラの叫びは、魔力と共に魔法陣に吸い込まれ、一瞬の内に凄まじい業火の波となって解放された。瞬く間に怪物は炎に飲まれて焼け落ち、そのまま、クリストフへ群がる亡者達をも焼き尽くしていく。


「バカ野郎っ…!?」


 眼前に迫る炎に対し、クリストフは咄嗟に身を屈め、全身にヒールをかけて纏う事で、やり過ごすことに成功した。しかし、ただでさえボロボロだった法衣は、あちこちが焼け焦げてしまっている。幸いにして火傷もないが、外見上はもう見る影もない有り様だ。


「あ、の、なぁ~!次は容赦しないと言ったぞ!!」


「あら、爪や牙が貴方を襲った時とも言ったでしょう?今のは魔法なのだから問題ないわ」


「大有りだ!っていうか、例えだろうそれは!」


 食って掛かるクリストフを軽くあしらいながら、カーミラは先程の異様な死体が入った棺に目を向けた。どうやら魔法は当らなかったようだが、同胞の死体をそのままここに放置していく気にはならないのか、カーミラは改めて棺に近づくと、再び呪文を唱え、棺諸共、吸血鬼の死体を焼き尽くした。


 「まったく…持ってきた着替えも荷物も、全部昼間の爆発で吹き飛んだってのに…!」


 文句を言いながらも、クリストフは綺麗に焼き尽くされた死体達を調べていた。カーミラの魔法は本当に強力で、巻き込まれたクリストフ自身、助かったのが不思議だと思えてくる。昼間戦った時にこれをやられていたら、ただでは済まなかっただろう。改めて灰になった死体達を見ていると、背筋が凍るような気がした。


「Dirt to dirt, ash to ash, dust to dust.(土は土に、灰は灰に、塵は塵に)」


 十字を切り、聖句を唱えて祈りを捧げ、聖水を振りまいて死体を清める。略式ではあるが、これでアンデッドとして復活する事はないだろう。


 ポケットの中の小瓶に忍ばせていた、かろうじて残っていた聖水は使い切ってしまったが、罪なき死者達を悼み弔うためならば、惜しいものではない。生前の彼らについては知る由もないが、少なくともここで眠っていただけの彼らに罪はないのだから。


 そんなクリストフを、一歩離れた所から見ているカーミラの表情は、何とも言えない複雑さで溢れていた。祈りを終え、彼女の方へ向くと、心なしか更に一歩後退した気がする。


「何だ?」


「いえ…やっぱり聖職者ね。今の貴方は、とても近寄り難いわ」


「ふ…アンタこそやっぱり吸血鬼だな。十字架や聖水には弱いか」


 思わぬ所でカーミラの弱点を見つけたような気がして、クリストフはニヤリと笑った。


 正直、少しは何か仕返ししてやろうかと思わなくもないが、今は遊んでいる状況ではないし、あまり意地の悪い事を考えるのは聖職者としての立場上よろしくないので、我慢する事にする。先程の炎によって、半分ほどの燭台が破壊されてしまい、ヒカリゴケも焼けてしまったのか地下墓地の内部はかなり暗い。


 それでもなんとか地下墓地の隅に見える階段へ向かって、微妙な距離を保ったまま二人は歩いた。

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