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千代子冷凍工場の秘密  作者: 矢本MAX
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4

クリスマス・イヴの夜、千代子冷凍の工場へと忍び込んだ僕たちを待ち構えていたものとは……?

これからしばしの間、あなたの心はこの不思議な空間へと入って行くのです。

 4

 クリスマス・イヴの夜は満月だった。

 家を抜け出して、小学校裏の神社に行くと、すでに英一が来ていた。

 それから間もなく裕と茂、大二郎が来て、いちばん最後に来たのが、家がいちばん近い啓介だった。

「寒いな、風邪をひきそうだよ」と、遅れて来たくせに啓介が文句を言った。

「ハックション、もうひいてるよ」と茂がわざとくしゃみをしてみんなを笑わせた。

「しっ!」と僕はみんなに注意を喚起した。「声が大きすぎる」

 それから僕たちは、街外れにある千代子冷凍工場へと向かった。

 満月だったので、あたりは蒼白い光に浮かび上がり、用意した懐中電灯は必要ないほどに明るかった。

 工場に辿り着くと、三本の巨大な煙突はもくもくと煙を吐き出していて、夜間だというのに、まさに工場は稼働中であることを物語っていた。

 幸いなことに、人通りはなく、僕たちは難なく工場の裏手に廻ることが出来た。

 まるで刑務所のような高い塀に沿って歩いて行くと、裏門の近くに、数匹の猫がたむろしているのが見えた。

 猫たちは、僕たちの姿を見つけると、警戒し、身構え、それから素早く塀に向かって走り出した。その姿が、次々と塀に吸い込まれるように見えなくなった。

「ほら、あそこが猫の出入り口だよ」

 僕が自慢げに言うと、みんなは「おお」と感嘆の声を上げた。

「しっ!」と僕はもう一度みんなに注意しなければならなかった。

 近寄ってみると、それはとても精巧に出来た出入り口だった。

 どう見ても平坦な壁にしか見えないのだが、身体をぴったりと壁面押しつけるようにして横這いに進むと、クランク状になった隙間に潜り込むことが出来るのだ。隙間はとても狭く、小学校高学年の僕たちは、身体を押しつぶされそうになりながら、やっとのことで通り抜けることが出来た。

 塀を通り抜けると、工場の建物まで五メートルほどの空間があり、その向こうに守衛室の灯りが見えた。

 第二の難関だ。

 幸い、守衛室の窓は、大人の上半身ほどの高さにあったので、僕たちは四つん這いになり、猫のふりをしてそこを通り抜けることにした。

 そろりそろりと、音を立てないように歩いて行く行為は、予想以上に辛かった。

 真冬の夜ということもあり、冷え切ったコンクリートの床が、氷のように冷たかったのだ。

 僕は、手袋をして来れば良かったと後悔した。

「にゃお」

 誰かが猫の鳴きマネをした。

 心臓が止まりそうになった。

 みんなが顔を見合わせた。

 こんな緊迫した状況で、鳴きマネをするようなふざけた奴は誰だ?

 だが、みんな自分ではないと首を振った。

 するとその傍らを、一匹の黒猫がクールな顔をして通り過ぎて行った。

 僕たちはもう一度顔を見合わせた。

 猫の小生意気な態度が可笑しくて、腹の底から笑いがこみ上げて来て、吹き出しそうになった。

 まさに、一触即発の事態だ。

 眼と眼が合うと、吹き出してしまいそうなので、あわてて視線を逸らした。

 だが、笑いの波は収まらず、みんなが肩を震わせて全身で笑いを封じ込めようとしたが、やがて波は次第に大きくなり、空気が満タンになった風船のように、炸裂してしまった。

「ぶっ」と最初に息を漏らしたのは大二郎だった。

 すると堰を切ったように、痙攣のような笑いがみんなに伝播した。

 もう、誰も止めることが出来ない。

「誰だ!」

 鋭い声がして、守衛の男が飛んできた。キングコングのようながっしりした体格の男だった。

 僕たちはあわてて四方八方(実際には六方だ)に逃げた。

 一方向ではなく、バラバラに逃げたのは、普段から缶蹴り遊びで鍛えているから、条件反射のように分散したのだ。

 行列の先頭にいた僕は、そのまま工場の入口のドアの方へ向かって走った。

 操業中なので、たぶん鍵はかかっていないだろうと考える余裕などなく、ただ眼の前の方向に走っただけだ。

 すると、眼の前のドアが開いた。

 中からはまばゆい光が放射され、その光の中に大人の男性の姿が、シルエットになって浮かび上がった。

 挟み撃ちだ!

 思わず立ちすくんだ僕の肩を、背後から追って来た守衛が、がっちりと掴んだ。

 万事休すと、僕は観念した。

「どこのガキだ? こんな夜中に工場に忍び込もうたぁ、とんでもねえ悪ガキだ」

 頭の上から、キングコングの守衛の太い声が響いた。まさに、雷が落ちるとはこのことだと、僕は妙に納得した。こうなっては仕方がない、素直に謝ろうと思った。

「ごめんなさい」

 と頭を下げた。

「謝れば済むってもんじゃないぞ、どこの学校だ? 中央小か?」

 キングコングがさらに吠えた。

 僕は身を縮ませた。学校や親には知られたくない。

「そのへんにしておきなさい」

 今度は前から声がした。親戚のおじさんのような、落ち着いた、おだやかな声だった。

 顔を上げると、工場の中から出て来た人は、大人にしては小柄な方で、けっこう歳をとっているように見えた。つるんとした卵形の顔をしていて、頭にはもうほとんど髪の毛がなく、丸眼鏡をかけて口ひげを生やした風貌は、愛読している少年探偵団シリーズの作者・江戸川乱歩の写真に似ているように思えて、僕はちょっと親近感を持った。

「この子は僕のお客さんだ」と、その老人は守衛に言った。それから僕に向き直り「工場見学に来たんだろう? さあ、中に入り給え」と、僕の肩に手をかけて、工場の中へと招き入れてくれた。

 状況の急展開に戸惑いつつも僕は、湧き上がる好奇心には逆らえず、光り輝く工場内へと歩を進めた。

少年の前に現れた老人は誰?

そして千代子冷凍工場の内部は?

それではまたお逢いしましょう。

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