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千代子冷凍工場の秘密  作者: 矢本MAX
3/10

3

さて、いよいよヒロインの千代子が登場します。

誰にでもあるだろう、甘酸っぱい初恋のストーリーです。

これからのひととき、あなたの心は、この不思議な空間へと入って行くのです。

 3

 広瀬千代子が転校して来たのは、一九七五年、高校二年の秋のことだった。

 色の白い、美しい少女だった。

 僕は一目で彼女が好きになってしまった。

 ただ単に容姿が美しいというだけでなく、彼女には、幼い頃に憧れた映画やアニメのヒロインや、いつか見た夢の中の女の子のような、懐かしいような、儚いような不思議な魅力があったからだ。

 もちろん、そう思ったのは、僕一人ではなかったはずだ。

 何人かがさっそくアタックをかけたが、あえなく撃沈したという情報も入ってきた。

 けっこうガードが堅いという評判だった。

 それもそうだろう、転校して来て間もない状態で、相手のことも、その評判も解らない状態で、おいそれと申し出を受けるとは思えない。

 高嶺の花と諦めて、遠くから眺めるのが精一杯だと思っていた。

 ところが、チャンスは向こうからやって来た。

 彼女が、僕が所属する文芸部に入部して来たのだ。

 文芸部は三年生の女子が中心の部で、男子は二年生では僕一人、あと三年生の先輩が二人いるくらいで、完全な女の園だった。

 僕がこの部を選んだのは、推理小説好きが高じて、将来は推理作家になりたいと思っていたからだが、入部したらそれが完全な思い違いであったことを思い知らされた。

 年に四回発行されるガリ版刷りの文集は、ポエムが中心で、僕のように推理小説を書こうなどという部員は一人もいなかった。

 もっとも、僕はその当時、まだ一篇の推理小説も完成させられていなかった。

 魅力的と思われる導入部を書き散らしてはいたけれど、それを首尾一貫したプロットに組み立てることが出来なくて、書き出しだけの原稿を増やしているだけだったのだ。

 なので、文集には小説ではなく、当時熱心に聴いていたプログレッシヴ・ロックの訳詞に影響された幻想的な詩を寄稿したのだが、これが思いの外好評で、部内での居心地はすこぶる良くなったのだ。

 そこへ入部して来たのが、広瀬千代子だった。

 新入部員挨拶で、彼女は宮澤賢治の童話が好きで、将来は童話作家になりたいのだと語った。この挨拶で、高嶺の花だと思っていた彼女が、グッと近い存在に感じられるようになった。

 さらに彼女は、僕の方に向かって「同じクラスの人ですね、よろしくお願いします」と声をかけてくれたのだ。

 予想外の展開にうろたえた僕は「よろしく」と答えるのが精一杯だったが、声が上ずるのを隠すことが出来なかった。

 文芸部の部室は特になく、図書室のカウンターの奥にある準備室が充てられていた。

 月一の例会や、文集の編集会議と合評会、文化祭の準備などで集まる他は、特に毎日集まるわけではなく、いつもは三年の女子部員のたまり場のようになっていた。だから僕はあんまり顔を出さなかったのだが、千代子が入部してからは、怪しまれない程度の頻度で出席するようになった。

「黒須くん」

 ある日の部会の帰り道、背後から声をかけられた。

 振り返ると、千代子だった。

「この間、黒須くんが書いた詩を読ませてもらったの。とっても素敵だった。それが言いたくて……」

 僕の隣りに並んで歩きながら、彼女が言った。

 部室の棚には、会誌のバックナンバーが創刊号から並んでいて、彼女はそれを熱心に読んでいたのだ。

「なんていう詩かな?」

「『メビウスの飛行』がいちばん好き。あと『永遠の昼下り』も、『風の宮殿』も。なんか、宮澤賢治の世界に通じるものを感じる」

 挙げられた作品はすべて、大好きなバンド、キング・クリムゾンの作詞担当者ピート・シンフィールドの詩を翻訳したものに強く影響されたものだった。

 彼女が尊敬する宮澤賢治に比肩されて評価されて、僕は有頂天になった。

 急に足許が軽くなり、ふわふわと雲の上を歩いているような気分だった。

「あ、ありがとう。そんなふうに誉めてもらったの、はじめてだから、嬉しいよ」

「ずっと詩を書き続けてるの?」

「いや、詩を書くようになったのは、文芸部に入ってからで、それまでは推理小説ばっかり読んでいたんだ」

「へえ、どんな作家が好き?」

 僕はとっさに江戸川乱歩と答えようとして、言葉を呑んだ。乱歩作品にはエロティックなものも多いので、エッチな奴だと思われたくなかったらだ。

「日本の作家だと、横溝正史が好きだね。外国だと、アガサ・クリスティかな? 最近はハードボイルドにも興味があって、レイモンド・チャンドラーも読みはじめてるんだ」

「へええ、読書家なのね」

「いや、そんなことないよ。宮澤賢治だってほとんど読んでないし……」

 僕は正直に言った。

 ちゃんと読んだことがあるのは、小学生の時、学習雑誌の読み物特集号に掲載されていた「月夜の電信柱」くらいで、「風の又三郎」はテレビドラマで、「銀河鉄道の夜」はマンガで知っているくらいだった。

 すると彼女は、

「『月夜の電信柱』はわたしも好き! なんか不思議な作品よね。あと、いちばん好きなのは『銀河鉄道の夜』」

 言いながら空を見上げた。

 冬の空は暮れるのが早く、すでに星が瞬いていた。

 星座には詳しくない僕がわずかに知っているオリオン座の三つ星が輝いていた。

 こうして僕たちは、急速に親しくなって行った。

 互いのお気に入りの本を貸し借りし、感想を交換したり、僕が書いた拙い小説を読んでもらったりした。

 また、音楽の話題でも意気投合し、僕がキング・クリムゾンやピンク・フロイドのLPを貸してあげると、彼女はデヴィッド・ボウイやクイーンのレコードを貸してくれた。

 そうしてその年の、クリスマス・イヴがやって来た。

 文芸部では、クリスマス・パーティを開催することになり、先輩の一人が、親戚の喫茶店のパーティ用の個室をキープしてくれた。

 もちろん、僕も千代子も出席の予定だった。

 僕はその日、ちゃんと千代子に気持ちを打ち明け、交際を申し込むつもりでいた。

クリスマス・イヴの告白は、果たしてうまくいくのでしょうか?

それではまたお逢いしましょう。

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