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子供の頃、街は不思議に充ちていました。
あなたもこの子供たちと一緒に、この不思議な空間の中へと入って行くのです。
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一九六九年、クリスマス・イヴの夜だった。
僕たちは街外れにある千代子冷凍工場へ忍び込んだ。
僕と、同じクラスの小学五年生、茂、裕、英一、啓介、大二郎の計六人だった。
みんな、千代子冷凍が大好きだった。夏の暑い日はもちろんのこと、冬の乾いた空気の中で食べる千代子冷凍はまた、格別だった。
可愛い少女の姿をしたアイスを舐めることは、何だかお尻がこそばゆくなるような、嬉し恥ずかしい快感もあった。
この少女は製造会社の社長の、亡くなった娘がモデルになっているという、巷の噂だった。
そんな大好物の氷菓子の工場が、自分たちが住む街にあるなんて、最初はちっとも気づかなかった。
もちろん、街外れに大きな工場があることは知っていた。だけどそれがあの、千代子冷凍の工場だとは、誰も気づかなかったのである。
工場は高い塀に囲まれていて、門はいつも鉄の扉が閉まっていて、おまけに看板すらなかったからだ。
原料や資材の運搬、そして製品の搬出などは、深夜と早朝に行われるらしく、人や車の出入りも、極端に少なかった。
それでもそこが、チョコレートに関連した工場であることは、漂う甘い香りから、隠しようがなかった。
あれが千代子冷凍工場ではないかと推理したのは、当時、推理小説が大好きだった僕だった。千代子冷凍の製造方法は、厳重な秘密のベールに覆われていることは、小学生でも知っている常識だった。だからこそ、チョコレートの香りを漂わせるこの不思議な工場こそ、千代子冷凍の工場に違いないと推理したのだ。
この推理に賛同してくれたクラスメイトが、先に名を挙げた五人だった。
さらに、この厳重に保護されたこの工場に、秘密の出入り口があることを発見したのも、僕だった。
ここが千代子冷凍工場ではないかと思いはじめた僕は、連日のように工場の廻りを偵察し、確たる証拠を掴もうとしていた。
そんなある日、工場の裏手の塀沿いの道を歩いていた僕は、工場の秘密の入口を発見したのだ。
僕の前を、一匹の猫が歩いていた。
よく太った、黒トラのオス猫だった。
塀に身をすり寄せるように歩いていた猫の姿が、ふっと壁に吸い込まれるように消えたのだ。
びっくりして走り寄ると、真っ平らに見えた塀が、触ってみると内側に直角に折れ曲がっていることを発見した。表面は平面に見えるように、だまし絵のように加工されていたけれど、そこは階段状に折れ曲がった、猫の出入り口になっていたのだ!
猫の出入り口?
そう、千代子冷凍工場では、原料となるカカオやココアや砂糖が貯蓄されている。それらの原料を、ネズミやゲスラの幼体の被害から守るために、多数の猫たちが用心棒として飼われていたのだ。そしてそれらの猫たちの出入り口として、だまし絵の隙間が作られていたというわけだ。
隙間は、猫の身体に合わせて狭いものだったけれど、小学生の僕たちなら、かろうじて通り抜けられそうだった。
潜入を夜にしたのは、人目を避けるためであり、友だちを誘ったのは、一人では心細かったからだ。
クリスマス・イヴが選ばれたのは、その日が僕の誕生日であり、みんなが僕の家に集まって誕生パーティをしていたからで、その席上で僕は千代子冷凍工場の秘密の出入り口のことを公開したからだった。
みんなは興味津々で僕の話を聞いてくれた。
「実は僕もそう思ってたんだ」と言ったのは茂だった。
「なんか、ワクワクするな」と裕。
英一は腕組みをして「確かに、説得力はあるな」と言い、
「お主、やるな」と啓介が感心し、
「すぐ行こうよ」と大二郎が言った。
相談の結果、潜入は今夜「サンタクロースが来るから早く寝る」と言って、各自早めに自室に入り、それから家を抜け出して、小学校裏の神社に集合することにした。
もちろん誰もサンタクロースの存在なんて信じていなかった。
果たしてこの工場は「千代子冷凍」の工場だったのでしょうか?
それではまたお逢いしましょう。