第八話「賭場4」
決着は一瞬である。
2つの紙を確認したディーラーは、時間をかけるようにそれを見つめる。
「しっかり読み込んでくださいね」
そう念を押すフランソワに、ディーラーはうなづくと、2つの紙を近くの蝋燭で燃やした。
驚きと非難が上がる中、ディーラーは静かに呟く。
「これで不正もできません」
紙の書き換えなどね。
そう言いながらディーラーがフランソワを見ると、フランソワはうっすらと笑みを浮かべた。
「随分凝った真似をするじゃねえか」
ジョーゴも楽しげに笑う中、ディーラーはカードを切り始める。
「さて、ディーラーが私と言うこともあって不満な方も多い様子」
ストップくらいはレディに託しましょう。
そう提案するディーラーに、フランソワはしばらく無言を貫き。
「ストップ」
そう宣言した。
「さて」
出る数字をまず確認する。
ディーラーが出した数字は。
「9、か」
最も端の数字。
仮に安全策の5を選んでいても容易に負けうる数字である。
男もフランソワも黙って、ディーラーの言葉を待つ。
今、この場に、2人の選んだカードを知る者は彼しかいないのだ。
「それでは挑戦者、私の相方ジョーゴの選んだ数字は」
8です。
その言葉に、ジョーゴは笑った。
「これだよこれ!これがあるから賭け事はやめられないんだ」
埒外の数字。
いくら5が絶対の数字でないとは言え、この勝負は真ん中に近いほど勝てる確率が高くなる。
それを8。
それを選べてしまう胆力と、9を引き当てる豪運。
正気の人間の選択ではない。
だからこそ、賭け事においては強くありうる。
「わかるだろ?8なんて数字、確率で言えば異常なんだ」
このゲームの思考。
選ぶべきは安全策の5か?
相手がそれを選ぶ前提で4や6に攻めるか?
ここまで、基本3択なのだ。
しかしそんな考えではない。
そんな考えは、勝ちに来ていない。
賭けるとは言わない。
「わかるだろ?おかしい人間じゃないと楽しみきれないんだ。だから俺は」
大勝ちもし、大負けもしてきた。
その大きさこそが、不安定こそが賭け事の醍醐味。
「レディ、あんたの思考を教えてくれ。いったいどう考えてあんたは」
「続いてレディの選んだ数字は」
9です。
ディーラーは、淡々と。
何もおかしなことなどないかのように話す。
「は?」
それは、何もジョーゴだけではない。
周囲の全て。
全観客が思わず声を上げ。
「な、なんで」
動揺するジョーゴにはっきりわかるように。
フランソワは笑ってみせた。
「よってこの勝負、レディの勝ちとなります」
無情とも言えるほど淡々と勝敗を告げるディーラーに、場は湧くことすらない。
疑問が大きすぎる。
「なんであんたは9なんて数字を」
その笑みに釣られたのか。
動揺しながらレディに詰め寄るジョーゴに、フランソワの付き人が近寄った。
「良い賭けだったわ。そして良い相手だった」
フランソワは詰め寄った、理解できないものを見るようなジョーゴに対して優しく話し。
「でもね、敗者に価値はないの」
追い出しなさい。
そう、酷く冷たい声で言うと、ジョーゴはなす術もなく、力尽きたようにフランソワの付き人に連れられ追い出された。
「詰め寄らせることでジョーゴを追い出す口実を作ったんですか?」
「ええ、思ったより動揺してくれて動かしやすかったわ」
そうディーラーに淡々と答えるフランソワに、ディーラーは背筋に寒いものを覚えた。
人を動かすプロ。
悠々と勝ちを確信させてから、笑ってみせる。
冷静さを欠かせ詰め寄ってこれば、これを理由に出禁にできる。
今後賭場を荒らすこともないだろう。
全て解決した。
賭け事も、運営としても。
「じゃあ、あとはお願いしますね」
そう話すディーラーに、もちろんと言うフランソワ。
「そんな額、はした金ですもの」
フランソワは、紙に9などと書いてはいない。
彼女がやったことは、大金の所持を見せびらかせ。
それをはした金と話し。
紙にこう書いて渡したのだ。
私を勝たせれば、私の賭け金を差し上げます。
乗るのであればこの紙は燃やしなさい。
そしてこの話をディーラーは飲んだ。
裏切りではあるだろうが、バレずに大金が手に入る。
それにジョーゴは負けをさほど気にしないだろう。
そう思えば罪悪感も薄い。
部の良い賭けだと分かっていた。
「連絡を取れるようにしておきなさい」
そう言うと、フランソワの付き人がディーラーを連れて行く。
彼は抱き込める。今後も利用できるかもしれない。
しかし、フランソワは思う。
退屈だ。
ジョーゴはよかった。胆力があり、豪快で、賭け事に対してのスタンスも面白かった。
しかし、賭け事は勝たなければ意味がない。
フランソワのイカサマの決定的な問題は、勝ってもフランソワは損をしていると言うことである。
ディーラーの買収、そのために出した額はジョーゴの勝ち金より大きく、また運営として出た以上ジョーゴから得た勝ち金は賭場に譲るつもりであった。
勝つためには手段など選ばない。
フランソワにとっては当然のことである。
逆にジョーゴは勝ちに拘れなかった。
賭け事のスリルのみを求め、大きな賭けを楽しんで、運に全てを任せる。
先程は動揺していたが、落ち着いて振り返ればこの負けも楽しかったと思い前に進むのだろう。
自分がディーラーに騙されていたとも気づかずに。
それではダメなのだ。
そんな単なる賭け事ではもう、退屈は収まらない。
せめて徹底的に自分を打ちのめしてくれる人物。
しかし、そんな人間は出会えない。
賭場を手足のように操れ、無尽蔵の賭け金を用意でき。
そして恐れを知らない。
そんな自分を脅かすギャンブラーは存在しないのだ。
フランソワ・マイエンヌ。
彼女の退屈は、収まらない。
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本作主人公フランソワも登場する『邪教徒召喚 ー死を信奉する狂信者は異世界に来てもやっぱり異端ー』は下記リンクか作者マイページよりよりお読みいただけます。