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第四話「婚約破棄4」

「ファン」


 フランソワは初めて、ファンの名を呼んだ。


「貴方って本当に愚かなのね」


 どこか憐れむような、そんな目線。

 ファンはその目を見て、思った。


 ずっとそうだ。彼女の目は自分を向いたことなどありはしなかった。

 婚約者として決まろうが、プレゼントも催しも会食も。


 フランソワが楽しげにしているところを見たことはない。

 フランソワの気持ちがファンに向いたところを見たことはない。


 今回こそ、フランソワの感情を揺さぶれると思った。


 なのに何故。

 ファンは自問自答した。


「私が悪事を認め、知りうる情報を話し、婚約を破棄する」


 そんなことを望む人物は、ここにたった1人だっていやしない。

 どころかそうさせないためなら何だってする人物の方が多いでしょう。


 フランソワの言葉に、ファンは怯えた。


 これは、そういうことなのか?

 貴族、圧倒的な教養を持つ大人の集会で行われている現状。

 それは。


「みんな、見て見ぬ振りしていたいのよ」


 フランソワが証人に打ち明けられれば罪を認め、知りうる情報を話し婚約を破棄すると言った途端。

 場は動きを止めた。


 それは単純で、冷静な判断。

 先程まで動揺していた貴族たち、愚かな大衆にも見えるが、彼らの本当に優れた点は自己保身である。


 ファンは正義を持ってフランソワの悪事をいくつか握ったかもしれないが、フランソワは悪徳を持ってこの場にいる貴族全員の悪事を握っている。


 このままだとそれを全てそれを話すと言ったのだ。


 自分の身に関係すると気づけば話は違う。

 フランソワと罪を共有する者、婚約がなくなると不利益を被る者、そしてそういった者たちの恨みを買いたくない者。

 それは全員と言える。


 貴族たちは自分に関係ないからこそできた動揺や好奇心を消し去った。


「こんなやり方で私の身が危うくなると思って?」


「だってこれしか」


 これ以外に何があったというのか。

 ファンの言葉はもうフランソワには届かない。


「知らないようだから教えてあげるけど、ファン」


 フランソワはファンの耳元に近づき、囁く。


「大人ってのは、汚いものなのよ」


 フランソワは、自分も例外でないと暗に示しながら壇上から降りる。


 同時に、皇太子の父、国王が立ち上がった。


「いい挨拶だった。皆、もう一度拍手で迎えてやってくれ」


 その言葉を聞くと同時に、場にいた全員がまた拍手を送る。

 司会が行ったものと別に繰り返されるその行為は、単純に。


 国王すらこの状況を見逃すということに他ならず。


「さて、ところで」


 国王はフランソワの去った壇上を見る。


「フランソワ嬢の挨拶にも関わらずファン、何故そこにいる?その者たちはなんだ?」


「お父様?」


 なかったことにされた。

 ファンの告発も、付き人の発言も。


「婚約者の挨拶に騒ぐのはいいが落ち着きが欲しいものですな。皆様にはご迷惑を」


 そう、まるで勝手にファンがフランソワの挨拶を邪魔にしに上がったように話し参加者に詫びを入れる国王。


 それに流石皇太子殿、若いですなあなどと周りも返す。


「あと他の、侵入者は?」


 国王はまっすぐに、もう証人という肩書きを奪われた皇太子の付き人含めた20名を見る。


「不敬を知らんようだ」


 つまみ出せ。

 そう言うと即座に衛兵が現れ、もはや言葉もない証人たちをこの場から追い出しにかかる。


 冷たい国王であるとは誰も思わない。

 むしろ愚かな皇太子の尻を拭かされる父親の苦労に苦笑いする者もいた。


 そんな中を1人、我関せずと自分の席へとフランソワは歩く。


 退屈。


 彼女は退屈していた。

 皇太子の行いは初めこそ見れたものの、種が分かれば対処もできてしまう。


 貴族が聞く耳を持たぬよう、証人が現れ自分の悪事が広まることが彼らに不利益だと教えるだけでいい。

 そう気づけばもう面白みはない。


「正義感、ね」


 ファンは正しい。

 自分は間違っている。


 フランソワはそう思う。

 例え賭場の目的が貴族の過ぎた違法行為への牽制を兼ねたとしても。


 例え賭場の目的が行き場のない奴隷の雇用にあったとしても。


 例え賭場の目的が肥えた貴族から金を回収し、大衆に戻すことであったとしても。


 ファンは正しい。


 だが、半端な正しさでは彼女を満足させられない。

 では、何が彼女を満足させるだろうか。


 賢さ?

 強さ?

 偉さ?


 そういった想定内のものではもう、彼女は物足りない。


「そう、もし私が、この退屈から逃れるならそれはきっと」


 狂気。


 彼女の理解を超え、ただ不可思議で、秩序など、常軌など、ありもしないような。

 善や悪で区別することすら馬鹿らしくなるような。


 圧倒的な異常こそそれにふさわしい。


「でも、そんな人はいないわ」


 自分の席に座り、冷めた紅茶を見て呟く。

 その条件に当てはまるのはむしろ自分なのだから。


 フランソワ・マイエンヌ。

 彼女の退屈は、収まらない。


お読みいただきありがとうございます。


少しでも面白いと思っていただけたら、『ブックマーク』と広告の下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価いただけると幸いです。


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本作主人公フランソワも登場する『邪教徒召喚 ー死を信奉する狂信者は異世界に来てもやっぱり異端ー』は下記リンクか作者マイページよりよりお読みいただけます。

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