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3月26日 嘘つき男

 昔々、ある小さな町に嘘つき男と呼ばれる男がいたそうだ。その男は呼び名のとおり、嘘をつくことが多いということでその男の住む町では有名だった。嘘をつくことが多いと言うよりも、男の言うことのほとんどが嘘といってもいいかもしれない。それほど嘘をついているならば、騙される連中もいないだろうと思うだろう。しかし、男のついた嘘はどうしてか騙されてしまうそうだ。どんなに疑ってかかっても、男の言うことは真実のように聞こえてしまうらしい。それほど巧妙に嘘をつくことができる男なのだ。

「おい、嘘つき男よ。お前は嘘ばかりついていて、この先どうなるのやら。俺は心配だ」

 町の商人はそう言った。この言葉をあざ笑うように嘘つき男は言う。

「なあに、お前さんに心配されるほど困っちゃあいねえよぉ。嘘をつくことはあんたも知っているとおり得意なことなんだからなぁ」

「俺が心配しているのは、お前の仕事のことだ」

「仕事……そんなもの俺はいらねぇ」

「仕事が無ければ、お金が手に入らないだろ。だから、大門だいもん先生のところへ一度行ってみてはどうだ。あの方はとても賢い。もしかしたらお前に合った仕事を見つけることもできるかもしれない。どうだ、お前もその先生のところに訪れてみても良いと思ったのだが」

 商人の親切な助言も嘘つき男には無駄だった。

「いや、お前さんは俺を勘違いしているねぇ。俺の仕事は嘘をつくことだぁ」

「全く、救いようのない奴だ」

 そのように言われた嘘つき男は店を後にしたのだったが、その日は特にすることがなく、暇を持て余していたのだった。しばらくの間、町を歩きまわる。そうしているうちに大門のいる家の前を通りかかった。

「ここは確か、大門とかいう奴の……」

 嘘つき男はその人を騙してやろうとでも思ったのか中に入って、

「ちっと、邪魔するぜぇ」

 と言う。すると、奥の方から男が出てきた。その男は礼儀正しく、名乗ったのだった。大門であると。

「何の用かな。ええと、君はどこかで見た顔だな。確か――嘘つき男とか呼ばれている……」

 初めて会う人を嘘つき男と言うのは一見、失礼とも思えるが、そのようなことを嘘つき男本人は全く気にしていない様子だ。

「そうだ。この町で嘘つき男といえば俺以外いない。で、お前さんとはどこかで会ったかぁ」

「いや、会ったのはこれが初めてだ。知り合いに君を知っている奴がいてな。そいつが君の似顔絵を描いたものを私が見たんだ」

「へえ、じゃあ俺のことは大方知っているという訳かぁ」

「いや、嘘つき男と呼ばれていることくらいしか知らないな。君がどんな嘘をついてきてどんな人を騙したのか、聞かせてほしい」

 嘘つき男は少し考えて、どの話を話すかを決めた。

「俺はなあ、ここらで一番えらい奴に嘘をついたことがあるぜぇ……」

 嘘つき男は調子に乗って、あることないことを大門に話した。男の言っていることはほとんどが嘘だ。嘘の話を聞いている間、大門はその話にうなずいたり、笑ったりし、楽しみながら聞いているようだった。

 嘘つき男が十分話し終えたところで大門はあることを思いついた。

「君に合った仕事を見つけた」

「俺に合った仕事だとぉ」

「ああ、君に合う。嘘の話を書くという仕事だ」

「嘘の話ということは実際には存在しない話を書くってことかぁ。そんなことして、お金になるのかぁ」

 嘘つき男は嘘をつくことは好きなことだった。それゆえに嘘の話を文字にして書くだけで、お金がもらえるならばやってみようと思ったのだった。嘘つき男は嘘の話を書いた。筆はすらすらと進んだ。書いていて、心地の良いものでもあったようだ。そして、嘘の話を商店で置かせてもらうことにしたのだった。

 すると、嘘の話は、みるみる売れた。そして、町中で話題のものとなり、男はもてはやされた。もちろん、お金も手に入れることができた。

 嘘つき男の書いた嘘の話が世に浸透した頃だった。嘘つき男に大門を紹介した商人も、その嘘の話をもちろん読んでいた。商人はこんなことを思った。

「そういえば、こういった文章は何と呼ぶものだろうか。これまでこのようなものを見たことがないから、分からないな。そうだ、どこかの地域では国家や社会がどのようにあるべきか説いた文章を大説たいせつと呼んでいると聞いたことがある。だから大説に対して、これを小説と呼ぶことにしよう」

 こうして、商人がそう呼ぶと、すぐに浸透して男が書いた嘘の話は小説と呼ばれるようになったのだった。

 その後、嘘つき男の影響で小説を始める人が現れた。様々な人が始めたことで話の分野は大きく異なるものもあった。

 例えば、一つのことに打ち込めず、すぐに諦めてしまうことが多い人は話の短い小説を書き、自分の世界に入ってしまいがちな人は万人受けではない小説を書き、お金を儲けたがる人は人々を楽しませる小説を書いた。

 また、他人が恐怖を感じているのを横で見て快感を得るような人は暴力的な表現の含まれる小説を書き、実際には叶わない恋愛を妄想し続ける人は恋愛を題材とした小説を書いた。

 それからというもの小説はますます伝播していったのだった。

 もしかしたらこれが小説の始まりなのかもしれない。

 と、この話もまた噓つき男の仕業かもしれないから油断はならぬものだ。


お読みいただきありがとうございます。


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