3月2日 嫌われている?
掃除の時間、清掃用具入れからほうきを取り出す。隣には同じクラスメイトの女子がいることに気がついた。せっかくなので手に取ったそのほうきをその女子に手渡す。
「はい」
すると三秒ほどの沈黙。それから少し頷いてからほうきを手に取って、そそくさと持ち場へと戻っていき掃除を始めていた。彼女はクラスでもそれなりに明るい生徒で授業中も天然な発言をしては笑いをわき起こすような人物だった。去年も同じクラスだったために、クラスメイトとしては二年の付き合いとなるわけだが、僕と彼女は一度たりとも会話をしたことはない。彼女の先ほどの反応を見る限りあまり好かれているわけではなさそうだと思えてしまった。彼女の性格からして「ありがとう」くらいの一言が出てきそうなものだ。しばしの沈黙の後、渋々ほうきを手にしたということは、もしかすると「きもい男子がわざわざほうきを手渡してきた」とでも思っている可能性もあり得る。ひょっとすると知らず知らずのうちに嫌われるようなことをしてしまったのかもしれない。さすがに考えすぎかと思いもしたが、自分が決してモテる方ではないうえ、彼女が僕のことをどう見ているのかは結局、自分の視点からでは把握することはできない。彼女との関係にしこりのようなものを感じながら、卒業までの半年間を過ごし続けたのだった。
卒業式の前日、式典の練習で僕ら三年生は体育館に集められた。ひととおり予行練習を終え、その休憩時間に前方で女子がひそひそと会話している声が聞こえた。
「ねえ、卒業までもう時間ないし、〇〇君と仲良くしたいなら今のうちだよ」
「……ううん」
彼女は少しうつむき気味に頷く。それはほうきを渡した例の女子だ。しかしその話題には触れて欲しくないようでそれ以上は自ら口を開くことはなかった。
まさか嫌われているどころか、好かれていたとは思いもしなかった。他人から好かれているのか嫌われているのか、自身でわからないものだ。
その日は何事もなく過ぎ去って、翌日の卒業式も滞りなく終わった。
家への帰路、小さなため息が漏れた。
結局、何にもなかった。告白されるどころか、何か話しかけてくる様子もなかったのだった。こちらから何か行動するわけこともできなかった。
十本ほどの桜の木が連ねる道をしみじみと歩いていく。見ればつぼみは固く閉じたまま。花開くまで当分時間がかかりそうだ。
口から漏れる息は白く、しばらく漂ってはやがて消えていく。
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