2月24日 エレベーターボランティア
あ、しまった。エレベーターに乗り込んでからそう思った。僕が立つこの位置はエレベーターの開閉ボタンの真ん前だ。ここにいると必然的にドアマンのようにエレベーターの開閉を任せられることになるわけだ。以前、入ってこようとする人がいるにもかかわらずドアの戸閉ボタンを押してしまい、ドアに接触してしまった人に殺気立った顔をされたことがあった。これ以降できる限りエレベーターの開閉ボタンの付近には立ち入らないようにしていた。今日ばかりはうっかりしていた。
この位置に偶然居合わせた人が、エレベーターボーイの役割を担っているわけで当然のことながら賃金が発生しているわけではない。これはエレベーター内でのボランティア活動だ。
しかも今回乗っているのは十階以上もあるデパートのエレベーターだ。なおかつ、上の階だけに停まる特急仕様ではなく、各階に停まる各駅停車のエレベーターだった。
エレベーターは上昇したかと思えばすぐにまた停止した。三階でドアが開く。
「ベビーカーを連れた夫婦が乗ってきた」
完全に乗り終えたことを確認して戸閉する。
そして四階に到着。ドアが開く。この階からは乗ってくる人はいないようだ。エレベーターを待っていた人は誰もいない。「閉」のボタンに指を触れようかと思ったところ。
「すみませんね、降ります」
おばあさんがゆっくりとエレベーターから出ていく。ご丁寧にもおばあさんは小さな声で「ありがとうね」と僕に対して言ってくれた。
そしてようやく「閉」のボタンを押した。ゆっくりとドアは閉まる。
するとベビーカーにいた子どもがこちらをまじまじと見つめていることに気づいた。純粋無垢なその輝かしい目は見ているだけでとても癒される。
そんなことを感じているとまたエレベーターは五階に到着した。ドアがゆっくりと開く。
ベビーカーを連れた夫妻はこの階で降りるようだ。二人とも僕に会釈してエレベーターを後にする。子どもがこちらに手を振っているように見えたのは僕の気のせいだろうか。
この階では六人もの人が乗ってきたために、エレベーター内はわりと窮屈な空間になっていた。
これまで停まってばかりのエレベーターは五階以降ぐんぐんと上昇していく。次に停止したのは十階だった。
ここは書店がある階ということもあってぞろぞろと人が降りていく。皆、僕に会釈して降りていくのだった。
降り終わったのを確認して、「閉」ボタンを押す。気がつけばエレベーターには自分一人しか乗っていなかった。これならあまり気を使うことないだろう。そっと胸をなでおろす。
しかし、ここであることに遅ればせながら気づくのだった。
「あ、五階で降りるんだった」
ベビーカーを気にしすぎたのが良くなかったのかもしれない。けれどエレベーターのボランティアをして不思議と心地よい気持ちになったのは気のせいだろうか。
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