2月16日 テロリストと作家
どちらが先に世界を征服できるか勝負しないか。
と、まるで子どもの観るアニメのセリフに出てきそうな物言いに、さして笑うことなく私はこう答えた。
「いいだろう。面白い」
これを聞いた彼は口元にはやした髭を撫でながら薄っすらと笑みを浮かべていた。彼のことだ、何やらやりたい計画でもあるのだろう。私を含めたこの組織は時折、世界を脅かす事件を起こすことで有名だ。誰しも一度はニュースで目にしたことがあるくらいに。
そして早速、彼はその翌日行動を起こした。何万人もの人が訪れる大規模なイベントで事件が起こったのだった。会場に仕掛けられた爆弾によって大きな爆発が発生した。屋根は吹き飛び、中に仕込まれていた鋭利な金属片が飛び散ったという。多くの死者と負傷者を出した大変残忍な事件だった。悪質なテロ行為として全世界に報道される出来事だった。
しかし、彼は失敗を犯した。爆発する様子をこの目で見たいと思ったのだろう。爆弾設置後も会場近くに居座っていたために警察に捕まってしまった。今までも幾度となくスリリングな行動をしていた彼のことだ。いつ捕まってもおかしくないと常々思っていたところだ。こんなにも派手な事件を起こしてしばらくそこから出てくることはないだろう。それどころか死刑となる可能性だって十分にある。今後、彼と直接会うことはないのかもしれない。
少し冷めてしまったホットコーヒーをすすりながら、例の事件について報じるニュースを見ながらため息をつく。
まったく、しょうもない奴だ。ただ人を殺して人々を脅かし、強引に服従させることしか頭のない。彼が捕まったせいで我々の組織にも当然に影響があった。警察にも足がついてしまい、次々と彼の事件に関連した仲間たちが逮捕されていったのだった。
それから数年が経過し、例のテロ事件のほとぼりが冷めた頃、私はようやく立ち上がる。
ではここからは私の番だ。さしあたってはSNSを使って情報の発信を行うことにした。私はこう見えて昔は作家をしていたこともあって文章を書くのは得意だ。SNSのようなごく短いものであっても、人々の心を動かすような文を書くことだってできる。
考えた文をSNSで送信する。するとたちまち多くの「いいね」が集まった。やはり私の考えていたことと、同じようなことを考えていた人は多くいたようだ。順調な滑り出しに自分でも感心してしまう。
それからたびたびSNSで自分の思考や主張を情報発信していくうちに、みるみるとフォロワーは増えていった。その投稿の多くは現状の政府への批判するものが多かった。その私の主張はとても合理的かつ論理的で多くの人々支持を得ることができたのだった。新たな政党を作って政治参加するのはどうかという意見が多く寄せられたが、私はそれを良しとしなかった。ただこのままSNSを用いてひたすら投稿を続けていく。やがてそれは国内だけではなく世界じゅうに私の主張は広がっていた。
私が政党をつくらなかったのはこのためだ。政治に参加していくらその国の議席を獲得したところで、それはただ一国を統治したに過ぎない。私がやろうとしているのは世界征服だ。彼との勝負は未だ続いている。
やがて私のこれまでやってきた活動はアンチ国連と揶揄されるようになり、現状の世界の統治機構を脅かす勢力となるまでに成長した。端的に言えば世界は二分された。
死刑が確定し、ただその時を待つだけとなってしまった彼に言いたい。
一つの爆弾よりも、言論の方がいつも強力だということを。
思い出してもみろ、人々の心を動かすのはいつの時代だって言論だっただろう?
そう、お前が幼い頃に読んだ『北風と太陽』と同じことだ。なぜ太陽が北風に勝つことができたのか。それは頭の足りないお前でもわかることだろう。物理的に上着を脱がそうとした北風よりも、人の考えを改めさせた太陽の方が勝つのは当然のことだ。
私は十分に温かいホットコーヒーを口に含んで気長に待つ。
ここからは容易い。あとは世界の方が勝手に壊れていくだけでしかないのだから。
お読みいただきありがとうございます。
少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマーク登録あるいは広告の下にある【☆☆☆☆☆】を押して評価していただけると幸いです。作者のモチベーションアップになります!




