12月24日 白魔女
大聖堂から鐘の音が鳴る。街中に響き渡るこの音は魔女会議の始まりを告げるものでもある。大勢の魔女が、そう広くはない家の一室に集っていた。魔女会議は定期的に行われ、この街に住む大人の魔女は全て参加することになっている。新米の魔女であるシルクもまた例外ではなかった。
「魔女会議を始めましょう。それでは先月の報告から」
と、この街で最も偉大な魔女、白魔女はそう言った。シルクも母親から話では聞いてはいたが、実際目にしたのはこれが初めてだった。透き通るように白い肌は、まるで雪のよう。それは白魔女という名を冠した意味がよくわかるほどだった。この魔女会議は白魔女がとり仕切ることになっている。初参加のシルクは緊張しないではいられなかった。
幹部の魔女による定例報告が終わると、話は今月の議題へと向かった。
「今月は例の魔法の実行日。皆様、お忘れではないでしょう」
そう言って白魔女は古びた地図をテーブルに広げ、上からチョークで魔法陣を書き上げる。
「このように、街に大きな魔法陣を描き、各辺にそれぞれ魔女を配置して魔法を使います。いいですね?」
シルクはそのような話を事前に聞いていたわけではなかった。大勢の魔女を前にして、誰にも有無を言わせぬ雰囲気を醸し出す白魔女に到底訊ねることなどできるはずもない。
魔女会議が終わり、各々なじみのある魔女たち同士でかたまって話し込んでいた。シルクは知り合いの魔女がいるわけではなかったため、一人ぽつんと立ち尽くすだけだった。そんななか、声をかけてきた者がいた。
「あら、あなたがコットンさんの娘さんかしら?」
声の先を見てみればそれは白魔女だった。なぜ私のことを知っているのかと一瞬驚きはしたものの、母親が以前、魔女であったのだから知っていてもおかしくはないということに気が付く。
「はい。そうです。シルクと言います。母親が魔女を引退したので私が今月から引き継ぎました」
「あらそうなの。これから頑張ってね」
白魔女は先ほどの魔女会議の時とは打って変わった優しい声音でそう言った。
「あの、先ほど聞きそびれてしまったのですが、どうして今月、あのような魔法を使うことになったのでしょうか?」
あの魔法陣自体は初心者でも解読できるくらいの分かりやすいものだった。そのためシルクも魔法の内容自体は分かる。しかし、その魔法を使う意図が全くもってわからなかった。
「逆に訊こうかしら、あなたはどうしてだと思う?」
シルクは考える。こんなことをしても何も変わらないというのは目に見えているような気がする。むしろ状況は悪いほうに傾くのではないか。魔女は市民から憎悪の対象として見られている。実際は市民に危害を加える魔女なんてほんのごく少数に過ぎない。それでも今では魔女と全く関係のない流行り病までも魔女のせいにさせられてしまっている始末だ。そんなただでさえ市民から忌み嫌われてきた魔女が、こんな人目につくようなこと好き好んでやりたがるものかと、そう思えて仕方がなかった。
「あなたもそのうちわかるわ。それまでよく考えておいてくださいね」
白魔女はにこやかに微笑むとシルクの前から立ち去るのだった。
そうして例の魔法実行日の朝。街の北部から西部にかけてチョークでひたすら線を引くのがシルクに与えられた仕事だった。線を引くだけといえども、そう小さくはないこの街では大仕事だ。シルクが西部に到着したころにはすっかり夕暮れ時になっていた。
「お疲れ様。もうすぐ面白いものが見られるわよ」
振り向けばそこには白魔女がいた。
「面白いもの?」
「いや、美しいものかしら?」
白魔女は微笑を浮かべていた。彼女のいう面白いもの、美しいものというのはいったい何なのだろう。シルクはそんなことを考えながら、今しがた父親と一緒に家から出てきた小さな女の子を見ていた。
するとその時だった。空からひらひらと舞い降りてきたそれに目を自然と奪われてしまう。
「雪だ」
小さな女の子は笑顔で父親にそう言った。
シルクはここで白魔女の思惑についてようやく理解した。忌み嫌われてきた魔女が人目についてまでやりたかったこと、それは今日がクリスマスイブだということを考えればもう少し早く気がついてもおかしくはなかった。
「なるほどホワイトクリスマスというわけですか」
「そうよ。私たち魔女がクリスマスにできることは雪を降らせることくらいでしょう?」
「確かにそうかもしれませんね」
ゆっくりと舞い落ちた雪は地面に接してじんわりと消えてゆく。それを幾度となく繰り返し、やがて一面を白の絨毯で覆いつくしていった。そのころにはすっかり辺りは暗くなり、聖なる夜の準備は整っていた。
「メリークリスマス。シルク」
「メリークリスマス。白魔女さん」
この一件をきっかけに市民の魔女を見る目が変わるほど生易しいものではなかった。けれどもこの雪が降った日、毎日のように起きていた略奪や暴動は不思議となかったという。
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