12月13日 今年の漢字
「今年一年を漢字五文字で表すならなんでしょう?」
「え、漢字五文字……一文字ではなくて?」
「はい、五文字です」
インタビュアーははっきりとそう言った。政治家としての今年一年を振り返るというテレビの企画に忙しい合間をぬって取材を受けた。思いのほかくだらない質問が続き、挙句の果てには今年の漢字、しかも五文字で答えろという。まだ四文字なら熟語や故事成語など多くあるため思いつきやすかっただろう。字数を変更してもいいか提案しようと考えたところでインタビュアーは再度口を開いた。
「あなたの今年一年はさぞ濃密なものだったかと思います。だからこそ漢字一文字、いや漢字四文字でも表せない、そんな一年だったように思います。ぜひとも漢字五文字で一年を表していただきたく思います」
こんなことを先走って言われてしまうと、字数を減らしてもいいかと聞くのは気がひけてしまった。なんとかして漢字五文字で一年を表す必要がありそうだ。
とりあえずなんでもいいから五文字熟語を思い浮かべてみることにした。
国会議事堂、議院内閣制、最高裁判所、基本的人権、経済産業省、地方交付税、内閣不信任、日本国憲法、比例代表制、予算委員会、直接民主制、第一次産業、重要文化財、縄文式土器、食品添加物、清涼飲料水……。一年を表せるような言葉が全く思いつかない。
そもそも今年一年どんなことがあっただろうか。熟語を探す前に一年を振り返った方が良いのかもしれない。
思い返せば今年の初め、私は記者会見で失言をしてしまった。同じ党の議員が不倫をしていた件に発言を記者から求められた際、「不倫をしていたからどうした。そんなことはどうでもいい問題だ」とつい言ってしまった。世間からの強いバッシングがあり、私は翌日に発言を撤回、謝罪することとなった。それから春先のこと、新しい国家プロジェクトであるベーシックインカム推進計画を任されることとなり、世間からの注目を浴びた。考案した計画は世間からの受けもかなり良く、私への支持も一層強くなった。このおかげもあって夏の選挙の時には敵の候補者に大きな差をつけて当選することができた。
そして秋ごろ、いざ計画を本格的に始動させようといったところで財務省からのストップが入る。国民全員にこれだけの金額を給付するのは容易ではないとつっぱねたのだった。結果として給付金は当初の十分の一程度になることが正式決定すると、国民たちは期待していたぶん、憤りを感じずにはいられなかったようだ。選挙があるから調子の良いことを言って有権者を釣ったのだろうとありもしない疑いをかけられもした。
この一年は実に様々なことがありすぎた。この記者の言う通り漢字一文字程度で表せるような年ではなかったかもしれない。
失言で失脚したかと思えばビッグプロジェクトで評価がうなぎのぼり。そしてまた世間は私を見放しつつある。結局、今年の初めと終わりとでは、世間からの評価は地を這うようなもので何も変わっていない。
思えば去年もこのようなふうだった。失言に始まり、プロジェクトで評価を得て、そして失敗してバッシング。色々と右往左往したが、結局去年と何も変わっていないではないか。
ここまで考えたところでふと思いつく。
今年一年を表すのにはこれ以外の五字熟語はないかもしれないと思えるほどにふさわしい言葉を思いついたのだった。
「五十歩百歩ですかね」
これを私の口から言わせるために、質問をしてきたのならこの記者は相当な切れ者に違いない。
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