11月17日 不作の年
毎年、この時期になると委員会メンバーには決まって招集がかかる。会議室にはワインに精通した者が集っていた。
「それでは始めようか。さて皆、味はどうだった?」
委員長がそう声を掛けると一同はそっと顔を俯ける。
誰も何も言おうとしないため、委員長は隣にいた委員に顔を向ける。
「君はどうだったかね?」
しばらく考えた後に男は言葉を発する。
「なんというか、今年は香りが良くないですね」
するとその言葉を皮切りにして他の委員たちもこぞって評価を述べる。
「そうです。臭いんです。このボジョレー」
「香りもそうだが、味も今までにないくらいまずいよ」
「そして色合いも良くない。グラスを少し回しただけでもひどいとわかる」
委員たちはこぞって不評を述べ続けた。それを見かねて委員長は制止する。
「静粛に。今年は天候も良くなく、ブドウ自体が不作だった。ということもあって、せっかく収穫できたブドウを無駄にすることなく、消費者に飲んでもらう必要がある。我々の評価が消費に影響を与えるというのは皆も承知しているはずだ。もちろん、無理にべた褒めする必要もない。ボジョレーへの直接的かつ批判的な評価だけはどうしても避ける必要がある。わかっているね?」
一同は下を向き、どうしたものかと頭を抱えている者までもいる。
「そういえば今までの、過去の評価はどんな感じの評価をつけていましたか?」
今年初めて委員となった女性は委員長に訊ねた。
「今までは『記憶に残る素晴らしい出来栄え』や『エレガントで、魅惑的なワイン』、『豊満で朗らか、絹のようにしなやか。しかもフレッシュで輝かしい』といった評価をつけてきた」
「そうですか。毎年、良い感じの評価をつけていたのですね。でも、例年に比べて味が落ちる年だってあったでしょう?」
「もちろん、味が落ちる年もある。ただその年ごとの特徴を踏まえたうえで評価を下す。全体としての味は落ちるが、果実味豊かなら、その旨を評価に入れたりもする」
「なるほどその年のワインの特徴を評価に入れていけばいいんですね」
「そうだ。皆に再び聞こう。今年の特徴はどんなだ? 順番に述べてくれ」
委員たちは時計回りに各々評価を端的に述べる。
「独特の香り、風味が良くない」
「果実味がなくてまずい」
「雑味がありすぎておいしくない」
「色味も悪いし、滑らかさもないアンバランスな味」
見かねた委員長は委員全員の意見を聞く前に声をあげて言う。
「君たち私と彼女が話を聞いていたか? そんな悪い特徴ばかり挙げて何になるというのだ。このワインの持つ良い特色を挙げるのだよ」
「逆に訊きますけれど、委員長。あなたはこのワインの良い特徴は何だと思いますか?」
「ええと……それはなあ」
委員長すらもこのワインの評価にはお手上げだった。何十年も委員を続けてきてこれほど不作の年は経験してこなかったのだった。
通常、この会議は数時間で評価が決定し、解散となる。しかし、今年は結果として日付をまたいで翌朝まで議論は続き、ようやく決定した。はじめの一時間のうちに出たのだがすぐに委員長に却下された評価を結果として採用することとなった。
決定した委員会の評価は――
『何とも言葉に表現するのもはばかられる桁外れの年』
委員会メンバーの心境をも内包するような文言となった。そして「桁外れの年」というワード、これは「ハズレの年」ともとれる皮肉めいたものとなったのだった。