6月19日 わからない漢字
中学の国語の時間、漢字の小テストの返却を終えた先生は言った。
「それじゃあ答え合わせをするよ。わかる人は手を挙げて」
問一から順に先生は挙手している生徒を指名し、黒板に正答を書くように伝える。無論、自分は挙手しなかった。小テストの点数が良くなかったから当然だ。
「では問六はN君お願いね」
手を挙げていないのに指名されてしまった。きっと他の誰かと勘違いでもしたのだろうか。すぐに拒否すればよかったが、気がついた頃には先生は問十まで指名を終え、前方の生徒と談笑していた。問六は自分の解答は不正解。仕方なく漢字ドリルを探して正解と探そうとするが、引き出しにそれは見当たらない。カバンを開けて探すが、見つからない。おかしい。確かに持ってきたはずなのに。
そんなこんなで探し回っていると、他の人たちは解答を終えて着席してしまっていた。
「あとはN君だけかな」
さすがに手を挙げていないということを言おうと立ち上がろうとしたところ。
「さすがN君、みんなが書き終わったのを見計らって――」
前の方にいた生徒と「混雑を避けて賢いね」なんて談笑し始めた。いやいや確かに混みあっていて板書するのに時間を要していたようだけれど、自分はただ正答がわからず行くに行けなかっただけだ。
そしてみんなの視線が自分のもとへと集まっていた。
これでは今さら断ることなんてとてもできない。とりあえずそのまま立ち上がり、黒板へとゆっくりと向かう。教壇までたどり着き、白いチョークをまじまじ見る。チョークの先端はきれいな丸みを帯びていて板書するには書きづらそうだ。表面が削れてしまっているせいで少し手に触れただけで白い粉が手に付着する。
一文字目、『牛』と書いた。これは小学校低学年で習う漢字だ。書けて当然。問題は二文字目だ。
一画目。短い左払いなのだが、慣れないチョークではうまく書けず横棒なのか払いなのかわからないものになった。
二画目。これはよくわからない。カタカナの『シ』のようだだったか『ミ』ようだったか。ここで少し思い出す。そうだ。『ツ』だ。
黒板は一画目の『ノ』の下にカタカナの『ツ』のようなものを書いた状態となった。この下に何かあったはずだ。これがよくわからない。
クラスメイトと先生のまだかまだかという強烈な視線を感じて、もう逃げられないような気がした。ここまできてわかりませんと言うわけには到底いかない。
仕方なく。適当に書く。自分でもこんな漢字は存在しないだろう漢字ができあがってしまった。もはや新しい漢字のお披露目会でもやっているのだろうかとさえ思えてくる。
「ええと……N君、席に戻っていいよ」
「はい……」
とぼとぼと席へと戻っていく。なんでこういう時に限って一番後ろの席なのだろう。クラスメイトの視線が辛い。
この件を機に自分は間違ってしまったこの漢字を忘れずに覚えることができた。覚えることができたなんていうのは違うかもしれない。あの漢字を見ると当時の出来事をトラウマのように思い出してしまうのだから、脳に刻まれてしまったというのが正しい表現かもしれない。
ちなみにその漢字というのは『乳』だ。
つまりあの恥ずべき日というのは自分にとって忘れられない『乳の日』となったのだった。
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