6月18日 海に行く
「ねえ、想像していたのと違うんだけど」
私は不服そうに頬を膨らませてそう言った。
「あれ? 前に海行きたいって言っていなかった?」
「確かに言ってたけど。ここも海は海だけどまさかこんなところに連れてかれるとは思いもしなかった」
周りを見渡せば大きなコンテナ船、積荷を移動させるためのクレーン、工場、無機質なコンクリートの堤防ばかりで、想像していたきれいな砂浜がある海岸ではなかった。
服の下に水着を着てきた準備万端の私が恥ずかしいくらいだ。確かに思えば、海の時期にしては少々早いとは思っていたけれど。
すると彼はまるで可愛い子猫を見つけたような感じで言う。
「見て見て。あそこにフナ虫がいっぱいいる」
「うっ……」
海岸沿いのコンクリートに何十匹ものフナ虫の大群がびっしりとこびりついていた。きっと一匹だけだったなら、ダンゴムシ程度の気持ち悪さしかなかっただろう。これほどの数が密集している様を見せつけられると、なおさら気色悪さが増していくような気がした。
フナ虫の大群を見た彼は意気揚々と近くにあった木の枝を手に取った。そしてそのコンクリートめがけて軽くつつき始めた。
「えいっ」
フナ虫たちは一斉に機敏な動きで散っていく。見た目はダンゴムシに近いが、動きはアリよりも速いだろう。それくらいの驚くべきスピードだった。この光景を見ているだけで鳥肌ものだ。もちろん彼らの生物としてのパワーに感極まっての鳥肌ではなく、単純に気持ち悪さからくるもの。
そんなこんなで貿易の盛んな港をぶらぶらと散歩するという、よくわからないデートとなったのだった。気がつけば日は暮れて辺りは薄暗くなっていた。
終わってみれば案外楽しかったかもしれないと思えるほどに一応満足はしてはいた。普段は絶対に来ないような場所に来て、くだらない雑談をするというのも実際悪くはなかった。フナ虫をつついたこと以外は。
「さて、今日のメイン。ご覧あれ」
彼の指さした方向には、海の向こう岸に工場地帯があった。大きな丸いタンクが複数並び、高さのある煙突など、工場から出る照明の灯りが水面に反射している。いわゆる工場夜景というやつだ。実際眺めて見るとこんなにも美しいとは思いもしなかった。
「ありがとう」
私はお礼を言った。けれど暗がりのあまり彼の表情を伺うことはできそうにない。
お読みいただきありがとうございます。
少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマーク登録あるいは広告の下にある【☆☆☆☆☆】を押して評価していただけると幸いです。「いいね」を押していたけると作者のモチベーションアップになります!