6月5日 ネクタイ
慣れない土地での単身赴任。転勤は幾度もしてきたが海外となると、これまでとはやはり違った。気候が違う。人々の暮らしが違う。食べ物も違う。
そんななかで私はどうやら食あたりを起こしたようだ。せっかくの休日にもかかわらず腹痛がひどいため、リビングにいる時間よりもトイレにこもっている時間の方が長い。とても街を見てまわるどころの話ではなかった。きっと昨日食べた料理店での食事が良くなかったのだろう。お金をケチって安いところで食事をしたばかりにこんなことになってしまった。ここが自分のいた先進国ではなく、新興国だということを遅ればせながら自覚する。安くておいしく安全な食事がとれる我が国が素晴らしいことも同時に実感した。
家の外から物音が聞こえた。見てみれば郵便受けに何やら封筒が入れられているではないか。今のところ腹痛はそれほどひどくはない。やれることはやれるうちにやっておこう。
玄関に向かい、郵便受けにあった封筒を取り出す。送り主は妻だった。思い出せば自宅に忘れた書類を送るよう妻に頼んだのをすっかり忘れていた。
リビングに戻り、椅子に腰かけてから封筒を開けた。
一枚目、仕事関係の書類が入っていた。電話で簡単に伝えただけだから少々不安だったが、無事届いて安心だ。
何やらもう一つ紙が入っていることに気がついた。
取り出してみると――
二足歩行しているウサギ(お母さんウサギ?)が、同じく二足歩行で背の高いウサギ(お父さんウサギ?)にネクタイをしめてあげている絵だった。
色とりどりの鉛筆で描かれている。小学生の娘が描いたに間違いない。
何やらお母さんウサギから吹きだしが出ているではないか。なになに?
ネクタイKО!
「KOしてどうするんだ」
思わず盛大に吹き出すように笑ってしまう。私の妻が暴力的だったり、総合格闘技をやっていたり――ということはもちろんない。単純に「OK」の書き間違いでしかないのは明白だった。
いやはや、こっちに来て初笑いがこれとは。
おや、気がつけば腹痛はすっかりなくなっているではないか。
お読みいただきありがとうございます。
少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマーク登録あるいは広告の下にある【☆☆☆☆☆】を押して評価していただけると幸いです。「いいね」を押していたけると作者のモチベーションアップになります!