6月3日 あいつはどこにいる
不快な音で目が覚めた。耳元で近づいたり遠ざかったりを繰り返す羽の音。今晩もあいつが睡眠の邪魔をしようとしているらしい。私は瞬時に照明をつけて確認する。
しかし、あいつはどこにもいない。
「クッソ。昨日と同じかよ」
先ほどまで耳元を飛んでいたくせに逃げ足の速い奴だ。
昨日の二の舞とならないよう今回は殺虫剤を部屋に持ち込み、なおかつ他の部屋に逃げていかないように部屋の扉はしっかりと閉めておいた。少なくとも現在この部屋の中にあいつが潜んでいることは間違いのない事実だ。決して広くない部屋なのだから隈なく探せば、きっと見つかるだろう。
もしやカーテンの裏か? 豪快に揺らしてみるもあいつが飛び去る様子は全く確認できない。あいつがいそうなところはどこだろう。昨日の記憶をたどる。
「そうだ」
そういえば昨日は壁の上の方に張り付いていた。白い壁紙のため見つけるのはそう難しくはない。見落としのないように壁をゆっくりと見渡すが、どこにもいない。
「一体どこにいったんだ」
起きて間もないけれども、苛立ちのあまりすっかり目が覚めてしまっていた。部屋の奥の方には衣装ケースがある。もしやこの裏に潜んでいるのではないか。
しかし、あいつの姿は依然として見えない。
呆然としてベッドの上に腰掛けた時だった。あいつが飛び去る姿を左目の端でとらえる。すぐさま右手に持っていた殺虫剤を噴出する。
するとこれまでの戦いが嘘のようにあいつはよろよろと飛びながら、ほどなくして床へと落下したのだった。床にのけぞるあいつをこれでもかと足で踏んづける。そしてティッシュにくるんでそれをゴミ箱へと放り投げた。
これでようやく安静に寝られる。先ほどまで戦闘態勢でピリピリと頭がさえていたにもかかわらず、部屋の照明を消すとパソコンをシャットダウンしたかのようにゆるやかに眠りについた。
しかし、それからおよそ三十分くらい経過した頃、再び不快な音で目が覚めた。耳元で羽音が聞こえる。あいつは倒したはずなのに音がするのはおかしい。きっと昨日からの寝不足のせいで相当疲れているのだろう。あまりにあいつを意識しすぎていたために聞こえもしない音を聞こえたと思っているだけだ。そのように考えて、気のせいだと自分に言い聞かせるがどうも違うようだ。腕にかゆみを感じる。すぐに起き上がって照明をつけた。まさか二匹もいたとは思いもしない。
「隈なく探せば確実に見つかるのさ」
そう広い部屋ではない。すぐに見つかるはず。初めこそ躍起になっていたが、部屋中を隈なく探して二匹目を始末し終える頃には、私の眼もとにはくっきりとした隈ができていたのだった。
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