5月23日 美容室
「今日はなんだか微妙な天気ですねえ」
美容師のお兄さんは話しかけてきた。確かに外を眺めてみればどんよりとした薄曇りの空が一面に広がっている。
「ええ、雨が降ってきたら困るんですよね。傘持って来なかったので」
「そうなんですか。それは確かに嫌ですねー」
美容師はようやくハサミを手に取る。そして再び何やら話を振ってくる。
「そういえば知ってます? この美容室の隣に新しくラーメン屋ができたんですよ。昔は定食屋だったんだけど」
記憶をたどって思い出そうとするが、お隣に飲食店があったのかどうかも思い出せなかった。
「ラーメン屋さんなんてありました? あんまり覚えてないです」
「そうですかー。まあできたの結構最近ですからねー。ぜひ行ってみてくださいよ」
「おいしいラーメン屋さんなんですか?」
「味は普通かなあ」
普通なのかい。
「そうなんですね。お店の雰囲気が結構良い感じのお店なんですかね?」
「いや、どこにでもありそうな。パッとしないラーメン屋かな」
「あはは、そうなんですね」
どうしてラーメン屋を私に勧めたのか意味不明だ。特に理由という理由はなかったらしく、次の話題へと移っていく。
「そういえば二年前にハンバーガー屋に行ったんですよ。そうしたら写真に比べてかなり小ぶりなバーガーが出てきて、うわー最悪って感じだったんですけど、食べてみたら結構おいしくて、また行きたいなと思ったんですけど、結局あれからずっと行っていないんですよー」
「そうなんですねー」
こんな話を聞かされてこれ以外の返答はない気がした。そもそも二年前にハンバーガー屋へ行ったことをなぜ話そうと思ったのだろう。そして「食べてみたらおいしかった」、それはよくわかった。どうしてそれから行かなかったのか理由までは言っていない。聞いたところで腑に落ちる理由が彼の口から出てくるはずもないだろう。
「そうそう、そういえば五年前にパン屋に言った時、なんですけどー」
「いや、全然切らんなあ!」
さすがにツッコミを入れた。きつめのクレームとならないよう、微笑みながら言ったのだから気を悪くすることはないだろう、と思う。
なんだかんだ小一時間経過していた。彼のハサミは一回たりとも私の髪に触れることすらなかったのだから私がこんなことを言うのも当然だ。もっと早くても良かったかもしれない。手を動かさず口ばかりを動かしては、面白くもない話を延々と聞かされるなんて思いもしなかったのだから。
「でもお客様はキレてますねえ」
と、和やかに言う美容師。誰がうまいことを言えと。
「キレてないですよ」
某プロレスラーのセリフを下手くそながらモノマネを若干しつつも返すが、ネタが伝わらなかったのか、面白いと思わなかったのか。
「そうなんですねー」
苦笑いしながら浅い返答が返ってくるだけだった。
まるで私がすべったみたいな雰囲気ではないか。
はあ、坊主にしたい。ほんの少しだけそう思った。
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