5月8日 十年ごし豆腐
ある時、商店街の一角で『十年ごし豆腐』という看板を見つけた。絹ごし豆腐ならまだしも十年ごしとはどういうことだろう。気になって立ち止まっていると店主と目が合った。
「いらっしゃい」
「あの十年ごし豆腐とは何ですか?」
「ああ、うちの自信作よぉ。できるまでに十年ばかりかかるんだけど、とてもおいしい豆腐さ。予約限定の商品だから気になってるならご注文はお早めに」
豆腐が完成するのに十年の月日がかかるとは。逆にそれだけ待たされるとどんな豆腐が出来上がるのか気になってしまう。
「ちなみにお値段はどのくらいなんでしょう?」
「まあこれくらいかねぇ」
店の脇にあったお品書きに例の豆腐の値段が書かれていた。それはスーパーで売っている豆腐の二倍ほどの値段だった。私には、完成に十年がかかる割にそれほど高くないと思えてしまった。せっかくだ。話のネタにもなる。試しに購入してみることにしよう。
「では十年ごし豆腐一丁ください」
「はい。かしこまりました。今からちょうど十年後に完成するように手配いたします。十年後にまた当店までお越しください」
「ええ、わかりました。代金は先にお支払いした方がよろしいでしょうか?」
「いえ、まだお支払いする必要はございません。なにせ十年も先の話ですから。受け取り当日に支払っていただければ大丈夫ですよ」
なかなか良心的だ。十年も経過すると注文したこと自体を忘れてしまって、結果として料金だけ支払うことになっては悪いとでも思っているのかもしれない。
「それでは十年ごし豆腐楽しみにしてます。それではまた」
そう言って私は店を後にしたのだった。
***
あれから十年後、私は例の豆腐店がある商店街を訪れていた。当時住んでいた場所からかなり遠くの地域に引っ越しをしてしまったがために、こうして飛行機を使って久々にこの地に訪れることとなってしまった。十年という月日は街並みを変えるには十分すぎる時間なのかもしれない。駅前には大きな商業施設ができて賑わっていた。一方で商店街は以前よりもさらに活気がなくなってしまっている。
ようやく例の豆腐店のある場所まで来て思わず啞然とした。
昔あった豆腐店はなくなっていた。代わりに改装してつくられただろう石材店がそこにはあった。
今の時代、豆腐より墓石の方が儲かるのかもしれない。
豆腐のように艶やかな墓石を見てそう思ってしまった。
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