5月4日 自動車学校《マスターズドライバー・インビテーション》
職につけないなら技術をつけなさい。
気分が乗らないなら車に乗りなさい。
彼女を愛せないなら車を愛しなさい。
漆黒に生まれし龍の忘れ形見といえば、紅血龍璽――すなわち俺しかいないだろう。
現在、俺は普通自動車第一種運転免許を取得するために教習所に通い始めたところだ。本日――五月四日は初の技能教習である。
ラウンジで待つ俺。
くっ――俺の腕、また暴れだしやがったか……。震えが止まらないぜ。
高校時代、問題児だった俺は、もしかするとこのMTは不可能なのかもしれない。難しいという話を他からよく聞くが、実際のところどうなのだろう。もしそうなら、ATで先に免許を取得した後に限定解除することも可能だったはずだ。
「紅血さぁ~ん」
俺の名前が呼ばれた気がしたので振り向けば、そこには――教官がいた。
彼の服は――闇より明るく、漆黒より暗かった。何より悪魔のように愛想のいい笑顔は、間違いなく闇の世界の住人のものだった。
俺は言われるがまま――その男の後に続く。
すると教習車に乗るように言われた。闇の世界に向かうには似つかわしいほどの真っ白なボディーは――例え暗黒に紛れようとも見失うことはないだろう。
閉鎖空間に入り込んだ俺は、教官の指令によりクラッチを踏みながらアクセルを軽く踏む。
それから徐々にクラッチを離す――。
【エンスト! タダチニ操作ヲ中止シ、モウ一度操作ヲ行エ】
――脳内に浮かぶメッセージ。それは焦りを生み出した。すぐに先ほどと同じ操作を繰り返すが――車は動かない。なぜだ?
「えっと、まずはエンジンかけようか」
不覚だった。俺としたことが……。
エンジンをかけ直し、もう一度発進を試みる。
【アクセル出力五パーセント、十パーセント、十五パーセント――クラッチ外シマス】
今こそ俺の魂を開放する時だ。闇の世界の住人よ。我が黒竜の眷属の力を見るが良い。
――魂解放令!!
ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
俺のシナプスが高ぶる瞬間――。
――車は動き出す。
教官は赤べこのように頭を揺らしたが、俺はそんなことを気にせず走り続けた。
その後、俺は順調に教習を進め、仮免許を取得。二段階《レベル2》へ進出すると、待ち受けるは路上での教習だ。
これでようやく時速六十キロまで車を走らせることができる。
しかし、俺は仮免許の取得後、自動車学校に行かずに遊んでいたので、車に乗るのは久しぶりだった。
ひと月前に身に着けた操作を思い出しながら、恐る恐る車を走らせる。
まず始めに加速し、それからギアをオーバートップへ入れた。
「次、右に曲がるから徐々にスピード落そうか」
ブレーキを踏んで減速をする。右折するためにウインカーをつけるはずが――。
まさかのワイパー。なぜ貴様がこんな時にっ――。
「いや、今きれいにしないでよ」
そんなことは知っとりますわい!
この俺でも腕が鈍るとはな。珍しいこともあるものだ。
闇の世界の住人よ。俺の失敗を見られたこと、一生の誇りとするが良い。さあ、高らかに笑うのだ。
シグナルは赤へと変化する。俺は減速し、車を止める。
しばらく待つと、横の信号は赤になった。
その時だった――俺の大脳新皮質は、あるアンサーを出した。
【正面ニアルシグナルハ、スグニ青ニナルダロウ。タダチニ発進セヨ】
コマンドに従い、アクセルを踏む。
「ちょっと、まだ早いよ。信号は赤だよね。それに安全確認も……」
迂闊だった。そういえば、見切り発進は禁止だった。
信号は青に変わり、今度こそ発進を試みる。
進路クリア。オールグリーン。
ゆっくりと発進し、左折する。その時――。
三時の方向から軽車両を確認。ただちに止まるんだ!
ブレーキを踏んで――。
――からのエンスト。
それから、俺は二段階も着々と進めた。応急救護もクリア。高速教習もクリア。
あとに残すは免許試験場での筆記試験のみとなった。
いつ受けようか。でも、また今度でいいか……。
そんなことを考え――もう三か月が経つ。
【To be continued……】
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