反逆王子は、王族を抜けたい
「では、第三王女殿下の婚約破棄の件は以上です。他に議題のある方はいらっしゃいますかな?」
ここは、チェスター王国の最高貴族会議の広間、本日予定されていた議題が全て終わったところで、宰相ジョージ・テイラー侯爵が会議の参加者を見渡す。
いつもの通り、誰も発言しないかと思われたが、
「では、1つ提案をしたいのですが、よろしいですか?」
「もちろんです、シルバー公爵。」
それでは、と咳ばらいをして、公爵が話し始める。
「提案というのは、かねてよりご本人から度々上申されていたと聞いております第二王子殿下の継承権放棄と王族からの離籍をご承認頂きたく。」
「ぬ!?」
国王がピクッと反応する。
「それは、公爵閣下が提案されることではないのでは?」
宰相がやんわりと非難する。
「いや、そう言われればそうなのだが、殿下から懇願されましてな。内々で要望しても聞く耳を持ってもらえないと、いつになく強く頼まれまして。私としても、殿下の母君である今は亡きアリーナ妃のこともあり、せめて殿下だけでも自らの望む幸せを掴んでもらいたいのですよ。」
と、意味ありげに国王の方に視線を飛ばしながら続ける。
「ご存じの方も多いと思いますが、アリーナ妃は、かつて我が公爵家の寄子であったボース子爵家の忘れ形見でした。それを父が引き取り、養子にこそしませんでしたが、後見役として実の子同様に養育してきた為、私にとっても妹のような存在でした。言わば甥のような存在の殿下の今の境遇を鑑みれば、ご本人の要望に沿って協力したいと思うのも同然でしょう?」
「しかし、」
「議論くらいはしてもよいのではないか。」
宰相が、更に反論しようとしたところ、エドワーズ辺境伯が遮るように発言する。
「辺境伯にそう言って頂けると心強い。皆様方は如何かな?どうしても反対という方は?」
と、公爵が参加者を眼光強くグルっと眺める。
「・・・・」
「・・・」
「特に反対は無いようですな。では。」
と、後ろに控える側近に軽く手を振ると、側近は素早く会議室入口の扉を開け、1人の少年を室内へ導いた。
「皆様方にはご機嫌麗しく。本日は、私の事でお時間を頂いて恐縮です。既に我が意をご説明頂けたご様子ですが、お認め頂けるのでしょうか?」
第二王子デイビッドが問いかける。
「公爵、あまりにも勝手が過ぎますぞ。」
宰相が咎めるように言うが、公爵は全く悪びれない。
「必要に応じて担当者を呼んで話を聞くこともあるのです。特に規則に反している訳でもありません。」
「それは・・・」
「それよりも陛下のお考えをお聞きしては?」
国王が、気まずそうな表情で問いかける。
「何故、お前は王族を抜けたいのだ?」
デイビッドが、少し驚いたような表情になりながらも
「むしろ、私が王族でいたいと思う理由があるでしょうか?王になりたい訳でもなく、王族として何か期待されてる訳でもなく、貴族どころか王城の侍女や下働きにまで『反逆王子』と蔑まれている毎日だというのに。」
「そんなことはないぞ。本人の前で言うことではないが、お前は王太子のジャックに何かあれば・・・。」
「王太子になると?誰が『反逆者の孫』である私などを支持するのですか?ああ、都合よく利用しようとする者はいるかもしれませんが。」
慌てて国王が言い募るが、デイビッドは淡々と否定する。
デイビッドの母である側妃アリーナは、王家に反旗を翻したとされるボース子爵家の出であった。現在では冤罪ではないかとの意見が大勢(そもそも常識的に考えて一子爵家にそんな力はないだろう)であるが、当時は断罪したのが飛ぶ鳥を落とす勢いの侯爵家であり、証拠を手にしたとして、独断で子爵領に攻め入り、(侯爵曰く)鎮圧したのだった。
当主である子爵夫妻や主要な家臣もその騒乱時に死亡しており、死人に口なしとばかり、侯爵の断罪独演会と化した審問会の場では、まともに弁護できる者もいなかった。
子爵の寄親であったシルバー公爵(先代)も、侯爵の示す証拠を否定する術を持たず、結果有罪と結審された。
しかし、ただでは終わらせられないとするシルバー公爵側の反撃にあい、事前に王家に証拠を提出することもせず、許可もなく出兵したことを糾弾され、侯爵家には褒賞や陞爵などは与えられなかった。その後、侯爵家当主が死亡後に、シルバー公爵主導の元、別件の不正が多数暴かれ、領地没収の上、準男爵まで落とされた。
しかし、ボース子爵家の無実の証明には結びつかず、反逆者の娘として1人残された当時7歳のアリーナは、寄親のシルバー公爵家に引き取られた。一歩外に出れば、心無い陰口や侮蔑を含んだ視線に晒される為、屋敷の外へ出かけることは出来なくなったが、公爵家の人々の優しさで平穏な時を過ごせた。
しかし、その僅かな平穏も、たまたま公爵家を訪れた国王(当時、王太子)にその美しい姿を見られ、側妃に強引に迎え入れられたことで終わりを告げたという経緯がある。
「そもそも、母上が私を身籠ってから一度たりとも母上の離宮を訪れることすらなさらなかった陛下に、今まで私の離籍を却下されてきたこと自体不思議で仕方ないのです。要らぬ子にこれ以上余計な経費を掛けなくてもいいでしょう?何より、『あなたは、幸せになって』という母上の遺言を守る為には、王族から抜けるのが最低条件と考えます。王族の務めなんかより、母上の遺言の方が大切ですから。」
デイビッドは、そもそも強引に娶ってヤルことだけはヤッておいて、『反逆者の娘』と周囲から蔑まれる母を全く庇ってこなかった国王に対しては、強い憤りを感じているのだ。そもそも父親であるという認識も薄い。
「だが・・・、」
国王が何か言おうとしたが、被せるように、
「口に出すのは憚れますが、王太子殿下にもし何かあっても、『反逆者の孫』の私が予備でいるよりもよっぽど立派な第三王女殿下がいらっしゃるではありませんか。他にも王家の血を引く公爵家もございます。私の離籍が許されない理由がございません。」
デイビッドは、王と認められないものを残しても仕方が無いと主張する。
第三王女に言及したのはあからさまな皮肉であるので、国王と王太子は表情を歪める。
僅かな沈黙の後、エドワーズ辺境伯が発言する。
「殿下のお考えは理解できましたし、ずっとそのような思いを抱かれてこられたことに関しては、臣下としては申し訳ないと反省しなければなりません。」
「いいえ、辺境伯とご子息には以前よりお気遣い頂き、感謝しかありません。」
エドワーズ辺境伯の長男ライアンは、第三王女の婚約者(これも王家側から強引に)であったので、王城で顔を合わせる機会が多く、相性が良かったのか、デイビッドは兄のように慕っており、よく相談に乗って貰っていた。普段からレベル0の無能者と蔑まれていた彼が、王女から勝手な婚約破棄をされるまでは。
「それで陛下。納得できる理由が無ければ、私の離籍を承認頂きたいのですが。」
「陛下、お考えをお聞かせください。特段の理由がなければ、会議での議決に依りたいと考えますが。」
デイビッドとシルバー公爵が促す。
国王と王太子は、表情を歪ませたまま、発言しない。
「特に殿下をお止めする理由が無いのでしたら、議決に移りませんかな?」
「いや、待て!こんな重要な案件を、いきなり決める訳にはいかない。」
面倒くさそうに言うエドワーズ辺境伯の提案に、宰相が反論する。
普段は気の置けない仲の2人も、この件に関しては逆の意見のようだ。
「だが、ここでこれ以上議論が進むとも思えんが?」
「それに、王家の内部だけではまともに取り合ってもらえないとして殿下が望まれた提案なのだ。方向性は出すべきだ。」
辺境伯とシルバー公爵が議決を求める。
「やむを得んか・・・。」
国王の諦めを含んだ声が響く。国内で多大な影響力を持つシルバー公爵と、侯爵と同格で強大な武力を擁するエドワーズ辺境伯が同じ方向を向いている以上、明確な理由もなく反対はできない。
元々、王家からすれば、アリーナ妃の話を持ち出されればシルバー公爵に、第三王女の話を持ち出されればエドワーズ辺境伯に多大な負い目があるのだ。
結局、シルバー公爵の他の出席者への事前の根回しもあり、賛成多数で、デイビッドの離籍が可決された。
その後、今後の話をするため、王族の会議室に席を移した。
参加者は、国王、王太子、宰相、デイビッドとシルバー公爵だ。
デイビッドが一方的に糾弾されることが無いよう、シルバー公爵が同席を求め、あまり口出しをしない条件で渋々了承された。
「さて、一体何が不満だったんだ?」
王太子ジャックが問いただす。
「今まで何度も言ってきたと思いますが、このまま王城に居続けることが苦痛なんですよ。このまま意味のない人生を送るよりは、どこかで自分を必要とされるところで働いた方が、苦労はあっても苦痛とは感じないでしょう。」
デイビッドが何を今更という感じで答える。元々居ないも同然という扱いを受けてきた身からすれば、何故すんなり離籍を認めてくれなかったのかという思いがあるのだ。王太子含め、異母兄弟にはほぼ接点が無い為、特に何か悪感情があるわけではない。(ただ第三王女のことだけは、母や自分を蔑む発言と態度を示していたので、毛嫌いしているが)要は、今後付き合っていく気が更々ないというだけだ。
「で、離籍した後はどうするんだ?爵位でも望むのか?」
少し考えに浸っていたデイビッドに、更に王太子が聞いてくる。
「えっ!?そんなことは全く考えていません。ただ平民として生きていくだけです。」
「「「はっ???」」」
だから何を言っているんだという感じで答えると、国王、王太子、宰相が一斉に疑問の声をあげる。公爵は特に動じていない。
「王族という肩書があっても、今のように舐められているんですよ。一貴族になって貴族社会で生きていこうなんて自虐趣味はありませんよ。」
「今まで王城で何不自由なく暮らしてきておいて、平民の生活が出来る訳ないではないですか。」
と、宰相が呆れた様に言うが、
「とりあえず見通しは立てています。冒険者登録をしていて、つい先日ランクDになりましたし、そこそこの貯えも出来ていますので。」
デイビッドも淡々と答える。ランクDといえば、中堅冒険者と言える。
3人とも呆気に取られている。それが本当だとすれば、王城から抜け出し、冒険者活動をしていたことになる。少ないながらも付けている監視からはそんな報告は無かった。
「いつからだ?」
国王が我慢できず問いただす。
「冒険者となったのは、12歳になって直ぐですね。かれこれ3年弱ですか。当然毎日という訳にはいかなかったので、昇格も少しずつでしたが。」
「監視からはそんな報告は受けていないぞ!」
王太子も混乱気味に聞いてくる。
「私に言われても困ります。ただ、監視の者達は、普段から周囲の私に対する扱いをよく見ておりましたから、かなり同情的になっていたようでした。直接顔を合わせたことはありませんが、私のような環境で過ごしていると、そういった他人の感情がよく伝わってくるのですよ。なので、私があまり知られたくないことに関しては、問題ない範囲で忖度してくれた可能性もあります。例えば、元気に剣を振っていた、というような報告があったとすれば、魔物を狩っていたとしても、剣を振っていたのは事実であって嘘ではありませんしね。」
「むっ!」
そんな報告に心当たりがあった。確かに、邪な考えで近づく貴族や商人に、王子としての立場を利用されないよう監視せよと命じていたが、王子自身の活動を全て事細かく報告せよとは命じていなかった。職務怠慢や放棄とまでは言えない。
「まあ、離籍も認められましたし、早々に王城を退去する予定です。ああ、侍女のエレクトラは一緒に来てくれるそうです。彼女は、公爵につけて貰った侍女ですし、公爵の了承も頂いています。」
「ちょっと待て!もう1つ大きな問題がある。ナタリー嬢のことはどうするんだ?」
と、思い出したように王太子が聞く。ナタリー嬢とは、宰相の娘で、デイビッドが15歳になれば、正式な婚約相手として発表される予定であった。
デイビッドは、意表を突かれた表情をした。目の前の自由に浮かれ過ぎていたようだ。まさか、あの忌まわしい女のことが頭からすっぽり抜けていたとは。
「正式な公表前で、所詮ただの政略なのですから、私が平民になれば無かったものとして自然消滅でしょう?私が気にかける必要はありませんね。」
どうでもいいような言い様に、宰相の眉が吊り上がり、抗議する。
「殿下。我が娘ながら将来殿下の傍らに立つ者として努力を重ねており、真摯に殿下をお慕いしております。あまりに無慈悲な仰り様ではございませんか。」
デイビッドは、一瞬だが一切の表情を消した後、盛大にため息をついた。
「宰相らしくないですね。貴族にとって子供など、家の繁栄の為の駒ではないですか。王族だって、王太子以外は似たようなものです。まあ、私の場合、ナタリー嬢に面と向かって言われたように『反逆王子』ですから、使い道が限られますがね。」
「うっ!!」
デイビッドは、一瞬殺気を帯びた視線を、狼狽する宰相に飛ばしながら続ける。
「そして、その限られた使い方をされたくないからとっとと離れたいんですよ。」
「「「!!!」」」
3人が絶句しているうちにと、
「では、以上ですね。これまで生きていくための費用を出して頂いたことだけは感謝しております。そのほとんどが官僚に中抜きされていたとしてもね。どうもありがとうございました。」
そう言って、デイビッドは部屋を出ていった。
部屋に残された4人のうち、公爵を除く3人は疲れ切った顔をしていた。
「公爵が何か唆したのか?」
国王が咎めるように問うので、公爵が釈明する。
「誓って、私からは何もお伝えしておりません。有耶無耶にされないよう、公に離籍を表明する場所を用意して欲しいとお願いされただけですよ。まあ、姉上が色々と調べたことは伝わっていると思いますが、私が頼んだわけではありませんよ。」
「姉上?」
王太子が尋ねる。
「ええ、先ほど殿下が仰られた侍女のことです。庶子ですが、父にとっては最初の子になります。父とその母親とは婚姻しておらず継承権も放棄して冒険者をしておりましたが、父が頼み込んでアリーナ妃について貰ったのですよ。おそらく冒険者としての基礎、魔法、剣術等は、姉上の仕込みでしょうね。」
「そこまで王族から離れたいほど、俺を恨んでいるのか・・・。」
「率直に申し上げれば、アリーナ妃の扱いについては、我が公爵家も思うところが多々ありますので、殿下の思いについては、申し上げるまでもないかと。」
国王の呟きに、公爵がはっきりと告げる。国王の認識はあまりにも遅すぎた。
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デイビッドは、侍女のエレクトラに離籍が認められたことを告げ、嬉々として早速部屋の片づけを始めた彼女を見ながら、これまでのことを思い返していた。
デイビッドは、物心がつく頃には周囲の悪意と侮蔑の視線を感じていた。
母アリーナの為にと残ってくれていた数少ない侍女の話からすると、デイビッドを身籠った頃から国王は母の離宮に姿を見せなくなり、寵を失ったと判断した口さがない者達が湧き始め、側仕えもどんどん去っていったらしい。
高位の貴族だけでなく王宮で働く侍女や下働きまでデイビッドを幼いと思って、本人の目の前で侮った態度をとるのだから王子に対する敬意など微塵も感じられなかった。唯一の救いは、アリーナが自室からほとんど出ることが無く、直接的な悪意に触れることが無かったことだけだ。
デイビッドにとって、本当に自分のことを考えてくれるものは、アリーナと一部の僅かな側仕えしかいなかった。
ただ、そういった環境が、むしろデイビッドの年齢に不相応な理性と精神力を鍛えていった。
そんな彼が忘れることが出来ない出来事が起こったのは、5歳のときであった。
王妃主催のお茶会に親子で招待された。王妃は、アリーナに対して同情的で、少しでも健やかに過ごせるよう、色々と気を遣って親しみを込めて付き合っており、アリーナも心を許していた。
そのお茶会では、他の高位貴族の幼い子供達も参加して、子供らしい交流が行われていたが、その席で、
「あなたが、はんぎゃくおうじのデイビッドさまであらせられますね。わたしは、テイラーこうしゃくのむすめでナタリーともうします。4歳です。どうぞよろしくおねがいいたします。」
「お、お嬢様!!」
ナタリーの側仕えが大慌てで止めようとしたが遅かった。何を言われたのか理解した瞬間、デイビッドが視線を向けた先では、アリーナが真っ青な顔をして震えていた。
デイビッドは、目の前のナタリーのことなど忘れ去り、侍女に指示して、母の具合が悪そうなので退出する旨を王妃に伝えさせ、早々に部屋に戻った。
アリーナはそのまま寝たきりとなり、その2ヶ月後、一度もベッドから起き上がることもなく息を引き取った。
「私の子として生まれたばかりに・・・、ごめんなさい、ごめんなさい。」
亡くなる間際までそう言ってデイビッドに謝っていた姿が脳裏から離れなかった。
何一つ悪くない母親に、大好きな母親にあそこまで悲しい顔をさせて謝らせていることが耐えられなかった。自分を取り巻く環境への怒りが増幅されるが、
「でも勘違いしないで。私は、貴方が生まれて、一緒に過ごせて、本当に幸せだったのよ。生まれてきてくれてありがとう。貴方はもっと幸せになって。」
アリーナの最期の言葉を聞いて、頭は冷静になった。もはや5歳の精神年齢ではない。
4歳のナタリーが悪意で言った訳ではないだろうということも理解できている。しかしながら結局は、彼女の側で常にそのような会話がされているということである。一国の宰相家の中で・・・。頭で理解は出来ても感情がおさまるかと言われるとそうではない。
“反逆王子”母を死に至らしめた忌まわしき言葉。
ナタリーと宰相家への恨みはデイビッドの心に刻まれた。
見舞いにすら一度も来なかった父親への隔意も。
母を失い、しばらくはベッドで塞ぎ込むことが多かったが、「幸せになって。」という母の言葉は胸に刻まれている。このままで良いわけがない。今後どうしていくかに関わらず、まずは自分の力をつけることを優先した。
通常、この世界では12歳を超えてから始める魔法の鍛錬も始めた。王城にはたくさんの魔法書がある。まだ幼く時間もたくさんある。最初は何が書いてあるか分からなかったが、2ヶ月もすると内容が理解できるようになり、初級の魔法も発現できた。半年もすると、体内に感じる魔力を限界まで使い切れば総魔力量が増えていることに気が付いた。幼いせいなのか、どうやら魔法書に記載されている通常よりも魔力上昇度が遥かに高いようだ。
そうして、他人には努力を一切隠し、1人で魔力量を増やし、増えた魔力を使いきれなくなると更に上位の魔法を覚えることで魔力消費量を増やした。
デイビッドはこっそり鍛錬をしていたつもりだったが、ただ1人気が付いている者がいた。侍女のエレクトラである。真っ直ぐな金髪と、少し切れ長で気の強そうな目をした美しい女性である。シルバー公爵家からアリーナ付の侍女として派遣されてきていた。彼女が冒険者生活から離れて少し休もうとしていることを聞いた前公爵、つまりは彼女の父親が直接打診したのだった。
悲しみと孤独感を埋めるかのように努力するデイビッドを、エレクトラは好ましく思い見守っていたが、少しでも彼の役に立つならと切り出した。
「デイビッド様。見る人が見れば、そろそろ年齢に不相応の魔力の大きさに気が付くと思います。魔力量を隠蔽する魔導具を公爵家より持ってきましたが身に着けられますか?」
唐突に切り出されて、バレてることにデイビッドは焦った。
「大丈夫です。デイビッド様が隠れて魔力を鍛えられているのに気が付いているのは私だけです。」
「そっか。エルもちょっと人とは違うと感じてたけど、普通の令嬢ではないよね?」
「はい。それが分かる6歳児も末恐ろしいですが。私は、こちらに上がるまで、冒険者として活動しておりました。私の父が、行き遅れ娘の礼儀見習いを名目にして、アリーナ様付として護衛も兼ねるように言われておりました。」
「ありがとう。俺は出来るだけ自分の力は隠しておきたいんだ。」
デイビッドは、彼女の言葉をすんなり受け入れ、隠蔽の魔導具を身に着けた。これまで散々悪意に晒されて生きてきており、人の悪意や敵意、更に好意に対しては敏感であり、エレクトラからは純粋な好意しか感じられなかったからである。
「え~と、でもこのまま側にいると、実際婚期を逃さない?エルは今いくつなの?」
聞いた瞬間、デイビッドは後悔した。死を目の前に突き付けられたのだ。
「女性に年齢を聞くものではありませんよ。」
「は、は、はい。分かりました。」
目が笑っていない笑顔から漏れ出る殺気に思わず丁寧語になるデイビッドであった。
その後は、王族としての公務にお呼びがかかることもなく、これ幸いと魔法の習得に励み、7歳くらいからは、エレクトラから剣の手ほどきも受けるようになった。将来的には市井に下りたいと思い始め、エレクトラに相談したところ、自衛の為と勧められたのだ。
「デイビッド様?」
昔の事を思い出してボーッとしていたところに声がかかり、ハッと意識を戻す。
「ああ、ごめん。何?」
「必要と思われるものは全て私の収納バッグに入れ終わりました。いつでも出発できますよ。」
「ん。ありがとう。でも、本当に俺について来ていいの?すごく助かるし、安心できるけど、俺の為にエルの時間を奪ってない?」
「問題ありません。既にお気づきかも知れませんが、私はハーフエルフなので、人よりも時間がありますし、元々冒険者として生きてきたので。」
「あ、やっぱりそうだったんだね。何年たっても若々しいからそうかなとは思ってたんだ。・・・じゃあ、最初はどこに行こうか?王都は離れるとして、冒険者活動をするのにいいところはある?」
「そうですね・・・、草原のダンジョンが比較的近いですね。私も一時拠点として活動していました。5大ダンジョンなので、初心者から高ランクまで活動できるダンジョンです。あとは、遠くなりますが、南のエドワーズ辺境伯領ですと、5大ダンジョンが2つもあり、魔物が多く住む大森林がある為、冒険者としては活動範囲が広いと言えます。また、優れた統治で栄えていますし、唯一海の資源を利用できる立地なので、豊富な海産物が取れ、食べ物が美味しいと評判です。」
「へぇ、それはいいね。でも色々経験したいから、草原のダンジョンの様子を見て、その後は気の向くまま動こうかな。でも先輩冒険者のエルの意見も聞きたいな。」
「デイビッド様のお考えでいいかと思います。ダンジョンに慣れつつご自分を鍛え、お金も稼ぐことも出来るので言うことはございません。」
「よし、じゃあ、まずは草原のダンジョンを目指して出発しよう。」
意気込んで城門から街に出た途端、10人程度の集団に道を塞がれた。
「しばらくお待ち頂きたく。」
集団の中の侍女風の女が声を掛けてくる。
デイビッドは、その女に見覚えがあった。前より年齢を重ねてはいるが、あの時にあの女の側にいた。
ということは、その後ろにいる自分と同年代の女が・・・、そうなのだろう。
「何の用だ?というか誰だ?物盗りなら全力で抗うが。」
十分に心当たりはあるが、一応デイビッドが尋ねる。
「も、物盗りっ!?ち、違います!デイビッド殿下でお間違いないでしょうか?」
最初に話しかけてきた女が慌てて答える。
「人に聞く前に自分から名乗るものだと思うが、まあいい。俺は既に殿下では無いし、デイビッドという名も今日限りだ。今後名乗るつもりも無い。」
王子のままなら無礼者と撥ね付けて終わりだが、もう王族でなない。取り繕った話し方をする必要もない。
「!!!。では、お父様のお話は本当だったのですね。こ、婚約の話は!?」
あの女が驚きの声を上げる。
「それで、誰で、何の用だと聞いているんだが。用が無いならそこをどいてくれ。」
デイビッドが苛立たし気に言うと、あの女が答えた。
「失礼しました。私は、ナタリー・テイラーです。小さい頃にお会いしていますが覚えておいでではないでしょうか?」
「お、お嬢様!それは・・・」
ナタリーの言葉に驚き止めようとしたが、遅かった。
「フフ、ハハハハハ・・・。覚えているさ。寧ろ思い出さない日は無かった。貴様の発言で母上が死んだのだからな!」
デイビッドがはっきり覚えていると突きつける。
ナタリーの周囲の者の顔色が真っ青になっている。もしかすると、幼かったデイビッドが覚えていないとでも思っていたのかもしれない。
「私の発言???」
ナタリーは全く心当たりが無い様子で首を傾げているが、死という言葉を聞き顔色が悪い。
「ああ、貴様は覚えてないだろう。幼かったし、悪意もなく、無自覚だったのだろうからな。だが、貴様の言った『反逆王子』という言葉が、母上に俺の王宮内の評価を嫌でも理解させ、そのことで心を病んでしまった。普段から側仕えがその手の情報を遮断していたが、流石に王妃主催のお茶会では防げなかった。まあ、お前達加害者は『そんなことで』、もしくは、『なんて心が弱いんだ』と思うだけだろうがな。」
「そ、そんな。私がそんなことを・・・。」
ナタリーは、覚えていなかった事実を聞かされ呆然としている。
「国王と宰相が何を考えて婚約などと言い出したか知らんが・・・、いや想像はつくがまあいい。とにかく、母上の仇である宰相家と縁づくなんて冗談じゃない。文句があるなら、宰相か、宰相家に仕える者に言うんだな。俺にとっては、貴様など話をする価値もない!」
そう言って、デイビッドとエレクトラはナタリー達の横を抜けて歩き去る。
その後ろでは、ナタリーの悲鳴のような声が聞こえた。
「本当の事を全て教えて!!いえ、お父様に聞きに行きます。」
結局、彼女達、宰相家の関係者からデイビッドへの謝罪などは一切なかった。
だが、もはやデイビッドからすれば、そんなことはどうでもよかった。
今までの自分を取り巻く不愉快な環境から解き放たれ、自由に生きられる。
ひょっとすると、明るい未来ではないかもしれないが、それも自分の選択の結果であれば、納得できるだろう。
そんなことを考えながら、これからの冒険者生活におもいをはせ、当面の目的地目指してエレクトラと共に旅立つのだった。