勘違いの恋
夕暮れ時。秋風に吹かれながら、帰り道を歩く高校生の男女1組。
女より2、3歩先を歩いていた男が突如、振り返る。回りくどい台詞を長々と喋る。困惑する女。
『だから……お前が好きなんだよ!』
女を抱き締める男。はっと目を見開く女。
……つまらないドラマだ。
ふと隣を見ると、哲さんはテレビに釘付けになっていた。一体これの何が良いのだろう。この人のセンスはよく分からない。
CMに入った。ガラステーブルの上に置かれたマグカップを手にし、残りを一気に飲み干す。
「そろそろ、帰るね」
そう口にすると、哲さんは一瞬きょとんとした表情になり、すぐに顔をしかめた。
「泊まっていかないのか」
「今日は晩ご飯作りに来るだけだって、最初から説明してたでしょ」
平坦な口調でそう返した。さっさと帰りたい。
「何でだよ……」
「明日、朝早いから。それも言ったよね」
「何の用で朝早いんだ?」
別に大した用事ではなかった。けれど、彼の質問に私が何でも答えると思われるのは癪にさわった。
「それ、いちいちあなたに言わなきゃいけないかな」
「は?」
彼の顔が歪み、みるみる赤くなっていく。またお説教かとため息を吐きたくなったが、彼の言動はいつもと違った。
「どうして、俺以外の事ばっかり優先して……俺とその用事、どっちが大事なんだよ」
彼の目には涙が溜まっていた。背筋が凍りついた。
「俺はこんなに君の事が好きなのに……君しか見えてないのに……何で……」
ついに彼は、嗚咽しながら涙を零した。丸まった背中がやけに哀れに映る。
その背中を優しく撫で、寄り添いながら謝る――そうすればこの人は満足するのだろうか。そんな事、今の私の精神状態ではとても出来そうにない。
これがこの人の正体なのだろう。そう痛感した。
私と付き合う前の彼は、包容力のある年上男性という“役”に過ぎなかったのだ。彼が私を落とす為に、都合の良い役。
テレビはドラマの続きを映し始めた。男子高校生が彼女に甘い台詞を吐き続ける。
『お前が好きだよ。お前の事しか考えられないくらい――』
恋愛が絡むと、人は皆嘘吐きになる。
「そっか。ごめんね」
そう言って立ち上がった。ハンガーに掛けていたトレンチコートを着て、バッグを肩に掛ける。
「じゃあね。ドラマ、楽しんで」
泣きじゃくる彼を残して部屋を出た。
もう、私達も終わりかも知れない。他人事の様にそう思った。