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6 いつか消える 

(ミユキ……)


 柔和な笑みを湛えた、白雪姫のような黒髪の美少女。瞳には夢見るような煌きを浮かべ、頬には健康的な朱が差している。先程の姫君同様、唇は紅がのっているように艶やかだ。それを裏付けるかのように、スバルが低い声で呟いた。


「若いのにずいぶん厚化粧だな」


(なるほど、ナチュラルに見える厚塗りなのか。異世界にもそういうメイク技術あるんだ)


 アキラはスバルの眼力に、こんなに距離があるのに、と多少引きつつもついフォローしてしまう。


「どう見ても、素顔だって可愛いですよ。化粧しているかどうかすら、わたしにはよくわからないから、すごく上手いんだろうし」


 元の世界でも日焼け止め程度しか塗ったことのないアキラは、素直に感心していた。

 途端に、二人から同時に目を向けられる。


「なに……?」

「うちの若様は、これはまた見事なすっぴんだな、と」


 スバルに真っ正直に告げられて、アキラはやや(ひる)んだ。


「放っておいてください。化粧は絵心がないと難しいらしいですよ。わたしは手先も不器用ですし」

「だめとは言っていない。アキラには必要があるようにも見えないし」


 アイスブルーの瞳が居心地悪いほど真っすぐに見てくる。アキラは苦笑いを浮かべながら視線を逸らして早口に言った。


「確かに、元の姿と結構似ているとはいえ、このひとの方がわたしよりずっと綺麗ですからね。この身体の持ち主さん、わたしが消えたら、戻ってくるのかな……」


 いつどんなタイミングで。

 自分はこの世界から消えるかもわからない。


(そんなわたしが責任ある「聖女」になるなんて無理。試験に参加するって言って以来、二人が目に見えて楽しそうだから、心苦しくはあるんだけど。わたしに出来るのは他の候補者さんのサポートくらい……)


 本当に申し訳ない。

 気持ちが沈みそうになったところで、スバルが軽く背に腕をまわして歩くのを促してきた。


「アキラの好きな食べ物って何」

「好きな……、うーん。タンパク質かなぁ。鶏のから揚げとか、ローストビーフとか」

「それ、どんな料理?」

「ん? から揚げってこっちにないのかな? 材料があれば作れると思う」

「いいね。今度教えてもらおう。オレ、わりと料理好きなんだよね」

「教えるほどうまくはないよ!?」


 しぜんに歩き出したところで、アランが確保していた席に誘導された。


「食べ物は各自で好きなだけ、のようですね。適当に持ってきますから、座って待っていてください」


 隣の席には、当然スバルがいる。


(えーと……なんだろう)


 心なしか。

 守られている、気がする。

 アキラの戸惑いを見透かしたように、スバルがぼそりと言った。


「容姿が元に似ていて、名乗ってる名前も同じなんだ。向こうがもし本当にアキラの知る相手なら、当然気にしているはずだ。いきなり接触しない方がいい」


 身体を傾けて耳元に唇を寄せると、至近距離から囁き声を流し込んでくる。


「こっちはこっちでバレたらまずいだろ。その時点で失格なんだから、足元すくわれないようにな」


 身体の芯に響いて震えがくるような低音ボイスに、アキラは小刻みに何度か頷いてみせた。

 視線をすべらせると、ミユキは他の候補者に声をかけられていた。同席するよう誘われているのかもしれない。

 大輪の花を背負っているかのような華やかな笑みで受け答えをしている。声をかけたチームの三人が、弾かれたように笑い声を上げた。


「どこからどう見てもあのひとは『聖女』に一番近そうなひとだし、疑う方がおかしいのは自分だってわかっているんだ」


 気弱になって俯くと、もう顔を上げられない。


(ああ、スバルはこういうこと、いつまでもぐずぐず言われるの苦手そうだってわかっていたのに)


 言ってから後悔しても遅いのだけど。

 絶対いま、鬱陶しいって思われたな、と落ち込んでしまう。

 だけど辛気臭いのも苦手そうだし、どうしよう早く立ち直って何か言わなきゃ。

 そう思ったところで、スバルが肩に肩をぶつけてきた。


「あのさ。オレもアランもアキラを信じている。いちいちぐらつきたくないから、信じるって決めている。アキラも、一人で悩むくらいならオレたちのこと信じろよ。隠し事はしたくないって言ってたよな、オレはそれだけでもう十分だから。アキラが思いついたり考えたりしたことを、きちんと伝えてくれるなら、いくらでもサポートしようがあるんだ。だから、言えよ。言っていいんだからな」

「スバル」

「オレはアキラより大人だからね。同じレベルでなんて悩んでやらないよ。経験もあるし視野も広いし天才だし完璧だし? 気を回される方が疲れる。もっと違うことに集中しろ。返事は?」

「はい、わかりました」


 触れ合っていた肩が離れていく。

 それでも、仄かなぬくもりが残った。

 視線を向けても、スバルはすでに気の無い様子で周囲を眺めており、小さく欠伸までしている。

 アキラは思わず口元をほころばせてから、気付かれないように顔を背けた。


 その時、ふと射るような視線を感じた。

 肌に緊張がはしる。

 どこから、というのは探さずともすぐに見つかった。


 黒髪黒衣の魔導士、レグルス。

 アキラが気付いて目を向けても、あえてその視線を受け止めるように純黒の瞳で見返してくる。

 逸らすタイミングが掴めずに、見つめ返す。 


 ミユキが、レグルスの腕をひいた。

 並ぶとわかる、身長差。華奢なミユキが、全幅の信頼を寄せた甘えるような瞳でレグルスを見上げて話しかけている。

 応えるようにレグルスがミユキの方へと顔を向け、視線はアキラからしぜんに逸れていった。


(なんだろう……。スバルのライバルだから、スバルを見ていた? それとも、スバルの候補者が気になったのかな……?)


 感情の窺えない凪いだ瞳に射すくめられた感覚が全身にまとわりついている。

 アキラは知らぬ間に自分の身体を自分の片腕で抱きしめていた。


 その、アキラを。

 ミユキが見ていた。 


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