5 王家チーム
食堂は、レストランのような賑わいを見せていた。
「若い娘さんを中心としたグループがいくつもいるんだし、そうなりますよね」
シャンデリアのような光球に煌々と照らし出された食堂には長大なテーブルが置かれており、思い思いの場所で、少女を中心とした数人がトレーに乗せた食事を持ち寄って談笑している。三人のグループもあるが、六人、九人と集まっている席もあり、すでに腹の探り合いが始まっている気配があった。
「若い娘さんって」
アキラの背後で、アランが噴き出した。
何かおかしかっただろうか、と慌ててそちらを見ようとしたところで、スバルががしっと首に腕をまわしてくる。
「若。どの娘が好みだ?」
「だ、男子トーク……?」
これは乗った方がいいのかな? とアキラは視線をすべらせるが、スバルの腕が気になって全く集中ができない。ほっそりとして見えるのに、とにかく力が強いのだ。
かろうじて、その場にミユキたちのグループが姿を見せていないことだけは確認した。
「そ、そうですね。わたしの容姿はあちらの世界とそれほどかけ離れていないんですけど……。見る分にはどうせなら向こうで見たことがないような美少女がいいかな……」
ん~、どのコがいいかな~とアキラはわざとらしく言いながらきょろきょろと辺りを見た。
「とりあえず、行きましょうか。いつまでも入り口にはいられません」
笑いを浮かべたアランがスバルの腕を引きはがす。
アキラはほっと息を吐き出して歩き出した。
そのとき、場の空気が変わった。
皆の視線がすうっと向かってくる。
(な……、なに? みんな見てるけど……!?)
たしかにアリアド家は注目筋だとは聞いているけど、みんな昼間の辞退申し出からの秒で撤回等の醜態見ているでしょ? 今さらびっくりしないでくれる? とアキラは心の中で主張してみたが。
「おい、アキラ。見ておけ。王家のおでましだぞ」
耳元でスバルに低い声で言われて、通り抜けてきたばかりの入り口を振り返る。
そこには、明らかに目を引く三人組が立っていた。
* * *
豪奢なカーマインレッドのドレスを身につけた少女。
豊かな銀髪の巻き毛に、秀でた額、すうっと通った鼻梁に紅を乗せた小さな唇。眼光鋭い翠色の瞳。ほっそりとした顎。
誰かに似ているな、と思ってすぐに気付く。ウォルフガングに顔の系統が似ている。
ただし、王子の方は食わせ者を思わせる笑みを絶やさないのに対し、こちらの姫君はおよそ愛想と呼べるようなものを一切備えていないように見えた。
少女の後ろには、紫色のローブをまとった銀髪の青年と、いかつい髭を生やした体格の良い男。
皆の注目を集めていることなど気にしてもいない素振りで、三人組は少女を先頭にして靴音も高く足を踏み入れてくる。
ここは進路だな、と気付いたアキラは軽く身を引いて道をあけようとした。だが、どん、と後ろの二人にぶつかってしまう。
(なんでかな~、こういうときは避けるんじゃないの?)
王族って、ちやほやしておかないといけないんじゃないの? と乏しい知識に照らしてアキラは考えているのだが、護衛二人はしらっとした表情で小突き合っていた。
「王家、やることが馬鹿すぎねえ?」
三人が迫っているというのに、特に抑えてもいない音量でスバルが言う。
「魔導士長と騎士団長をつけてくるとは、さすがというか。恐れ入って開いた口がふさがらない」
(んー!? やっぱりアランもときどき口が悪いよねー!? 絶対聞こえてるよー!!)
スバルと平然と会話している時点で、推して知るべしというべきだったのか。
まさに目の前を通過しようとしていた姫君が、カツンと高い靴音を鳴らして立ち止まった。
「聞こえてるわよ、そこのへぼ魔導士」
「さて、そのへぼ魔導士に依頼を断られたのはどこのどなた様だったかな。悪いな、オレが断ったせいでまさか魔導士長を動員することになっただなんて」
意味もなく薄笑いを浮かべていたアキラは、二人の会話を頭の中で忙しなく組み立てる。
(依頼を断られたって……、姫君がスバルに護衛を依頼していたってこと?)
スバルが優秀という触れ込みは伊達じゃないってことだねー、という結論に至る。
疑問は解決しても気はまったく休まらない。
何せ姫君から迸るような眼光を叩きつけられていた。
「あなたが男性でありながら『聖女』試験にエントリーしたっていうアリアド家の候補者ね。ま、せいぜい頑張ってね。ずるはしちゃだめよ。……そうね。前例のないただ一人の男性挑戦者だし、今後の為にもいろんな記録をとらせてもらう必要があるわよね。お兄様にはよく言っておくわ」
最後に、にこりと微笑みかけられた。
(あ、笑うとすごく可愛い)
少しだけ嬉しくなってアキラも引きつった頬に力を入れて精一杯笑ってみる。
「間抜け面」
ぼそりと言い捨てて、姫君はしらっとした無表情に戻り、前に向き直ると歩き出した。
アキラは言葉を失っていたが、喧嘩上等のスバルはもちろん速やかに言い返していた。
「やだねー、性格ブスは」
「そ、それは良い年した男が女の子に言っていいセリフじゃないのでは……」
姫君は振り返りもしなかったが、アキラはスバルの腕を掴んで引き寄せ、小声で言った。
言われて目をしばたいたスバルは、軽く握った拳でアキラの額をこつんと叩いてきた。
「お前の分言い返しただけだよ。何様のつもりか知らねーけど、ああいう躾のなってねーガキには大人がはっきり『性格悪いぞてめえ』って言っていいんだよ。じゃないと一生アレだぞ」
「躾……。さっき王子様も言ってたけど、なんでみんなで躾しあおうとしてるのかな。わたし、あのくらい言われても全然平気だし」
スバルの厳しい視線に負けじと見つめ返す。思いがけず、睨み合いのような沈黙になる。
アランが穏やかに声をかけてきた。
「とりあえず私たちも食事にしましょう。スバルはお腹がすくと目に見えて苛々するんですよ。アキラも今朝は緊張してろくに食べていなかったでしょう」
(うーん……見てるんだな)
アランはスバルほどやかましくはないにせよ、やはり適当にごまかせない相手だな、と感じつつアキラは笑ってみせた。
「はい。お腹空いています。みなさんとても楽しそうに食事をなさってますし、美味しいのかなって期待しちゃってますよ」
「そこは大丈夫ですよ。食事は大切ですからね。腕のいい料理人が入っているはずです」
ふわりと笑ったアランに目配せされて、アキラは歩き出す。手はスバルの腕を掴んだまま。
「歩けるっての。飼い主様気どりか?」
冗談めかして言いながら、スバルが腕をひく。謝るのも何か違うかな、と思っているうちに声をかけそびれてしまった。
不意に、再び空気に緊張が走るのを感じた。
まさか、と思ってアキラはゆっくり振り返る。
食堂の入り口に、見覚えのある三人組が立っていた。