4 前哨戦※
宿舎の廊下を三人で歩いていると、前方からウォルフガングが向かって来るのが見えた。
「なんで王子様がウロウロしてるんだ。自分が候補者食うつもりじゃねーの」
思ったことが素直に口をついてしまうスバルに対し、軽く溜息ついたアランがたしなめる。
「私やスバルのように、男の護衛も多かっただろう。ここは男子禁制でもないし、殿下がウロウロしていてもおかしくない。少し目障りなだけだ」
途中までうんうん、と聞いていたアキラは最後で「はて」と首を傾げそうになったが、流すことにした。
「おっと。今回唯一の男だけチームじゃないか。善戦を期待しているよ」
「どうもー」
にこにこと朗らかに声をかけてきたウォルフガングに対し、スバルがびしっと手を上げて返事をしつつ立ち止まらずに進んだ。
「ど、どうも」
そういう感じでいいんだ、と学習したアキラが続く。
ちらりと横目で見上げたアランは実に感じの良い微笑で会釈をしていた。
「待ちなよ。そんなに急いでどこへ行くの。いま、少し話した方がいい空気を感じない?」
すれ違おうとした瞬間、ウォルフガングががしっとアキラの腕を捕まえる。
やだなと思うより先に心配したのは、護衛二人の超反応だった。
気が付いたときにはウォルフガングの手が外れていて、アランに後ろから両腕を掴まれていた。アキラの後頭部がアランの胸にとん、と当たる。抱き寄せられたような。
先を行っていたスバルが「おっと」と言いながらウォルフガングの背に背中から倒れこむ。がつんと頭と頭がぶつかっていた。
「痛っ。……ほんっとに。君たちは人より反応が早いんじゃなくて、ただ遠慮がないから私にそういうことができるんだよ」
スバルを肩越しに睨みつけながら体勢を立て直し、ウォルフガングが頭をさすりながら忌々しそうに言う。
嫌味などどこを吹く風のスバルは、アイスブルーの瞳を冷たく細めて吐き出した。
「触んなって言ってんだろ。その物覚えの悪い頭一回開いてみてやろうか」
「スバル、遠慮ないって言われるってことは、やり過ぎなんじゃないの?」
アキラが場をとりなす責任を感じて少しだけ咎めてみた。
「断じてそんなことはない」
きっぱりと言い切られたので、おとなしく引き下がることにした。
「アキラだっけ。もう少し飼い犬のしつけを頑張った方がいいよ。君の手に負える二人とも思えないけどね」
ウォルフガングは三人の顔をさっと見回し、アキラに視線を止める。
笑みを浮かべたまま目を細め、上から下までしげしげと眺めてきた。
「ねえ、そういうエロい目でうちの若を見るのやめてくれない? 減るから」
今にも手が出そうな剣呑さで、スバルが声を低めて言った。
「本当にうるさい男だな君は。身体検査を課したわけでもないんだ、見るくらいで文句を言うな」
「身体検査~? 聞くけど、他の聖女候補はそんなもん無いよな。なんでアキラだけいつまでもつっつかれなきゃいけないのかね。そんなに男の裸が見たいなら、いいぜ。オレが相手してやる」
アランの手によって、アキラの両耳がぐっとおさえつけられた。
ウォルフガングとスバルは顔を突き合わせて笑顔のまま何か言い争っているが、生憎何も聞こえない。
やがて、顔は笑っているのに、明らかに捨て台詞をしたと思われる剣幕で、ウォルフガングが立ち去った。
「ふん。甘いんだよ、ガキが」
アランがようやく解放してくれたところで、アキラはスバルの勝ち誇ったような呟きを聞いた。
「なんの話をしていたんですか?」
自分が「男」であるとついた嘘のせいで、早速二人に迷惑をかけていると思ったアキラは遠慮がちに尋ねた。
スバルが何か言おうと口を開いたが、アランが「やめておけ」と制してしまう。そして、掌で額をおさえながら言葉を選ぶように言って来た。
「スバルは、喧嘩と名の付くものなら、上品なものから下品なものまでもれなくカバーできてしまうんですけど。アキラは覚えなくても大丈夫です、そういうの」
「王子相手だったら、上品な方だったんですよね?」
何の気なしに確認をすると、スバルがくすっと声を立てて笑った。
聞かない方がいいらしい、とそこでアキラは了解した。
スバルは確かにちょっと喧嘩っ早いところがあるけど、根は良い人だし大丈夫大丈夫、そんな風に自分に言い聞かせる。
脳裏にはスバルの天敵らしい黒の魔導士が浮かんだが、すぐに打ち消した。
いくら仲が悪いからって、そうそう喧嘩をするわけがない。
スバルの端正な横顔に、声に出さずに問いかける。
(まさかそんな。ね?)