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8 敵がいる

「選抜試験です。減らすつもりがあるなら、減らすはず。時間経過に従って、なんらかの課題が出現する可能性はあると考えていました」


 冷静に諭すように言われて、アキラは頬を緊張させながらその横顔を見た。


「さっきのは何の声かな」

「そうですね。何かこう、ものすごーく強くて大きい魔物だと思います。なんらかの出現条件を満たして、どこかに現れたのでしょう」


 強くて大きい。

 迷宮から洞窟に落ちたときに広い空間は見ている。地底湖だってどのくらいの深さがあったのかよくわからない。

 それなりに、大きい魔物が動き回る場所はあるように思う。

 心なしか、壁越しに振動が伝わって来る気がする。近いとは思わないが、確実にこれまでいなかった何かの存在を感じる。


(アランはドラゴンにも一人で立ち向かって勝っていたよね……!?)


 人間の中ではほとんど最強だと言われていたはず。

 だからこれは、本来愚問の類。ただの確認。


「アラン……、勝てる?」


 願いをかけるように尋ねると、アランは視線を前方に向けた。

 薄暗く、闇へと繋がっている。先は見通せない。


(レベル90くらいだと身体能力ってひととどのくらい違うんだろ……。なんか見えてるのかな)

 

 ずうぅぅん、と足の裏に振動がきた。空気も震えている。錯覚かもしれないが、あるか無きかの風が肌を撫でて過ぎて行った。


「勝てるかどうかでいうと、やってみないとわかりません。未知の相手ですので、どの程度の強さなのか、剣だけで傷つけられるのか……」


 考え考え答えられて、アキラはここでびびってはいけないと、質問を変えた。


「逃げ切れる? 遭遇しても」

「閉鎖空間なので。地上に出ても良いならかなりの高確率でと申し上げたいんですが、出てしまうと失格なんですよね」


 考えてみた。

 考えないと理解できない、スッキリハッキリしない答えだった。つまり、非常に、答えにくい質問ということだった。

 勝てるかわからない。

 逃げ切れるかも難しい。


「遭遇したらまずいということですか」


 何でもないことのように、アランは軽く頷いた。


「私がいて、このくらい追い詰められているということは、他のチームはまさに生存が危ういでしょう。果たして何組が生きて地上に戻れるのか。あと、この迷宮に関して気になっていることを言っていいですか」

「タイミング的にそれ、絶対良い情報じゃないですよね」


 即座に言い返すと、なぜか「よくできました」と言わんばかりの笑みを向けられる。嬉しくない。


「お気づきかとは思いますが、この迷宮及び洞窟は、どうもマッピングが不可のようです。理由は、時間経過もしくは人間・魔物など動くものが通過した時点で道が動きます。元来た道を戻ろうとしても、同じ場所に行きつけるとは限らない。誰かと待ち合わせしても、また会えるかどうもわからない。それはこの際、別に良いのですが」


 よくないです。


(アランって、危機になるとイキイキして多弁になるんだ……)


 知りたかったかと言われれば微妙な特性だが、知ってしまった以上はそんな彼も受け入れたい。

 気持ちは引き気味の上に、気が遠のきかけているが。

 しかし、ふるふると小さく首を振って尋ねる。


「それ以上の何があるんですか?」

「……今発生した、おそらく候補者必殺が本能に組み込まれているであろう魔物なんですけど、もし『迷宮が生み出した』ものなら、迷宮と意識を共有していると思うんですよ」


 さらりと怖いこと言った。候補者必殺って。


(本能? 本能ってどういうこと。候補者を見たら殺すってこと? それが迷宮と意識を共有している?)


「つまり、『候補者がどこにいるか』『残り何人か』を把握しながら動く可能性が高いですし、迷宮がその動きを手助けするでしょう。平たく言うと行動はすべて筒抜けであり、近くにいる者から容赦なく殺されると考えられます」

「助かる方法が、まったくないということですか」


 こちらに圧倒的に不利な鬼ごっこ。

 こんなことになるなんて(あらかじ)めわかっていれば、もっと建設的な対策をとれたはずなのに。


(アランのこの冷静さを見るに、まったく予期していなかったとは思えない。だとすれば、他の組も、対策をとれるかどうかは別にしても、警戒していたところもあるかも……!?)


 なんの慰めにもならないが、仮にも聖女候補とその護衛たちが、一方的に虐殺されるなど、そんなことがあっていいはずがない。

 とは思うものの、これまでの時間の浪費は痛いし、もしかして既にいくつかの選択を間違えているのかもしれないと、後悔は深い。


(一番最初から、みんなで迷宮の中で協力すると決めて、後続組と合流して行動していたら立ち向かえた……? いや、そんなわけがない。仮にその状況になったら、他チームを囮にして助かろうとするチームは絶対にいる。協力し合えるとすれば、本来の候補者がいるチームとその護衛だけど……バラバラにされているし)


「気になることがあるんですが」

「まだ何か!?」


 思わず責めるような響きになってしまった。

 アランは目を瞬いてから「聞きたくないですか?」と確認してくる。


「申し訳ありませんでした。聞きます。ここまで来て、聞かない方が怖いです」


 アランが、アキラを抱き寄せる腕に微かに力をこめた。意識的になのか、無意識なのかわからない。

 再び、視線を前方に向けながら呟く。


「これだけ容赦ない虐殺を予感をさせるもの、何か発生条件があったと思うんです。時間経過だけが理由とは思えません。例えば、誰かが禁忌を犯した、とか」

「誰かといえば、候補者だと思いますが。わたしが知る禁忌は『手を血で汚してはならない』です。候補者は人も魔物も傷つけてはならないと。その禁忌を犯した組があるということですか?」


 さして賢い発言が出来たとは思わないのだが、その一言がアランに何らかの刺激になったようであった。

 慎重を期する口調で、アランは言った。


「禁忌を犯した者だけでなく、それを止められなかった時点で他の候補者も同罪ということですか……。アキラはこの事態を、どうお考えです?」

「まずスバルを探しましょう!! 一人で勝てなくても、二人ならなんとかなるかもしれません!!」


 レグルスを、とは言えなかった。


 もし迷宮の魔物が「候補者」を狙って動くのなら、今ティナたちと行動を共にしているか、もしくは単独で動いているレグルスは、一番安全なはずだと。

 そう信じたくて、願った。


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