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7 地下からの呼び声

「お一人ですか……!?」


 薄暗がりの中に、少女の澄んだ声が響く。

 護衛とはぐれ、足に怪我を負った候補者を見つけて、自ら駆け寄ってそばの地面に膝をつき、手を差し伸べた。


「お怪我されてますね」


 相手の手を取って、優しく埃を払う。

 膝から下に怪我をしているが、血をぬぐうこともなく岩場の大きな岩に背を預けていた。無理やりに立ち上がろうとして、中途半端な姿勢となっている。


(逃げようとした)


 少女は彼女を視界に見とめた時から、その動きを冷静に追っていたが、気付いていないふりをした。


「護衛の方は? 魔物に……?」


 どうとでもとれるように尋ねて、答えを待つ。

 不自然な沈黙があった。

 やがて、か細いながらもはっきりとした声で返事があった。


「いいえ……」


 表情を変えないまま、少女はおっとりと首をかしげてみせる。


「……『いいえ』?」


 俯いていた候補者は、ゆっくりと顔を上げた。乱れた金髪の間から、青い瞳がのぞく。


「あなたはここに来るまでに、どこの組と会いましたか?」


 瞳には怯えの色があったものの、話しぶりは明瞭で、声量が無くとも通る声をしていた。

 問われた少女、黒髪の令嬢は、困ったように淡い笑みを浮かべてみせる。


「私たちは、まだどこにも。後発でしたので」

「そうですか……」


 口が重い。それ以降、何かを言おうとする気配がない。


(人間から逃げようとした。護衛は魔物に襲われたのを否定した……。他に誰かがいるかを気にしている)


 導き出される答えは一つしかないが、敢えて口にする必要もないと相手の怪我に目を向けた。


「もしよろしければ、一緒に行動しませんか? はぐれた護衛の方が見つかるまで。お話するのは初めてですよね。私はカタリナ家のミユキです」


 警戒心を解いた様子もなく、候補者は言った。


「アルバのレダです。護衛はサダルの者がついていました」


 * * *


 ちょっとお嬢さん探したいんで、先を急ぎます。

 実に軽い調子で言って、双剣使いのカストルは別れを惜しむこともなくさっさといなくなってしまった。

 その後ろ姿を見送ってから、アランが平素と変わらぬ声で言った。


「殺した方が良かったですか」

「え……えええ、冗談でもやめようよそういうの。うちはそういう方針じゃないでしょ」

「ずいぶんと怖い顔をしていたので。何考えているのかな、と」

「怖い顔……」


 見上げると、くすりと笑われる。

 そこに得体の知れなさはなく、親しみを覚えてしまい、こんな状況でもやはり自分はこの人を信じたいのだと痛感してしまった。


「何をと言われると、色々考えます。アランはどうしてレグルスさんとうまくいかないのかなぁとか。ティナさんとももっと話したかったし」


 独断専行であの場を離脱したこと、攫ったこと、責めてますよ。責めてますからね、と目で訴える。

 力の差、体格差、足を痛めていることを考慮した結果、暴れて逃げるのは体力の無駄と思いとどまったが、暴挙を認めているわけではない。「暴挙」だと認識している。


「逆に聞きたいんですけど、アキラはあの男と何がありました?」

「ん……!?」


 切り返されて、変な声が出た。

 動揺はきっちり悟られた様子。


「あの男の執着ぶりが、度を過ぎているように見えました。本来の候補者でもないのに、です。二人で過ごしている間に、よほど溝を埋めるようなことがあったのかと」


 にこにこしているけど、「目が笑っていない」を目の当たりにし、アキラは挫けないようにと微笑み返す。


「執着なんかしていませんよ。過保護なだけです。すべてはあの人自身のためです」

「そうやって、私に対して隠し事をしても後が辛くなりますよ? 何のためのチームですか?」


 ド正論。


(客観的に見てアランの行動が問答無用すぎると思うんだけど、なぜか今、わたしの往生際が悪いという展開に持っていかれた……)


 どうしようかなと往生際悪く考えていたところで、肌に冷気を感じるほどの冷ややかさで確認された。


「キスしました?」


 ひえっという声も出ずにアキラは硬直した。

 カクカクカクと首を動かして見上げると、声とは全然一致しない笑顔のアランが見下ろしてきていた。


「アラン……口からブリザードが出ているんですけど」

「魔法は特に使えませんが」


 人間ってこんなに冷気を発せることができるんだなという凄まじさで、どうかすると涙が出て来そうだった。

 怖すぎる。

 怯え切ったアキラを優しく抱き寄せてから、アランは思い直したように軽く抱き上げた。


「さて、あの男が来たら面倒なので移動しましょう。歩かせる気はありませんので降りようとして抵抗しないでください」


『あいつにあまり近づくな。俺から離れた途端に殺されたり攫われたり』

『本物だったらそんなことしませんよね?』

『賭けだろうが』


(レグルスさん……)


 この上なく正確に先を見通していた彼の眼力には今さらながらに恐れ入る。そのくらい、アランははじめから敵意剥き出しだったに違いない。


「レグルスさんから逃げて……わたしたちはどこへ行くんですか」


 アランにはアランの意志がある。自分の言葉でどうこうできるとは思わなかったが、聞かずにはいられなかった。

 前方を見つめて歩きながら、アランは「そうですね……」と低い声で答える。


「試験が、簡単すぎる気がするんです。もしここで人間同士で争わなければ、誰も脱落しません。時間をかけて成果なし。しかし、もとより試験をさせる側が『死傷者が出ても構わない』と考えているなら、そろそろ何かが起きるはずなんです」

「何か?」


 アランのその言葉を裏付けるように。


 ずん、という揺れが洞窟全体を揺らした。

 同時に、地の底から空気を震撼させる咆哮が響き渡った。



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