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5 分かれ道

「洞窟には」


 スバルの声が、薄暗がりに響く。


「鍾乳洞・溶岩洞・海蝕洞の三種類がある。このうち、海蝕洞は、海に面した岸壁が打ち寄せる波に穿たれ、その浸食作用によって生成されるものなので、地図的にも見てもこことは無関係として。石灰岩が地下水の移動によって溶解してできる鍾乳洞、火山から流れ出した溶岩の表面が固まり、内側が空洞化してできる溶岩洞……。地下迷宮のさらに下層であるこの洞窟は」


 岩肌に触れながら、興味深そうに視線を向けて、滔々と話す。

 その落ち着きぶりが、決して虚勢に見えないのが彼の強さなのだと思った。


(王家が獲得に動いたほどの魔導士だ。本物なんだろう)


 他につきたい候補者がいると断られてしまったとはいえ、本来だったら彼が自分の護衛だったのかもしれないのだ。

 それを思えば、組替えで実現してしまったこの組み合わせには作意を感じずにはいられないのだが。

 間違いなく最強の一角である魔導士と行動を共にし、「シリウス」の名を与えられる。

 これは本当にただの偶然なのだろうか。誰かの意志が介在していないと言い切れるものなのか。


(シリウス。決して珍しくはないが。この名前で一番有名な人物は、伝説上の魔導士)


 初代聖女の護衛魔導士。

 戦場で彼のひとが倒れるその時まで、傍らにあったとされる人物だ。

 その身体をかばうように折り重なって息絶えていたという彼は、英雄の一人でありながら「聖女を守り切れなかった」汚れた英雄と嫌う者も多い。

 スバルはどちらなのだろう。

 魔導士であれば、「シリウス」に何かしらの思いはあるはず。

 新たな人生にその名をというからには、シリウスを才に溢れた魔導士として讃えている……?


 視線を感じたのだろうか、スバルが顔を向けてくる。

 裏など感じさせない笑顔で肩をすくめて口を開いた。


「食事にしようか。いつ何が起こるかわからないんだ。休める時には休もう。その後は、できればアランと合流できればいいんだけどな」


 * * *


 膝を抱えて、燃え盛る炎を見ていた。


 ――自分を素通りする目。


(アランは優しくて親切で、どんなときも「アキラ」を優先するところがあったけど)


 違う。

 誰かと「重ねて」「その後ろに」「まるでその人がいるかのように」「その人の為に」「何かを誓い」「何かを捧げ」「ただその人が」「笑いかけてくれることだけを」「多くは望まない」


 愛して欲しいなんて望んではいないように見える。

 もっと切実なものだ。「その人がいないと生きていられない」そういう。

 それはアキラであってアキラではない。無関係ではないけど、同一でもない。

 だから、素通りしていく。


(アランに報いたいよ。いつまでも寄りかかりたいなんて思っていない。今まで受け取った思いの分だけ返したいと思っている。だけど……アランが望むものは、わたしにはどうにも出来ないものなんじゃないのかな)


 ぎゅっと膝を抱く腕に力を込めて、膝に顎をのせていると、横から肩を拳で軽く小突かれた。


「変な顔」

「そういうのは声に出さないでください。心で思うのは自由です」


 伸ばした腕がようやく届く距離に腰を下ろしたレグルスを横目で見て、アキラは言った。

 レグルスは薄く笑って、立ち上がる。

 長い黒髪が軽く揺れた。

 見るともなしにそのすらりとした背を見た。

 何を考えているかわからない人だけど、最初よりは心を開いてくれているように感じる。

 自分も、警戒心や緊張が各段に減った。どうかすると、目で追っている。


(……あの人のそばにいると、楽ができるからだろうか。口は悪いけど、嘘や隠し事をしている様子がない。だから……あまり怖くない)


 包み込んで欲しいなんて思わない。ただそばにいたい。何もできないけど。


 何も。

 嘘だ。


 気づいている。アランに報いる方法。レグルスの願いを叶える方法。


(本気で、真剣に、聖女を目指す――)


 ぞくりと寒気がはしる。

 何か、途方もない道に踏み出してしまう気がする。


 「選ばれるわけがない」という立ち位置がどれほど楽なことか。

 誰とも争いたくないとか。不正は嫌だとか。困っているひとは助けたいとか。

 好きなだけ綺麗事を言っていられる。髪を振り乱して必死になる必要もない。


(怖い。わたしは「特別な女の子」なんかじゃない。それなのに、「特別かもしれない」なんて思ってしまったら? 何かに手が届くと勘違いして、選び抜かれたたくさんの女の子たちと同じ場に立って争うの?)


 勝てないくらいなら、戦っていないふりをして、負けない方が良い。

 アランは、そんなずるさに気付いているのかもしれない。気付いても強固に「戦え」とは言わない。

 それ以前に、なぜか、負けることなど想定していないようにも見えるのだ。その根拠がどこからきているのかわからない。底が知れない。


 レグルスはミユキ嬢の手強さを知っている。アキラが聖女になろうとした場合、ものすごく頑張らないと無理だと思っている節がある。

 その上で、助力してくれそうなのだ。

 味方につけて損はない……。


(戦うの? わたしはただの異世界人で、この世界に負うものは何もない。ティナのように一族の願いや誇りもない。ただ……認めて欲しいだけなのに?)


 背中を見つめすぎていたせいか、スズトと話していたレグルスが振り返ってくる。


「寝てもいいぞ。不安ならアランに添い寝してもらえ」

「ま、まさか!」


 一瞬、あの腕に抱きしめられて寝るところを想像して、裏返った声で叫んでしまった。


「構いませんよ。そばにいますから安心してください」


 炎の側で寝ているとばかり思っていたアランが、ひょいっと身を起こして微笑んできた。


「いえ! ご心配には及びません!! ひとりで! 寝られますし!」

「ちなみに妻子はおりません。独身なのでどこで何をしようと自由です」


 片膝をたてて視線を流してきたアランに、くすりと笑われてしまう。


「…………レグ」

 ルス

 さん


(今何か会話の流れが変だったんですけど)


 視線をまともに定められずにふらふらとさまよわせてレグルスの方を見ると、呆れ切った様子で溜息までつかれてしまった。


「口説くな。候補者だぞ」


 いつからか注目していたらしいティナがやや離れた場所から「男だし」とも呟いた。

 アランはしれっとした様子でレグルスに顔を向けて目を細めた。


「あれ。いまの口説いたうちに入るんですか? 聞かれたことに答えただけですが」


 口元にうっすらと笑いが浮かんでいる。

 

(怖い)


「冗談にしてはたちが悪い。身に危険を感じているんじゃないのか」

「まさか。アキラ?」


 さりげない流れで水を向けられ、アキラは笑顔のまま固まった。怖いと言い切ってしまうのも何かと怖いが、怖くないと言えばうそになる。

 中途半端に笑っているアキラに対し、アランは笑顔のまま言った。


「いずれにせよあの男は信用しないことです。聖女を守り切れないなら『天才』であることに意味はありません。今度は間違わないでくださいね」


 レグルスにあてこすっている気配だけは感じつつ「今度?」と聞き返すとアランは笑顔のまま頷いた。

 しかし、その意味するところを答えることはない。


「今は平和な時代……なんですよね? 聖女に選ばれるとそんなに危険がありますか?」


 初代の聖女は何らかの理由で非業の死を遂げたとは聞いたが、彼らの話を聞く限り今はそこから遠く隔たった時代のはず。


(そもそも聖女は何と戦っていたの? 当たり前すぎて誰も教えてくれない)


 そのとき、どこか遠くから人の話し声が聞こえて来た。

 素早く立ち上がったアランが、顔を見合わせる一同に向かって「様子を見て来ます」と申し出る。

 ティナは横になっていたミケランを軽く揺すぶって起こしていた。


 行き止まりでは逃げ場がないと、二方向に道が開けた空き地で休んでいたのだが、アランくらいになると声が左右どちらの道から聞こえているかもすでに判別がついているのだろうか。


(別のチームか……。だけどこのメンツに気付けばいきなり襲い掛かってくることはないよね。油断さえしなければ)


 レグルスとアランに加えて、ティナのチームもいる。

 人数的に見ても、魔物ならともかく人間は襲い掛かってこないだろう、と。

 それが油断だった。


「声はあちらからくるようですね」


 炎のそばを横切って、なぜかアランがそばにきた。

 そのまま、有無を言わさずに抱き上げられる。


「んっ?」


 そのときになっても、何が起きているかわからず。

 邪魔だったのかな、どこかに移動して欲しいのかな。言ってくれれば避けるのに。

 そう思いながら首をめぐらせたとき、レグルスが顔を強張らせて何か叫んだ。

 聞き取れなかったそれは、魔法の言葉。


 予期していたように、アランが地を蹴って走り出す。

 唸るような風がすれすれの空を切り裂いたか、止まらない。かえって勢いを増すばかり。


「アラン……っ!!」


 強く抱きしめられて抵抗を封じられた瞬間、まさかとようやく理解する。

 攫われている、と。


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