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4 ただその光を頼りに

「少しお疲れのように見えますが」


 目が合ったアランが、穏やかに微笑みながら言ってきた。

 張りつめていた糸が切れた感覚とともに、どっと倦怠感が襲ってくる。

 ついで、じくじくと足も痛みだす。


「おそらく地上では陽が落ちて、夜を迎えた頃合いです。これだけの人数がいれば、魔物に簡単に負けることもありませんし、順に仮眠をとってもいいくらいですよ。この試験は朝までとは言われていますが、明日の予定が無いとは聞いていませんから」


 にこにことしている割に、言うことはきっぱりと言うアラン。

 アキラはつい弱ったように眉を寄せて、呟いた。


「明日ですか」

「ええ。体力は残しておきましょう。足も」


 痛いでしょう? とは声に出さずに言いながら、アランはアキラの手を優雅な仕草でとった。


「休むときは私のそばで。安心してください。どんな敵からもお守りします」


 その場に。

 他の誰かがいることなどまったく気にしていない様子で、愛の告白をするかのような甘やかな声で囁き、アキラの手を持ち上げる。

 そのまま、口づけしそうな所作であったが、さすがにそこまではされなかった。

 完全に、されるのではと思うほどにすれすれではあったが。

 手を取られたまま、アキラは呆然とその顔を見上げてしまった。


「どう、しました?」


 わずかに首をかしげて顔をのぞきこまれる。

 いぶかしむような目すら、労わりに満ちていて、いたたまれない気持ちになってくる。


「アランって王様なんですよね。奥さんとかお子さんは大丈夫なんですか」


 時が止まったかのような、静けさに包まれた。

 失言をしたのかと焦りながら、アキラは続けた。


「お妃さま? 王妃様? アランは、ここで試験に参加していていい人なのかなって。家族とか」


 なぜこんなに静かなのだろうと思いつつも、一度言ってしまった手前、聞かれたことには答えようとした。

 アランの顔から微笑はいつの間にか消えていたが、声は優しいまま確認のように尋ねられる。


「どうしていまそれを?」

「なんでアランは聖女試験に参加しているのかなと。何か得るものあります?」


 つん、とやや後方から、腕を指先でつっつかれて、アキラは肩越しに振り返った。

 物言いたげに目を細めたティナがぼそっと言った。


「いま? それ、いま? 同じチームでしょ? どうなってるの?」

「え。あ……そうなんですけど。アランはわたしにはもったいないなと」

「そうなの?」

「えっ?」


 聞き返されるとは思わずに、驚いた拍子に聞き返してしまった。

 ティナは目を瞬いてから、ゆっくりと言った。


「もし仮にアラン様があなたにもったいない人材だったとして。他にふさわしい候補者がいると?」

「そもそも、参加しなくてもいいんじゃないかという話なんです。地位も名誉も十分にある上に、こんなに強くてカッコイイんですよ」


 限りなく本音が出た。

 はぁ……、とティナがなんとも言えない溜息をつく。

 アランに掴まれていた手が、きゅっと力を込めて握られた。まるで注意をひこうとするかのように。

 見上げると、アランは滲むような光を湛えた瞳で見下ろして言ってきた。


「光栄です」


 べつに悪口ではないのだが、今さら「カッコよさに気付いてしまった」だなんて、本人の前で言うつもりはなかったのに。言った。

 自分の迂闊さにびっくりしながら、アキラは落ち着かない様子で視線をさまよわせ、最終的に謝罪した。


「変な意味合いではないんですけど」

「どんな意味合いでもいいですよ。この先、どれほどの苦難があろうとも、あなたのその言葉が私の人生を照らすでしょう」

「そんなすごいこと、何一つ言ってませんっ」


 焦って驚いて、逃げようとしたのに。

 掴まれた手は離されることがなく。

 アキラを見つめるアランの目が、何かを切実に告げていた。言葉で語るよりもずっと。

 まるで心の奥底に眠る遠く古い記憶を引き出そうとするかのように。


 ――わたしは。

 このひと(アラン)のことを、知っている?


 既視感なのか、それとも忘れていた光景なのか。

 固く封印されていた蓋がずれていくような感覚。


(思い出す? 思い出せる? 何を?)


 このひとは誰? いつどこで会ったの?

 確かなものは何もないのに、直感的に悟らざるを得ないこと。


 ――アランは、わたしを、知っているんだ……。


 それが「アキラ」なのか、この身体の本来の持ち主なのかわからないが。

 アランの中では確実に了解されている何かがあって、その相手に思いを懸けている。


(人生を照らすような言葉を与えて欲しいと求めている相手は……、あなたにとって)


「仮眠をとるにしても、各チーム一人ずつか。というか、候補者は休ませる必要はあるが、護衛は平気じゃないか」


 レグルスがしらっとした調子で話を引き継いだ。

 そのマイペースぶりに妙に安堵して、アキラは小さく息を吐き出す。


「あまり賛成できないですね。この先何があるかわからない以上、休めるときは休んで体力を回復した方がいいです。特にそちらのチームは疲れておいでのようだ」


 アランが応じて、ティナたちに視線を滑らせる。

 力量の差と一口に言ってしまうと身もふたもないが、一人で戦っていたレグルスやアランよりも、ティナの護衛二人の方が消耗しているように見えた。

 とはいえ、そちらの二人を休ませてアキラ側の二人が見張りに立つというのも不公平に思える。

 第一、その間にティナに何かあったらと思えば彼らも休むどころではないだろう。


「各チーム一人ずつ交代で休みましょうか。護衛、候補者、護衛くらいの順番で。魔物が出て来たり移動が必要になっても、寝ているのが一人だけならすぐに起こせますし」


 レグルスとアランの提案に乗る形でアキラも発言し、さりげなくアランの手を振りほどく。

 他意はない。

 だが、その手を掴んでいてはいけない気がした。

 振りほどいた手を、レグルスの目が見ていた。

 顔を向けても、さりげない様子で横を向かれる。


(駒になりたくないレグルスさんも、どうして試験に参加しているんだろう……?)


 聞いてみたいな、と思った。

 彼のことをもう少し知りたい。二人きりで話していたあの数時間が、もっと長く続けば良かったと思ってしまった。


 

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