0 信じる
痛む足をテーピングのように固定する処置をアランにしてもらい、レグルスの剣を杖にするからと鞘ごと借りた。魔法の触媒だそうで、アランのように直接攻撃に用いることはそうそうないから大丈夫、と。
(歩かないと。自分の足で)
二人を頼らないで。二人に圧倒されていないで。
少し距離を置こう。
そして、信じよう。
どちらか一方に寄りかかったら、もう一方との心が離れてしまう。
それはだめ、今は三人でチームなのだから。寄りかからないようにするには、自分のことは自分でする、当たり前のことから始めないと。
「辛かったら」
俺が、と言い出しそうなレグルスに「大丈夫」と伝えてそれ以上を言わせない。
(レグルスさんは、一人でわたしを守らないと気が立っていたせいで離れるのを嫌がるし。アランは自分が知らない間に何があったか気にしているせいで、レグルスさんがわたしに近づくのを嫌がる)
二人とうまくやらなければ。
その決意は、はからずも。
聖女としての自覚に根差すものと、そのときはまだ気付かずに。
(天才魔導士とか。若くして上り詰めた傭兵王だとか。たぶん、この世界基準ですごい人だし、もといた世界にいたって話もできないような超人なんだろうなというのは、わかる)
気後れならずっとしている。
自分じゃ足りないと思っているし、逃げられるものなら逃げたいし、ここで終われるものなら終わりたい。
だけど、この最高の人材を連れている自分は、候補者たちの中でも恵まれているはずだった。
――ひととひとの争いがあるなら、行かないといけないと思う。
アランとレグルスの反論を封じ込めて、自分に従ってほしいとお願いした。
逃げて隠れて見ないふり。
だけどもう、知ってしまっている。
他ならぬレグルスが、他のチームと殺し合う可能性があったこと。
(だからこそミユキさんを……。でも本当は、蹴落として欲しいんじゃなくて、止めて欲しいんじゃないだろうか)
自分の護衛についた二人を使役して、他チームと潰し合うであろうミユキを。
ここには、他にも戦いたいひとだっているだろう。
狙われている誰かがいるなら、行かないといけないんじゃないだろうか。
アキラ自身に力はないが、力を持つ二人と一緒にいるのは確かなのだ。命令したり、従わせて使役するなど想像もつかないが、それでも二人を動かせるのはアキラしかいない。
では、行かなければ。
不自然さはずっと感じていた。
戦ってはいけない候補者と、殺し合っても問題のない護衛。
そして、「聖女」の素質を備えた候補者が、護衛をロスしてはぐれてしまえば死ぬしかないというこの課題。
(……何を試されているの? これで得をするのは誰……?)
聖女に選ばれなければ死ぬというのなら、この真剣勝負、わからないことはない。
しかし慣例によれば、選ばれなくても能力次第で要職について聖女の補佐に入ると聞いた。
候補者にしても、護衛にしても、数を減らしても得をする「人間」はいないのではないだろうか。
「何度考えてもおかしいんです。死ぬべき理由のあるひとがいないのに、殺そうとするひとがいる。何のために? わたしたちはなぜこの迷宮に目的もなく滞在することを求められ、戦うことを暗に唆されているんでしょうか。逃げれば逃げられるのかもしれないけど、ひとが殺されてしまってからでは遅い……」
歩きながらなんとか言葉を重ねて言い募るアキラに対し、護衛二人はそれぞれ沈黙していた。
(わたしの身の安全を考えているから……)
彼らにとって、自分は良い候補者ではない。
足手まといだし、わがままだし、余計なことに首をつっこもうとしている。自分ひとりじゃ何もできないくせに。
歩くくらいしか、できることがない、ただの子どもなのに。
「たしかに、あなたの言うことはもっともです。ここに集められ、送り込まれた人間たちに、死ぬべき理由のある者はいない。ただし、目先の勝ち負けの為に……あるいは何か別な目的の為に攻撃を始める者もいる。アキラ、私はあなたにも問いたいのですが。何故戦いではなく、救済の道をいこうと考えていますか?」
先頭に立ち、迷宮を進んでいたアランが、足を止めて振り返る。
背中を追いかけていたアキラは、立ちふさがるかのようなその姿を見上げて唾を飲み込んだ。
(アランは知っているのに……、わたしが試験に参加すると決めた理由)
思いが通じてしまったかのように、アランに続けて言われてしまった。
「迷宮に下りてから、怖い思いも痛い思いもしたでしょう。その男がいちいち命がけで戦っているのも見ていたはずです。少しでもミスをしたら、どうなったかわかりません。実際には、生き延びることだけを考えてもそれほどの余裕はありません。それでも、あなたは今目の前にいない他のチームが気になりますか?」
足を引きずりながら。
ひとりで騒いで盛り上がって助けに行かないとと言っているけど、実際には誰かに助けを求められたわけじゃない。考えすぎかもしれない。それなのに、なぜ安全圏である下層から、人の多い場所へ向かうのか。
アランの疑問に、アキラは考えながら答える。
「もし……、他のチームが殺しあってしまって、生き残るのがわたし一人だったら、わたしは『聖女』に選ばれてしまうかもしれませんが……。逃げただけのひとが? 人間を避けて隠れていただけのひとが? そんな『聖女』なんて、この世界のひとはいりませんよね?」
「生き残れるのは十分な資格になります」
「嘘です。そんなわけがない。だって、もし生き残れたとしても、それはわたしの力じゃない。あなたたちが強いから。ただの運じゃないですか」
「少なくとも、私がここにいるのは私の意志です、あなたを選んでここに来ました。あなたはすでに、選ばせているんです。私に。あなたを」
たぶん。
アランが言っているのは、「候補者として」ではない。
護衛にあたっていた姫君よりも、アキラとの合流を優先したのは、候補者としての勝ちではなくアキラ個人の生命を優先したという意味なのだろう。
――あなたはもう、十分、選ばれている。
「二人を付き合わせるのは本当に悪いと思っているんです……。だけど……考えすぎならそれでいいんですけど、やっぱりわたしは、ひとが死なない方がいいんです」
もっと毅然として、理路整然と説明できるひとだったら、どんなに良かっただろう。
全然納得させられない。説得力がない。
耐えかねたようにレグルスが口を挟む。
「俺が、言ったからか」
「そうじゃない。自分がしたいからです。それでもう方針決めて進んでいるのに、立ち止まったり、いちいちわたしの覚悟を問いただしたり。二人はわたしのように足が痛いわけじゃないんだし、もうちょっとサクサク歩いてくれませんか……!?」
怒った、とレグルスが小さな声で呟いた。
怒られましたね、とアランがアキラの頭越しに答えた。
「さっさと行きましょうよ!!」
勢いだけで言ってしまった。
もちろん当然物凄くまずかったと反省はしているのだが、ひっこめられるわけではない。
完全な虚勢でアランを見上げていたら、おっとりと穏やかに微笑まれてしまった。
「申し訳ありませんでした。あなたに従います。ただ、できれば私があなたを抱きかかえて」
「だめ。絶対だめ。やだ。歩きます」
アランは、譲歩すると見せかけて要求をねじこんでくるから油断ができない。
仕方ないですね、という顔をしながら背を向けて歩き出す。
そのとき、前方からかすかに、人の話し声が聞こえてきた。




