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10 血の匂い

 見た瞬間、手遅れだと気付いて、スバルは同行者の肩をひっつかんで物陰に隠れた。

 何か言いたげな口元を手で覆って「声を出すな」と短く注意する。


 耳に届いたのは、呻きともとれない絶命の吐息。

 スバルは奥歯を噛みしめて一瞬瞑目した。

 しかし、腕の中では依然としてもがいて暴れようとしている駄々っ子がいる。

 舌打ちを堪えて言い聞かせた。


「無理だ。死んでる。というか、普通に殺してるなあいつら。気付かれたらやばい。静かにしろ、シリウス」


 名付けたばかりの名で呼ぶと、途端に動きがゆるやかになって止まった。

 スバルは、シリウスを抱えたまま、わずかに陰から顔を出して、少し離れた位置にいる五人組を見る。通路というよりはちょっとした広間のように開けた空間になっていて、五人は多少距離を置きながら思い思いの位置で何やら話していた。


(候補者は……? サグダビアとメディアがいるな……)


 頭の中で情報をさらう。八番目と、十三番目だ。

 倒れているのは……。

 黒髪で体格のよい男。武装は最小限という身軽さだが、心臓を守っていたらしい円盤型の胸当てが外れ、ずるりと血塗れの剣がそこから引き出されたとあっては、もう生きていまい。地面に投げ出された身体はぴくりとも動かない。

 近くに、もう一人倒れている。


(……十八番目の。割り当ての候補者は……確かフォーマルハウト家のアルフェだな)


 スバルとシリウスは、何者かの導きのように開けた通路を抜けて迷宮に戻った。

 だが、辺りは様変わりをしており、岩肌の洞窟のようなところに出た。直感的に、これは迷宮の深層に踏み込んだと悟りつつ、そのまま進もうとしたところで、これだ。

 見たところ、護衛同士がぶつかり、一チームが叩き潰されたところのようだった。

 倒れている護衛たちが守っていたはずの候補者の姿は見えない。


 迷宮のように整然とした道筋ではなく、隆起した地形であったことで身を隠すことはできたが、これだけ本気で「殺す」ことを躊躇わないチームであれば、遭遇したらまず戦闘は避けられないだろう。こちらに戦意があるかどうかは、問題ではない。

 様子をうかがっていると、奥の方から一人の男が戻ってきた。


「アルフェはひとりで逃げた。どのみち、魔物に遭えばそこまでのはずだ」


 護衛を討たれた候補者が、一人で逃げている、と理解した。

 戻って来た男を加えて、その場に立っているのは六人。きっちり二チームで協力体制をとっているらしい。


「きちんと死ぬところまで見届けなければだめよ。地上に戻ってあれこれ告げ口されたら、たまったものではないわ」


 茶色のウェーブがかった髪の少女が、小さな唇から毒を吐き出した。首元には薄紅色の透ける布を巻き付けている。


「どうせ、遠くまでは行けないはずよ。追いかけましょう。魔物に食われて死体も残っていないようでは後味が悪い。後味というか……、死亡を確認できないから気になる」


 いまひとり、黄色っぽいミニのワンピースを身に着けた、金髪の少女が薄笑いを浮かべて言う。


(候補者が二人とも対抗者を蹴落とすつもりだったのか、ここ……。それでなんで共同戦線が張れた? 候補者同士が元から結託していた? だけど、護衛含めて四チームがいるのに、こうも意思統一がはかれるものなのか? ていうか、誰も反対しなかったのかよ!?)


 同じ立場の護衛の一人としては「なんでホイホイ言うこと聞いちゃうんですかねえ」という、呆れや嫌悪感で胸糞悪い。

 この状況下で誰かを殺してしまうということは、自分自身もまた殺され得るという状況を作り出すことだ。


(『それ』はダメだろう!! なんでわかんねーんだよっ。たとえ候補者の願いでも、なんでだめだって言えねーんだよっ!!)


 スバルの視線の先で、六人は連れ立って奥の道へと進み始めた。

 差し当たり、気付かれなかったことにほっとしつつ、スバルは抱え込んでいたシリウスを解放する。


「……はっ。窒息するかと思った」


 肩で息をしながら、わずかに涙を滲ませた顔で睨みつけられ、「悪かった」とスバルは悪びれなく詫びてから再び六人の後ろ姿に目を向ける。戻って来る気配はない。

 視線を転じると、床に転がったままの死体が二つ。

 深い溜息が出てしまった。


「あいつら止めないと、この先もどんどん他のチームと戦闘するんじゃないのか」


 ずっと押さえつけられていたシリウスも、身を乗り出して戦闘の跡を視界におさめて言う。


「止めないといけないってのはオレも同意見。だけど少し分が悪い。四対一……」

「私も戦える」


 即座に言われて、スバルは思いっきりツンと顔をそむけて冷たく言った。


「だとすると六対二だ。戦う候補者がいるのなら、向こうの候補者だって戦えるのかもしれない。いずれにせよ、シリウスが戦えても、状況は一向に良くならない」

「だが」


 食い下がられて、スバルはちらりとだけ目を向ける。


「今にも飛び出していきそうだけど、ちょっと待ってよ。あいつらは……たぶん、『二組』つまり護衛との組み合わせを考えれば『四組』なのが曲者だ。利害や目的が一致して、相手チームを殺して潰すハイリスク戦略をとっているなんて、にわかには疑われにくい。一緒に迷宮攻略しませんか、と声をかけていって、相手を油断させてズブリ……なーんて線も考えられるよな」

「早く追おう。このままだと被害が」


 立ち上がったシリウスの腕を掴んで、スバルが引き留めた。


「だめだ。危険が大きすぎる。むしろこの後は他のチームとの遭遇を今まで以上に避けて、早いとこアランか、アキラとも合流したい」

「レグルス付きだが

 すかさず言われて、スバルは顔の前で手を振った。


「知ってる。言わないでよそれ。知ってるしムカついてるんだから」


 振り切るように、ようやく六人組が去った広間へと踏み入れる。

 もう間に合わないとわかっていたが、倒れている二人の息を確認しなければ、と。


(護衛同士の戦いは禁じられてはいない。だが……何の為に、そこまで思い切った?)


 考えることが多すぎる。

 後ろからついてきたシリウスが「んっ」と呻き声を漏らした。


「……姫さん、血の匂いきついでしょ。向こう行ってな」


 肩越しに振り返って言うと、吐き気に襲われていたようにぐふぐふとこもった咳をしていたシリウスが、咳の為にうっすら潤みかけた目で睨みつけてきた。


「姫じゃない。確かにこれは慣れないからきついが、逃げ出すほどじゃない」

「ああ、そう。まあ、いいけど。慣れないでよね、こんなの」


 強気なシリウスに、やや呆れた様子でスバルは言い返し、しゃがみこんで遺体の検分をはじめた。

 間違いなく。

 魔物の牙や爪ではなく、人の刃によってつけられた傷が致命傷になっている。

 脈も呼気も確認はできない。

 絶命している。

 スバルは、見開いた目に手をかざして瞼を閉じさせ、自分もまた目を瞑った。


(……二十番のオレの潜った入口では、十五番目と遭遇している。で、今ここにいたのは八番、十三番、十八番……つまり決め手は『五』か? もし作意なく順番で入口に割り振ったとして、初手は各入口に一番から五番、二番手は、一番に六番、二番に七番、三番に八番……)


 割り振りの予測をざっと頭に描いて、スバルは小さく息を飲み、目を開けた。


「アキラは三番だ……。八番、十三番、十八番がいたこの入口から下りた可能性が高い。近くにいるかもしれない……!」


 倒れていた今一人の両脇に後ろから手を入れ、壁に寄せるようにやや引きずりながら運んでいたシリウスが「それって」と言ってくる。


「アキラにもレグルスしかいない。状況は私たちと変わらない。アレと遭遇したらまずいんじゃないか!?」

「まったくもって、そうだねえ。せめて」

「アルデバラン様がいれば?」


 言おうとしたであろうことを引き継いでシリウスが言ったが、スバルはかぶりを振った。


「オレたちは敵がいることをもう知っている。だけどアキラの状況はわからない。だから、せめて、アキラのところにアランがいれば、助けになるのに」


 願いを込めるように、悔し気に。

 その横顔を、シリウスはじっと見つめていた。


【情報の整理】


3番目に潜ったアキラ&レグルス→後続の情報は持っていない。(アランから聞く?)


20番目に潜ったシリウス(姫)&アラン、スバル

 →アランは15番目(護衛剣士エルハ)、五番目(候補者スピカ)と遭遇

 →スバルは15番目(護衛剣士エルハ)と、遅れて乱入したカストル(護衛剣士)と遭遇

  さらに、8番と13番が結託して18番を潰しているのを目撃。


 アランは「5、15、20が固まっていたことから入口が五の倍数個あったのでは?」と推測しており、さらにアキラと合流するまでに何組か遭遇した可能性を示唆しています。

 スバルは「8、13、18が固まっているのを目撃した」ことで入口は五つではというアランと同じ結論に至っていて、3番目に潜ったアキラが近くにいると確信しています。


 次回から第五章~

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