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9 共有する秘密

 前衛を受け持つと言ったアランは、普通に強かった。

 普通に。


 レグルスの腕に手をかけて後に続いて歩きながら、出て来る魔物を苦もなく倒していく姿を見ていると、偽物とは到底思えないという結論になる。


「本物に見える……」


 息も乱さずに、囲まれそうになっても慌てることなく次々に屠っていくその姿。

 折しも、目前の狼のような魔物に蹴りを叩き込み、後ろ手で背後の魔物に剣を差し入れ、引き抜く動きでもう一体倒すという、超絶技巧を惜しげもなく披露している。

 強いのだ。


「割り当ての護衛対象が死ねば失格になるとわかっていて迷宮内で放置し、自分の候補者と合流とは。しかも、何組かとやりあったと言っていたが、事実なら危ないぞ。アランとスバルは最終スタート組だというが、待ち伏せリスクも含めて、人間との遭遇戦の確率は高かったはず。人間は魔物と違って、敵か味方か判別しにくい。裏をかくからな。どう考えても、別行動にはリスクしかない」


 アキラとしては、速やかに二人に協力体制をとって欲しいのだが、レグルスは慎重だ。

 護衛対象に何かあれば失格になるとわかっていながら、別行動を取るというのは、それだけ疑問の多い行動なのだ。


(アランが来てくれたのは単純に嬉しいんだけど……。信じる決め手がない)


 戦闘を終了して、剣についた血をぬぐっている姿を見ながら、アキラはレグルスに目を向けずに尋ねた。


「レグルスさんの場合、始めから護衛剣士がいたら、わたしを置いてミユキさんと合流しようと考えましたか?」


 入口付近で後続を待とうとしたり、他のチームから順番に関する情報などを収集したり。本来の候補者と合流を目指しただろうか。

 目を見て聞けなかったのは、答えが、少し怖かったせいだ。

 偶然が重ならなかったら、自分は今頃レグルスとはこんな風に話していなかったはず。

 初めて見たときのように、言葉を交わすことなく、遠くから互いを見る、それだけの関係で終わっていただろう。

 もしくは。

 候補者同士で戦うことを厭わないミユキにお願いされて、自分を嵌めにきたかもしれない。

 彼の手にかかって、死んでいたかもしれないのだ。


 アランが、何かに気付いたように、道の先へと軽く駆けた。

 そのとき、レグルスがごく低い声で「アキラ」と言った。耳元で囁かれたからようやく聞き取れたようなひそやかさだった。


「始めから、という意味のない仮定については答えない。それと、今この状況でだが……、あれが本物のアランだとわかったとしても、アキラを託して離れるということはあり得ない。本物の護衛だからといって、本来の候補者の味方とは限らないということを、俺はよく知っている」


 思わず顔を上げたアキラに、レグルスは唇に薄い笑みを浮かべて見返してきた。

 自嘲しているように見えた。


 ――当家の候補者を蹴落とせ。


 嘘か本当か、レグルスはアキラにそんな話を持ち掛けている。


「だけど、アランは……」

「知らないんだよな、アランは。アキラの秘密を。知ったらどういう行動に出るかわからないぞ」

「……」


 沈黙の後、アキラはレグルスが何を言わんとしているかを悟って「ああっ」と声を上げた。

 びくっとレグルスの肩が小さく揺れた。何でもない顔をしているが、明らかにアキラの声に一瞬驚いていた。

 目だけで「なんだ」と聞いてくるが、アキラは恐る恐る言った。


「本当のアランなら知っている、秘密があります」

「なに?」


 その問いかけは、「それは何か」というよりも「お前は何を言い出したんだ」と言わんばかりに、不審に思っているのが露骨な態度であった。


「あの……。つまり、アランとわたしの間だけの秘密があるんです。姿かたちや能力をコピーしただけの偽物は知らないと思います。それこそ……、アランの記憶をスキャンして取り込んでいたりしない限り。うん。これ、いけるかも」


 自分にしては珍しく、いいところに気付いた。その思いから笑みを浮かべたアキラであったが、対するレグルスの態度は、ひたすらに渋い。


「なんだよ」

「え?」

「秘密」


 ぼそぼそと問われて、アキラは目を瞬く。

 やがて、固まっている場合ではないと気付いて「言えません」と突っぱねた。


「すごく大切なことなんです。おいそれと他の人に話せるようなことではありません」

「どうしてアランは知っている?」


(おいそれと、話したからですね……。秘密の内容は、女性であることですし)


 自分の中で答えは出ていたが、レグルスの追及があまりにも真に迫って不機嫌そうなこともあり、また内容も内容だけにストレートに言えない。


「とにかく。アランと二人で話させて頂けますか? これでハッキリさせましょう」


 善は急げとばかりに、レグルスから離れて、足をひょこひょこ引きずりながら歩き出した途端。

 後ろから腕がまわされ、胸の中に抱き込まれてしまった。


「レグ……」

「だめだ」


 抗議する間もなく強く言われて、アキラはいささかムッとする。


「それでは話が先に進みません。あなたは一体、どうしたいんですか」


 ゴツンと鎖骨あたりに後頭部をぶつけながら言うと、上から頭に顎が置かれてしまった。


「あいつにあまり近づくな。俺から離れた途端に殺されたり攫われたり」

「本物だったらそんなことしませんよね?」

「賭けだろうが」


 ぎゅうっと腕に力を込められて、息が止まりかける。


「苦しいです」

「少し苦しめ。二度とアホなこと言えないようにしてやる」

「アホかなあ」


 納得いかない、と呟いたところで。

 冷ややかな風が頬を撫ぜて行った気がした。


「ずいぶんと、仲良くなりましたね。離れませんか?」


 にこり、と。

 いつも通りに微笑んでいるアランがそこにいた。いつも通りなのに、何故か迫力がある。極寒の風もアランから吹いているように感じた。


「さて。仲が良いかは知らないが、それなりに深い仲になったのは事実だな」

「えぇっ。何言ってんですか」


 売られたわけでもない喧嘩を買った? とアキラは呆れながらレグルスにつっこむ。

 一方のアランは、まだ笑みを崩していなかった。


「深い仲とは」


 アランに問われて、よせばいいのにレグルスはだめ押しすることにしたらしい。

 急に片腕を外して、自由になった手で髪を梳くように撫ぜてきた。

 狙いを察したアキラは、腕を突っ張ってレグルスの顎をグイッと押しやった。


「またそういう、色仕掛けみたいな! そうそう何度もキスなんかしないでください! あなたはすごい長くてしつこいんだから」


 思わず本音が漏れた。

 はっと息を飲んだのと、耐えきれなかったようにレグルスが噴き出したのは同時だった。

 身も蓋もないこと言った。

 あまりにもおかしそうにレグルスが笑い続けているのがまた、始末におえない。


(だって、初キスってなんかもっと淡いものじゃないんですか!? 淡いっていうか、軽い? いきなり口の中まで入っ)


 レグルスが身を引いた動きにつられて、アキラもまた腕に抱き直される。


「うん。やっぱりあのアラン偽物だ。俺に対する殺意がマジだからな」


 間近な位置でレグルスに囁かれた。

 一方で、今アランに攻撃を仕掛けられたと遅れて理解しつつ、アキラは別の可能性に思い至っていた。


(わたしが「女」だと知っているからじゃなくて!? レグルスに性的に揶揄われて、弄ばれているのを見て怒ったのでは!?)


「アラン……!」


 アキラが名を呼ぶと、少し離れた位置にいたアランが痛ましげに目を細めて見てきた。


「私が遅れたばかりに、あなたがそんな目に遭っていただなんて」


(あ、間違いない! このアラン、わかっている!)


「レグルスさん、あれは本物のアランです!」


 声を上げて二人を見比べてみたが、アランの顔に今一度視線を向けた時、アキラは絶句した。


(怒ってる……!)


 怒気が迸って無表情になってしまっているのを確認し、アキラはレグルスにしがみついた。アランが怖かったのではなく、人間の盾として庇わなければならない危機感を覚えたせいだ。


「殺さないでください……」

「それは、その男次第ですね」


 本物だとわかっているのに、命乞いまでしてしまった。

 本物なのに、アランのセリフが限りなく悪役に近いグレーだった。


「俺か? 言っておくけど、お前の要求は飲まない。アキラは渡せない」


 レグルスに至っては、いまだに完全に敵認定しているようだった。


(このままだと、裸を見られて女だと知られたとかそんな話をしたら、アラン間違いなくレグルスさん殺すのでは!?)


 そこから導かれる結論は差し当たりひとつ。

 アランに、本当のことは話せない。

 一方で、レグルスにも今さら「アランとの秘密」の内容に関しては言えない。

 つまり。


 二人がアキラの秘密を知っているのを知りながら、アキラとしてはそのことを悟られないように振る舞わなければいけないらしい。

 これは冗談ではなく困った。

 そう思いながら、ここはひとつ空気を変えようと、アキラは提案してみることにした。

 出来るだけ友好的な笑みを浮かべてアランを見る。


「あの、アランがいつからスバルたちと別れたのか知りませんが、お腹すいてませんか? そろそろ食事にしましょう!」


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