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8 仲悪し

「アラン、あの、あの……」


 どうして、どうやって。

 聞きたいことがありすぎて、口がまわらないまま、無理な体勢から顔を上げて見る。

 穏やかな微笑みも、優し気な瞳も、見覚えのあるアランその人だ。間違いない。

 懐かしさと安堵に胸が締め付けられる。だが、すぐに大きな不安に襲われる。


「ひとりなの?」


 スバルは? 候補者は?

 転びかけて支えられたまま、足をかばいつつレグルスの腕に掴まり、尋ねる。

 アランの柔和な表情にはなんの変化も見られなかったが、まなざしにはやや厳しいものを感じた。


「足を痛めていますか」

「はい。あの、わたしの不注意です」


 咄嗟に、そう答えていた。

 その時、背後から腰にまわされていたレグルスの腕に、ぎゅっと力が込められて、身体が密着するほどに引き寄せられた。


「本物か? なぜ一人で現れた」


 レグルスの声が、身体に直に響く。

 アランの目が、レグルスの腕に注がれた。

 途端に、アキラは落ち着かない気分になった。


(これ、ちょっと近すぎだよね?)


 背中からレグルスの体温も鼓動も伝わってきて、少し気を抜くと二人で温め合ったときを思い出しそうになる。

 どうにか腕を外せないものかと、アキラは両手で力を込めてみたが、無駄だった。びくともしない。


「アキラをお渡し頂けますか」

「断る。ただでさえおかしな迷宮だ。こんな形で、しかも一人で。魔物が化けて出てきたのだとしても俺は驚かない。守るべき候補者をやすやすと渡せるはずがない」


 腕に「ん~」と力を込めていたアキラであったが、その言葉に小さく息を飲んだ。


(そっか。そういう魔物もいる? だとしたら、レグルスさんの警戒はもっともだよね。アラン一人なのも、ここまで来れたのも、不自然だし)


 自分は彼の顔を見られただけで気が抜けていたけど、そんな場合ではないらしい。

 一方のアランはといえば、レグルスを相手にする様子もなく、アキラに微笑みかけてきた。


「あなたが私を、呼んでくださったでしょう。その心を頼りにここまで来ました」

「わたしがアランを……?」


 問い返すと、確信に満ちた様子でにこりと笑みを浮かべ、強く頷かれる。


(会いたかったのは確かだ。しかも、どちらかといえばスバルではなくアラン……)


 レグルスに。

 女であると、知られてしまった。

 この事実を、事実として穏便に伝えるためにはスバルよりアランだとは思っていた。ただでさえレグルスと仲が悪いスバルの場合、黙っていられずにやいのやいのとやり合ってしまうような気がして。

 だから、二人に合流できてもまずアランに伝えようとは思っていたし、もっと言えば先にアランだけに会いたいとは考えていた。

 言葉にこそしなかったが、意識の底ではスバルよりアランとの再会を願っていたのは確かだ。


「呼んだかも……」


 思わず納得しかけて呟くと、「おい」と頭上から声が降って来た。


「簡単に説得されるな。アレが味方だって保証はないぞ」


 身体をひねるのも一苦労で、なんとか首をねじって見上げながら、アキラは困惑とともに問う。 


「でも、その場合どうするんですか。バッチリ、エンカウントしているんですよ。今さら無視はできません。その……戦うんですか……?」


 レグルスとアランが?


(こんな接近戦だったら、レグルスの方が明らかに不利では?)


 咄嗟にそう思って心配になってしまったのは、少なくともレグルスは「本物」であると確信しているからだ。自分の不注意で意識を失っていた時間はあるにせよ「本物」だと信じている。

 一方の、アランといえば。

 あまりにも別れたときそのままの様子で、逆に戸惑ってしまう。

 それこそ、彼が「そういう人だ」とわかっている何者かであれば、容易に真似ができてしまうのではないかと。


「私は戦闘で構いませんよ。護衛のロスは試験の合否に直接関係しません。お望みならその男を排除してもいいんです。まずアキラを離してください」


 しずかで落ち着いていて、自信に満ち溢れた声。


(アランのような気はする……。本物のアランじゃなければ、レグルスに簡単に勝てるわけがない。この余裕は本物だと思う……)


 そもそもアランのことを深く知っているかと言われれば、そんなことはないのだが。

 少なくとも、このアランは敵ではないように思う。

 なのに、胸がドキドキと痛いほどに鳴り始めている。何かの予感に身体が緊張している。


「護衛からすると候補者のロスは一大事だ。みすみす渡せるわけがない。それとも、自分が本物であると証明できるのか? せめてスバルと候補者を連れていたなら信じられたものを」


 喧嘩腰。

 はっと見上げると、レグルスは薄笑いを浮かべていた。対するアランは柔和な微笑を絶やさない。


「自分が自分であることの証明ですか。難しいですね。アキラはどう思いますか?」


 水を向けられる。

 気のせいではなく、レグルスの腕にさらに力が加えられた。

 まるで、離さない、と告げるように。


「本物のアランなら、レグルスさんと喧嘩する理由はないですよね? その、こう言うと語弊があるんですけど、二人でわたしを取り合う必要がないと思うんです」

「『取り合う』」


 即座にレグルスに反復されて、反射的にアキラはレグルスの腕をぺしっと叩いた。


「わたしだって、自分にそれほどの価値があるとは思っていませんし!? 候補者として話しています!」


 ちょっと落ち着いてくださいよ。

 というつもりで、焦っているなりに友好的な口調を心がけて言った。

 そのはずなのに。


(伝わった? 伝わった?)


 望みをかけて、アキラはアランの顔を見た。


「お望みとあらば、その男、殺しても構わないんですが」


 伝わって、

 ない。


「お望みが逆ですよね、アラン。今の話ちゃんと聞いていましたか!? 完全に真逆です! それ言っちゃったらもう、本物っていうか魔物ですって言っているようなものですよ!? なんでそんなに()る気なんですか!?」

「その方が話が早そうだからです」

「早くない早くない、余計にややこやしくしています!! ここは、戦わないで、協力して切り抜けましょうって二人が握手する場面なんです!!」


 ついつい声を荒げてしまったが、背後でくすりとレグルスに笑われてしまった。


「なんですか!?」

「いや、魔物を呼ぶぞ。その声」


(死ぬほど悔しいけど言い返せない)


 魔物が来たら二人に戦ってもらうしかない。いや、アランはそもそも戦ってくれるのだろうか。現状、確実な味方はレグルス一人だ。


「魔物が来ても倒せばいいだけでは?」

「アランも!! だから、そういうところです!! それって『アランは仲間を呼んだ。魔物の群れが現れた』みたいな状態じゃないですか。こう、全然、大丈夫の証明にならないというか」

「そんなに心配しなくても、きちんと殺しますよ魔物は。そうだ、人間に関しては何人か遭遇していますが殺してはいません」

「ああ……」

「殺しては、ということは、それに近い状況はあったのか」


 レグルスが冷静に返す。


「そうですね。切りかかって来る相手はいました。ここに来るまでにざっと三組以上。いろいろ組み合わせが変わっていたので正確には……」


 にこりと微笑んだアランに対し、レグルスはさらに踏み込むように言った。


「当家の候補者は」

「なぜ言う必要が?」


 アキラはがくりと肩を落とす。

 

「どうして二人は喧嘩腰なんですか。どうやったら仲良くしてくれるんですか……」

「アキラ」


 脱力しきったアキラの身体を支えたレグルスが、耳元で囁いてきた。

 名を呼ばれた、と遅れて気付く。


「そもそも仲良くする必要なんかない。アキラの護衛は俺だけだ」

「それは……。でも、できれば協力をしてほしいんです。わたしの足の怪我は確実にあなたの行動を制限しますが、護衛が二人なら」


 そうだ。

 願った。

 できればスバルではなく、アランがいい、と。

 魔導士のレグルスと協力して戦ってくれる、剣の護衛がここにいてくれたらと。


「アランに会いたいと。確かにわたしは願いました……。だけど」


 願ったからといって、どうにかなる問題では。

 その思いからアランを見ると、この上なく優しく微笑まれた。


「候補者の願いを、迷宮は聞き届けます。私がここにいるのは、あなたが願ってくれたからです。嬉しいですよ、アキラ。私を信じてください」


 実直そうなアランの笑みを見ると、心が動きそうになる。

 だが、レグルスは頑なだ。


「騙されるなよ、アキラ。迷宮が願いを聞く? それで都合よくアランだけをここへ? それよりも、迷宮の生み出した幻覚か、悪意ある何かと考えた方が自然だ。信じる理由はない」

「それは……」


 なぜ、スバルと候補者は一緒ではないのか。

 このアランは本物なのか。

 堂々巡りをする。


「……わかりました。では、私が前衛を務めます。進むべき道はアキラが後ろから示してください。アキラが納得するまで、魔物を屠り続けましょう。それで良いですか」


 アランは表情を崩さずにそう言った。


「それなら。足が痛いわたしをかばいながらだと、レグルスさんの動きも今まで通りとはいかないでしょう。今ここであなたを敵に回しても、逃げられるとは思いませんし」

「アキラ」


 咎めるようにレグルスが名を呼ぶが、振り切るようにアキラは首を振った。

 そして、レグルスを見上げて言った。


「ここはひいてください。納得はしなくてもいいですが、膠着状態に陥っていても仕方ありません。三人で進みましょう」

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