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7 NPC

 交渉能力の消滅。


 死にかけて助けられ、実は女であるという秘密を知られ、あまつさえ注意力散漫で怪我をしたことを見抜かれる。

 この状況下にあっては、アキラにはほぼ発言権がないといって良い。


(消えたい……)


 あまりの気まずさに、アキラは自分に対して愛想を尽かしていた。

 レグルスも呆れているであろうが、生憎と真面目な男であって、職務には忠実である。

 すなわち、聖女候補であるアキラの生存率をあげるという点において、常に真剣なのだった。


「この状況下で、他のチームとやり合うのは無謀だ。こちらを嵌める気のある相手ならなおさらだな。説得する前に、確実にやられる。護衛が二人ならともかく、君には俺しかいない。たとえば魔物と交戦中に引き離されたら、そこまでだ」


 言い返したい。

 が、痛む足に体重をかけぬようにと気遣われ、伸ばされたレグルスの腕に手をかけて掴まり立ちをしている状態というだけでもう、言えることが何もない。本当に、何もない。

 無言のアキラに対し、レグルスは懇切丁寧に続けた。


「言っている意味はわかるな? 今の君は弱い獲物だ。自分の身も守れないのに、人のことを構おうとは考えないことだ。俺としては、このまま他のチームとは関わらず、この試験を切り抜けることだけを考えて動く。意味のない反論は受け付けない」

「…………はい」


 唇を噛みしめて俯くこと三秒。

 意を決して、アキラは顔を上げた。


「言っていることはわかります。全部自分が悪いのもわかっています」


 掴まっている指先に、知らずぎゅっと力を込めながら、アキラは続けた。


「わたしがわがままを言えば、あなたの命まで危険にさらすのも理解しています。あなたは強いけど……、溺れたわたしを助けたり、満足に走れないわたしをかばったり。そういう、イレギュラーなことに対応し続けていれば、いずれは消耗してミスをするかもしれない。わたしには、あなたを助ける力がない」


 もしも。

 治癒魔法を持つという聖女であれば、いざという時に助けになるのかもしれない。だが、現状アキラには何もない。


(あ、だめだ。落ち込みそう。落ち込んでる場合じゃない)


 レグルスの目を見ていられなくて、俯いてしまっう。それじゃだめだと、顔を上げる。

 少しだけ目を眇めたレグルスが、じっと見下ろしてきていた。

 視線が強く絡み、アキラは射抜かれたように息を止める。

 先に口を開いたのはレグルスだった。


「責めてはいない。イレギュラーが続けばミスが出るというのも、その通りだ。俺はそこまで完璧じゃない。だからといって、君に助けてもらおうとは考えていないが」


 唇の端に、薄い笑みを浮かべて言う。

 嫌味ではない。むしろ優し気だ。少し困る。大いに困っている。


「方針はわかりました。他チームに干渉するのではなく、自分たちの安全を第一に考えるというのは、正しいと思います。わたしにできるのは、あなたが動きやすいように努めること」

「『動きやすいように』」

「何か……?」


 ふっとレグルスは笑みを深めた。


「できればもう少し歩み寄って欲しい」

「これでも、反省して妥協して全面的にあなたに賛成していますが?」


 目に力を込めて睨みつけたのに、レグルスは気にした様子もなくアキラが掴んでいた腕をさっと外した。アキラがバランスを崩す前に、その身体へと腕を伸ばし軽く腰を抱き寄せる。


「距離」

「物理的な!?」


 悪びれない一言に対し、つい非難がましく言ってしまったが、レグルスには噴き出されただけだった。


「他に何か? 俺と君の心?」


 恐ろしく綺麗に整った顔に、屈託ない笑みを浮かべて見返してくる。

 引き寄せられたせいで、レグルスの笑いが直に身体に伝わってくる。

 睨もうとしたら形の良い唇に不意に目が吸い寄せられて、そんな自分に慌てて思いっきり横を向いて顔を逸らした。

 先程あの唇に触れられたのは事故だ。事故だと思う。事故のはずだ。忘れなければ。

 無闇に心の中で言い聞かせて、呼吸を整える。

 レグルスはアキラを捕まえていた手を放しつつ、息遣いすら聞こえてしまいそうな近さで、穏やかに言った。


「ふらふらとされていても、歩きにくい。掴まるならもっときちんと掴まるように。ここは今のところ安全だったが、一箇所にずっといるのが良いとも思えない。少し移動する。足は」


 言いながら、腕にアキラの手を乗せる。そして一歩踏み出した。つられて、アキラも寄り添ったまま歩き出す。


「体重をかけなければ痛くはないです。歩けます」

「無理はするなよ。次の場所では仮眠をとろう。どこか安全そうな場所で……」


 二人で、足並みを揃えて歩く。


(「安全そうな場所」か……)


 不確かな言葉だが、それがレグルスの偽らざる考えなのだとわかる。

 彼は、強く、自信に満ち溢れた護衛だが、この迷宮に関してはわからないことも多いのだ。足手まといのアキラを抱えている状況下で、求めるのは戦闘の回避であり、確実とはいえなくても安心できる場所。そこには当然、他の誰も現れない、という意味合いもあるはず。

 このまま、ずっと二人きり。


(レグルスは、嫌なひとじゃない。親切だし優しいし言っていることは正しい。そして、わたしには力がない。戦うこともできず、候補者と言われながらも聖女の力は無い)


「他の候補者も……。みんな今、こういうこと考えているのかな……」


 つい、声に出してしまってから、アキラは暗い前方を見た。

 レグルスから問いかけはなかったが、聞いているのはわかる。アキラは躊躇いながらも続けた。


「無力であることを、突きつけられ続けるんです。自分の試験だというのに、何もできない。というか、わたしだけかもしれないけど、本当に、何もしていません。これでは……時間をやり過ごして地上に帰っても、『それだけ』です。こんなの、わたしにとっては、試験でもなんでもない。経験値すら入らないNPCじゃないですか、わたし」

「NPC……?」

「ノンプレイヤーキャラクター。この試験の主役は、候補者ではなく護衛の皆さんだという話です。候補者は荷物みたいなものかな。ただ傷をつけないように気を付けて、運ばれるだけ。自分で行先も決められない。これでわたしの何が試されているというのでしょう。本当に正しいのかな」


 こんなこと。

 レグルスに言っている場合じゃないのに。


「物語の中で、わがままを言うキャラクターは好きじゃないんです。『余計なこと』をしたり、『向こう見ずな行動』で場を引っ掻き回すひとが、好きじゃない。結果的にそれで事件が解決するとしても、『なんでもっと穏便にできないのかな』って。……だから、いざ自分がそういう決断を迫られるときになって、わたしは自分が信じる選択をしました。レグルスさんを危険に晒してまで、自分の考えは通しちゃダメだと思った。でも……、それなら、そもそもわたしはここに来る意味がなかった。『聖女』にもなれるはずがない。聖女は、もっと……、もっと大胆で、堂々としていて、あなたにただ寄りかかるんじゃなくて、むしろわたしに寄りかかっていいですよって言えるような」


(もう何言いたいのかわかんない)


 頭の中がぐちゃぐちゃになっている。

 聖女になりたいとか、なろうなんて思っていたわけじゃないはずなのに。あまりにも自分が出来ないことに腹が立って仕方ない。

 しゃくりあげそうになって、息を止める。

 今は、支えられてでも、歩き続けなければ。歩くことをやめたらもう駄目だ。


 前を向いた。

 そのとき、不意にレグルスが囁くように言った。


「俺は、君に結構、寄りかかっているよ」

「いいですよ、そういうの」

「いや。嘘じゃない。君とは、こんなに短い時間しか一緒に過ごしていないのに。言うつもりのなかったことをボロボロ言ってる」

「そうかな。聞いた覚えないです」

「聞けよ」


 アキラの意地をなきものにする強さでレグルスが言う。

 二人とも足を止めていた。

 どちらからともなく、向き合って、互いをその瞳に映してまなざしに力を込めていた。

 レグルスが、空いていた手を伸ばしてアキラの頬を包み込むようにして触れた。


「俺は」


 言葉はそこで途切れ、レグルスは顔を逸らした。


 視線が向けられたのは、洞窟の道の先。

 薄暗がりを抜けてきた人影がそこにあった。

 同じくそちらに顔を向け、アキラは驚きに目を見開く。

 一方で、アキラをみとめたその人物は、破顔して言った。


「アキラ。お待たせしました。良かった、無事に会えましたね」


 離れて数時間だというのに、その穏やかな声がもう懐かしい。 

 一点の曇りもないほどに澄み切った瞳に、優し気な光を湛えたその人は、アキラを見ておっとりと目を細めて頷いた。


「アラン……!」


 つんのめって、前のめりにバランスを崩しながらアキラは足を踏み出す。

 レグルスが無言で腕を伸ばしてアキラを抱き寄せた。転ばないように助けたようにも、自分の元から離さないようにしたようにも見える仕草であった。


 ほんの一瞬。

 アランは凍り付くほどに鋭く冷ややかな眼光をレグルスに叩き付けた。

 ぐらついた足のせいで、下を向く形になっていたアキラは、自分を挟んで目だけでされたやりとりに、気付くことはなかった。

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