6 名前
この男、そんなに、強くない。
(喧嘩を買うとは言ったものの)
剣を合わせた瞬間に見切ってしまい、さてどうすべきか、とアランは思案した。
剣士は敵とも呼べないので放っておいて良い。魔導士は詠唱前に叩きたいところだが、おそらく叩くどころか触っただけで絶命させる自信がある。
(考えようによっては、候補者、護衛剣士、魔導士の三人が揃ったわけで。候補者を護衛と合流させる、という使命を無事に果たした状態と考えても良いだろうか)
打ち込んできた剣を、見もせずに受けて流し、アランは駆けだす。
道の先に、詠唱を開始していた魔導士を見つけて思い切り蹴りつける。
ぐっ、と苦し気な声を上げ、魔導士は腹のあたりを抱えながらその場に膝をつき崩れ落ちた。
さほどダメージが無いように加減したつもりであるが、痛いものは痛い。仕方ない。
「アルデバラン様っ!!」
後方から、非難がましくスピカが叫ぶ。「どこへ行く!」と剣士オリオンも声を張り上げていた。
アランは、とん、と軽い仕草で足を踏み鳴らして、片足を軸に肩越しに振り返った。
「私は役目を終えたようですので、先を急ぎます! スピカ様のご健闘をお祈り申し上げます!」
白い歯がのぞくほどに爽やかに告げて、すぐに背を向ける。
そのまま、迷宮の奥へと走り出した。
(スピカ姫は護衛達を使役し、何かをしようとしている。もしかしたら、他チームも巻き込んで)
その絡まり合った策謀を解いて問題を解決するのは、自分でなくてもいい。それが結論だった。
むしろ、危険な思想の持主がいるとわかった以上、一刻も早くアキラと合流を目指すべきである。敵はスピカだけではないはずだ。ここで時間を費やし、脅威を取り除くことは、結果的にアキラにプラスにはなるだろうが、自分と一緒にいない間のアキラは他人に委ねるしかなくなるのだ。それはまずい。
というよりも、ハッキリ、嫌だ。
戦うことを禁じられた聖女候補など、手足をもがれたも同然の存在なのだ。
魔物の巣食う迷宮内にあっては、他人を頼るしかない。
その他人が、自分以外の誰かであるというのが、アランには著しく不満であり、耐え難いことであった。
幸いにして、守るべきと定められた姫君には、優秀な魔導士であるスバルがついている。何かあればもちろん連帯責任ではあるが、敢えてそちらに合流しようとは思わない。
何しろ、アキラもまた、候補者と魔導士のみの組み合わせという、姫君と同じ状況にあるのだ。はぐれてしまった以上、優先すべきがどちらかなど考えるまでもない。
(複数の入り口と……一本道でもなかなか会えない他のチーム? 迷宮には何か秘密がある。が、このどこかにアキラがいる事実は揺るがない。何か法則を見つけるか、手当たり次第か)
心に決めて走り出す。目指す人へと至る道を探りながら。
* * *
道が開けた。
ごく微かな音をたてて壁の石組が組み替えられていき、姫君の叩いた拳の先に空間を作り出した。
スバルは目元に笑みを滲ませて笑った。
「大丈夫、だって。迷宮が言ってる」
「しかし」
なおも険しい顔をしてスバルを見上げた姫君であるが、構わずにスバルはその肩にぽんと、軽く手で触れた。
「自分で自分のハードル上げてるだけじゃん。誰もあなたのことをダメだなんて言ってない。素直になりなさいよ」
「スバル……!」
「行くよ」
まだ言い足り無さそうな姫君を背に、スバルは開けた先へと足を踏み出す。
慌てたように姫君が追いすがった。
「罠かもしれない。私が先を行く」
「魔物が出てきたらどうするよ」
「戦える! 私は……、どうせ聖女にはなり得ないと思っていた。だからこの試験が終わり次第、王家から解放してもらうつもりだった。その為に、剣は身に着けた。出来ることならアルデバラン様の国へ」
追いついて、肩を並べて歩き出した姫君に、スバルはちらりと目を向けた。
「へぇ。亡命? だからアランを気にしていたのか」
「亡命というより……。表向きは死んだことにしてもらう。実は男でした、というわけにはいかないだろうから」
呟きは暗く、諦めが滲んでいる。
スバルは視線を前方に投げながら、小さく吐息した。
「口封じに殺されるのか。確かに今後数十年『王家の規約違反』を囲って生かしておくよりは、その方が」
自然と、口ぶりに苦いものが混じる。
いつ何時、本当のことが露見するかわからない。
それくらいなら、殺して死体も損壊してしまった方が面倒がなくて良い。
それこそ出先で毒殺でもして、火事を起こすなどして跡形もなく消してしまえば王家は安泰だ。
「べつに、聖女候補になりたくてなったわけじゃないんだろ」
スバルの問いかけに対し、やや下方を見つめながら歩いていた姫君は、こくりと頷いた。
「生まれる前から決まっていた。次に生まれる子は候補に立てると。私は生まれたときから『女』として発表されているし、少数の侍女によって厳重に育てられている。自分が本当は『男』なのだと気付いたのも、それほど昔じゃない。男と女の違いを教える者がいなければ、疑問にも思わないからな」
少しの間、スバルは唇を引き結んで沈黙した。
二人の足音だけが響く。
やがて、耐えかねたように「何か言わないのか」と姫君が恨めし気にスバルを見上げた。
問われたスバルは、大きなため息をひとつついた。
そして、やにわに手を伸ばすと姫君の前髪にくしゃりと触れた。
「何を……っ」
「いや。喋ると決めたら随分素直になっちゃって。今さら嘘でしたって言われてももう遅いよ。オレ聞いちゃったからね」
前髪をいじる手を、鬱陶しそうに手で払いのけながら、姫君は沈んだ眼差しを隠しもせずに俯いた。
「このまま地上に向かうか? 私を反則負けさせられるぞ。もっとも、兄上は王家の醜聞を広めぬよう、お前の命も狙うだろうが」
その暗く沈んだ横顔に強い視線を向けて、スバルは断言した。
「地上には向かわない。オレはアキラを目指す。もちろんあなたも一緒に。あなたはこうして現に迷宮に『候補者』と認められているんだ。それこそ王子だろうが何だろうが、人間如きが『反則』だなんて言えないはずだ。なら、安易に地上に出るのはオレにとってもリスクが高い。ま、殺されるだろうし。時間内はきっちり迷宮で過ごすし、速やかにアキラと合流する。この方針に変更はない」
つられたように顔を上げた姫君に、スバルは笑みを向ける。
「お前はなんというか……、なんなのだろう」
独り言めいた呟きは、ひたすらに剣呑であったが、スバルは愉快そうな笑い声を持って答えた。
「何と言われても……。オレの最優先事項はアキラだけどさ。それはそれとして、姫君も候補者として迷宮に認められているんだし、聖女目指せば?」
「は……!?」
驚きに見開かれた瞳。
面白そうに見下ろして、スバルは続けた。
「名前をあげる、あなたが王家を離れて生きていくときの為に。聖女になるのであれ、亡命するのであれ、あなたはこの先どこかのタイミングで、別の人間として生き始める必要があるだろう」
それはまるで魔法を紡ぐために、詠唱をするかのような力強い響きを帯びた声。
茶々を入れることもできずに見つめた姫君に対し、スバルは不意に真摯な視線を注いで、厳かに告げた。
「シリウスだ。あなたの魂に刻んであげよう、真名として。あなたは今後シリウスとして生きるがいい」




