5 人なるものの悪意
みゆきの周りには、男女問わずいつもひとがいる。
それでいて、「特定の相手」有体に言えば「彼氏」がいる気配はない。
周囲の男子からは仲の良い女子として扱われている印象だが、誰かがみゆきに告白したという話は、噂にも聞いたことがなかった。
噂にならないようにしているのか、事実として無いのか。
ただのクラスメイトであり、少しだけ、けれど明確な距離のあるアキラにはわからなかった。
実際、興味もない。誰と誰が付き合っているという話は、たいていクラスで一番最後に知っている気がする。
とはいえ、それまで何も考えないで会話していた「隣の席の男子」が誰かの「彼氏」だと知った場合は、さすがに緊張がはしる。
物欲しそうに見えなかった? 狙っていると勘違いされる言動はなかった?
下手な恨みは買いたくないから、「男女に友情は成り立つ」なんてぐずぐず言わずにそれとなくフェードアウト。自分の意識の上で「友情」が成り立っているとしても、「彼女」から嫉妬されたらそれまでだからだ。そこまでして好きでも嫌いでもない男子と仲良くしたいとは思わない。
自分の鈍さをよくわかった上で、自衛の意味も含めてアキラは普段から男子とは敢えて積極的には関わらない。
差し当たり好きな人がいない、というのも幸いしたのかもしれない。特に不都合がないのだ。
しかし、避けているわけでもないので、普通に話す程度の知り合いは何人かいる。
「木崎」
名を呼ばれて見回すと、戸口に立って手を振っている男子がいた。
(どうしたの?)
大声は出したくなかったので、気付いていると素振りだけで示して、アキラはすぐに席を立つ。
待ち構えていたのは、他クラスの男子。
背は平均を少し上回る程度。さらさらの黒髪もブレザーの着こなしも清潔感はあるが、肌はうっすらニキビっぽい。気にしているらしく「なんでだろ?」と聞かれたこともあるが「若さ?」としか答えられなかった。
「忘れ物? 教科は?」
「あ、いや、違う。そうじゃなくて、放課後時間ある?」
「図書室にいるつもりだったけど。貸出のカウンター業務」
「誰か代われる? 図書部にも関わる重大な会議があるから、参加した方がいいと思うんだ」
にこりと微笑まれて、アキラはうーん、と考え込んだ。
「予算かな?」
「そうそう。図書室に購入する本の半分は図書部の希望でしょ。今日の会議で通すから生徒会室まで」
そう言われてしまったら、行かざるを得ないというのはわかる。
アキラはひとつ頷いてみせた。
「了解。じゃあ貸出業務は誰か見つけておく」
そこまで、自分のペースに乗せようとしているのがありありとわかる調子でまくしたてていた男子が、晴れやかに笑った。
「じゃあ、そういうことで。よろしく!」
言うだけ言って、颯爽と身を翻して去っていく。
同じ学年で、生徒会に所属している彼とは、部活に関するやりとりで自然と話すようになった。連絡先は交換していないせいもあり、用事があると気軽にクラスまで出向いて来る。マメな性格なのだろう。
ただそれだけの仲なので、誰かに見られても何か気になるというわけでもない。
会話が終わったので、席に戻る。
そのとき、どこかから視線を感じた。明らかに誰かに見られている。近い?
ハッと顔を上げたら、目の前にみゆきが立っていた。
綺麗な顔ににこやかな笑みを浮かべてアキラをじっと見下ろしていた。
「木崎さん、生徒会長に気に入られているよね。普段、クラスの男子に興味ありませんって顔してるのに。取り入る相手を選んでいるってことかな」
なんとなく。
嫌な言葉選びをするな、と思った。
* * *
あのとき、どうして背に負っていた荷を下ろしたのか、とレグルスに尋ねられた。
「地底湖まで傾斜になっていたので……。荷物でバランス崩したくないなと」
深い考えはなかったのだが、結果的に食糧が助かった。
しかしその回答はレグルスにはまた違う意味合いで響いてしまったらしく。
出発に先立ち、背負おうと荷を持ち上げたところで横から奪い取られてしまった。
「なに……?」
「俺には別に重くない」
言葉少なく言って、さっさと歩き出してしまう。
その背を呆気に取られて見送りかけ、アキラは焦って追いすがった。
「あなたの戦闘の邪魔になるほうが」
荷物に手をかけても、頑として譲ってくれる気配がない。
「なんですか……、それ。女だからですか。女だってわかったから?」
聞こえているはずなのに、振り返らない。
脱力感で足が止まりかけたが、アキラはなんとか前に進んだ。
波打つ地面のでこぼこに足をとられてつんのめりつつ、レグルスの腕に手をかける。
はからずも、転びかけて掴まってしまったような形になってしまった。
レグルスは、振り払おうとして、思いとどまった。
その心の動きが、ダイレクトに腕から伝わってきた。
(……悔しい)
取り返しのつかない思いが、アキラの胃の腑を締め上げる。
「そういう扱いはやめてください。今まで通り冷たくて意地悪で虫けら見るみたいにしてればいいじゃないですか。あなたはわたしのことが、好きじゃないんだから」
間違えた、と口をつぐむ。
(好きとか嫌いとか。そういう問題じゃなくて。それ以前の、何か)
「優しくしないでください……」
頭の中が混乱して、誤認しそうになる。
味方ではありえないひとを、味方だと。
ふん、とレグルスは意地悪そうに小さく笑った。
「こんなの、優しくしているうちに入らない」
「じゅうぶん入りますよ……!?」
「優しくされたことがない人生か?」
「いやいやいや、何言ってんですかっ!?」
追い詰められて焦って、なんとか言い返す。
からかわれているだけなのに。
「あなたみたいな性悪に優しくされると、面倒くさいですよ。わかってやっていますよね。わたしが困るって」
事実ものすごく困惑している。
レグルスは、先程知り得た事実だけでアキラを反則負けさせられる可能性が高いのだ。もはや地底でぐずぐずしている理由すらない。
それなのに、不可解な提案をしてはアキラを惑わせてくる。
――当家の候補者を蹴落とせ。
もちろん、理由を聞いた。なぜ、と。
レグルスはやけに冷たい目をして答えた。「向いているとは思えないから」と。
(はじめから護衛を引き受けなければ良かったんじゃないかな)
王家の誘いを断ったという、スバルのように。
しかしそう聞き返したら、鼻で笑われて終わった。
そこから今に至るまで、明確な回答はない。ただ、こうしてじわじわと懐柔しようとしてきている気配は感じる。
(わたしが……女だから? 自分の顔で落とせると思っている? 落としてしまった方が、手駒としては何かと楽だから……?)
そんなことは、あり得ないのだ。
恋をするつもりなどない。
アキラはいつかこの身体を持ち主に返す、言わば思考や魂だけの存在だ。
それに、遊びに来ているわけじゃない。
こんなところで本気のデスゲームなんて馬鹿げていると、他の候補者を止めたいのだ。
(聖女にはなれなくても、試験が滞りなく進むように何か力になりたいって思っているわけで。もともと候補者として選出されていたわけだから、出しゃばりでもないと思うのだけど)
そしてその観点から考えたとき、レグルスからの提案は無視できない。
何らかの確信をもって「向いていない」ミユキ嬢は、これまでの情報を集めれば護衛に人殺しを命じるような性格で、暴走が心配される候補者筆頭だ。
レグルスの打診が、裏表なく真心からであれば、利害は一致している。手を結ぶべきなのだ。
わかっている。だが、素直になれない。それは地底湖からの救出劇以降、レグルスの態度が明らかに変わってしまっているからだ。
よもやレグルスが自分に興味を持つなどありえない。
であるならば、この妙な優しさには絶対に何かある。
「とにかく! 荷物はわたしが持ちます! 戦闘はあなたが担当するのですから、そこは納得してください」
まずは変にかばわれているこの状況をどうにかしよう。
そう考えて、強引に荷物の奪取を試みる。
レグルスには小うるさそうな顔をされたが、どうでもいい。
ぎゅっと足を踏みしめて、レグルスが片方の肩にかけた帆布のリュックを力づくで奪い取ろうとした。
足場が悪く、ずるりと片足がすべる。
息を飲んだ瞬間、レグルスが腕を伸ばしてきたが、間に合わず。
軸足にしていた右足に嫌な痛みが走った。
(捻った)
気づいたが、気付かれないようにぐっと歯を食いしばる。
ちょうど、レグルスの腕に抱き寄せられたところだった。
「どうしてそう、意地になっている。ほとほと面倒な奴だ」
耳の側で呆れたように呟かれたが、アキラはそれどころではない。
そっと息を吐いて、痛みを逃そうとした。確認の為、足を踏み込んでみた。
「ん~~……っ」
声を殺して耐えたが、嫌な予感通りの痛みに呻きがもれる。
そんなつもりもないのに、片手がレグルスの外套を、すがるように握りしめていた。
それら一連の動作を見逃してもらえるわけもなく。
「足。痛めたな」
ため息交じりのレグルスの声。
(信じられない……。この上本物の足手まといになるなんて!!)




