4 秘密と脅迫
目を覚ましたところで、当然のごとく問答となった。
レグルスは、水を飲んだアキラに人工呼吸の処置をするとともに、体温低下を避けるために人肌で暖を取らせた、と言い放った。
――こんな風に。
その一言ともに、わめいていた唇を塞がれた。
角度を変えながら、押し付けるように唇に唇をあてられている間、アキラは呼吸を止め続けていた。
やがて限界がきて、ぷはっと息を吐き出した瞬間、狙っていたように唇に軽く噛みつかれる。
身体に甘くしびれが走り、浸ってしまう前に手をぐっと持ち上げてレグルスの顎をグイグイと闇雲に押した。
「もうわかった」
伸ばした腕が、肩まで肌がもろに剥き出しであることに気付いて、慌てて外套の中にひっこめながらアキラは投げやりに言った。
「何が」
相変わらずの皮肉っぽくも冷たいまなざしに見下ろされて、精一杯見返しつつアキラもまたぶっきらぼうに言い放つ。
「再現。覚えてないって言ったからって、わざわざしなくてもいいのに。人工呼吸!」
そこまで強く怒りを表明したつもりもないのに、レグルスにぼんやりとした表情で見返されてしまった。
「……なに? 変な顔しているけど、今のもファーストキスとしてはカウントしないですよっ!?」
(この身体の持ち主の為にも!)
「ファースト……だったのか」
まじまじと顔を覗きこまれる。その呆然とした黒瞳は、本当に意表を突かれた人そのもので、若干イラッとした。
「わたしは、したいなと思った相手と、したいときにしたキスしかカウントするつもりはありません。レグルスさんもそれでいいじゃないですか。八つ当たりみたいなことやめてください。怒りますよ?」
ぺた、と額に手を置かれた。
「なんのつもりですか」
一応、怒る前に確認した。
「言っていることが全然わからなくて。熱でもあるのかと」
予想通りに失礼な返答だった。
「わからないのはレグルスさん側の、理解力の問題だと思いますけど?」
「そうか? わざわざ女性限定試験に、女性なのに『男性』として参加している時点で君は理解を超えた存在なんだが。殿下は相当君を気にしていたようだが、このことは知らないんだよな?」
レグルスを睨みつけたまま、アキラは口を閉ざす。
不意に、レグルスが目元をほころばせた。決して。断じて。アキラにとっては感じの良いものではなかった。
優位に立った、と顔に書いてある。
「この件に関して、他に知っている者は? スバルやアランは知っているのか?」
当然の確認。
アキラは精一杯まなざしに強気をのせてレグルスを見返す。
本当は眉毛も唇の端も感情過多でぴくぴくと震えが来ているのだが、なんとか抑え込んで答えた。
「………………………………………………………………知りません」
(二人を、巻き込みたくない)
もしレグルスがこの件でアキラを脅してくることがあったとして、主催側に知られて失格になるとしても、護衛の二人は「知らなかった」ことにしておきたい。本当に、男だと思っていた、と。
すべてアキラの独断で、二人は関係がないのだと。
「なるほど。では君が女だと知っているのは現状俺だけか」
レグルスが軽く首を傾けて顔を覗きこんできた。探るような瞳。これ以上、何を?
「確認されると結構むかつくので、繰り返して言わないでください」
「確認する前からむかついた顔をしていたようだが?」
「わかっているなら、やめてください。性格悪い」
ものすごく素直な本音が零れ落ちてしまったが、レグルスは怒るどころかなぜか気の毒そうに見下ろしてきた。
「裸で男と二人でこの状況で、危機感がないにも程があるぞ」
「べつにあなたはわたしを『女』としては見ていないでしょう? 服を着てしまえば男ですからね」
言いながら、地面に適当にまとめられている自分の服に目を向ける。
いつまでもこうしてレグルスに抱きかかえられている場合ではない。
(このひとは護衛だからわたしに危害を加えないとはいえ、状況が変わった。わたしを脅す材料を手に入れてしまったし。口留め……)
できる気がしない。
これほどの弱みを使わない手はないのだ。地上に出たら何をされるかわからない。
さしあたり、打開する方法は一つしか思いつかない。
護衛は失っても構わない、という。
要は、候補者が地上に戻ることができればいい。
(アランとスバルと合流して……、レグルスさんをここに置いていくことができれば)
せめて、聖女が確定するまでの間地下にこもってくれていたら。レグルスなら生き延びること自体は可能だろう。ただし。
そんな不確実な手段に頼るくらいなら、アランとスバルは迷わずレグルスを殺害する方を選びそうな気がする。そうすれば、安泰だ。
(アランやスバルが、わたしが『女』だと知らないと信じたとすれば……。レグルスさんは、わたしが二人に「レグルスに知られたから殺して」ということ自体言えないと踏んでいる……かな? だとすれば合流にはそこまで反対されないかもしれないけど)
賛成もしないはず。
なぜなら、レグルスは今すぐ地上に戻っても、アキラを反則負けさせられるのだ。
ならば、ここから一気に地上を目指そうと言い出す可能性が高い。
「服着ないのか」
「着ます」
外套を手でおさえながら、レグルスの膝の上からおりる。幸いにも、下半身に身に着けていたズボンはそのままだった。
「見ないでくださいね」
言いながら、胸にまくさらしに手を伸ばす。
外套を思い切って置いて、布を巻き付けよう、と思ったところで振り返った。
「なんで見ているんですか!?」
「魔物が来るとすればそっちの方向だから」
「そんな返答でわたしが納得すると本当に思っているんですか!? まず謝るところでしょう!!」
あわあわと腕で胸をかばいつつ、取り落とした外套やら布を拾い上げようとするのだが、慌てすぎてうまくいかない。下手に動けば腕の間からささやかな胸が見えてしまいそうだ。
「た、たとえ見るつもりがなかったとしても、見てしまったなら、もう少し申し訳なさそうに」
目を合わすこともできず、下を向いたままぐずぐずと言う。とにかく場所を変わってもらうかどうにかしないと、あの視線から逃れることができない。
しかも。
「見るつもりだったよ。本当に女なのか、最終確認」
悪びれなくそんなことを言う。
「それは……っ。目的を果たしたなら、もうやめてください」
「そうだな」
ようやく、レグルスは立ちあがった。シャツ一枚の軽装で、思った以上に肩が広い。細身だと思っていたが、いかにも俊敏な動作で、筋肉がしっかりついていそうな体つきであった。
(見られたから……見てやったというわけではないんだけど……)
体格差を思い知らされた。
炎の横を迂回して、レグルスは洞の方を見て立つ。
その背を見ながら、アキラは手早く服を身に着けた。
「着ました」
どうしても、つっけんどんな調子で言ってしまう。
レグルスが振り返った。
頭から爪先まで、二度三度視線が往復する。
やがて、溜息とともに言った。
「一度知ってしまうとダメだな。もう男には見えない」
「不吉なこと言うのはやめてください」
「何故そんな嘘を?」
あなたには関係ない。
そう言うのは簡単だったが、つっぱねることは出来なかった。
圧倒的に不利の自覚があるがゆえに。
「百年前の嘘なんです。男として、聖女試験に臨むようにと。わたしにも、何がなんだか」
「記憶がない?」
ごく平淡な口調で聞かれて、アキラは「はい」と頷いてから口を手でおさえた。
(今の質問、認めて大丈夫だった……!?)
レグルスは気にした様子もなく「そうか」と言ってから視線を迷宮の奥の暗がりに向けた。
「どう……するつもりですか。あなたは、わたしを」
声に反応したレグルスは、迷宮の中とは思えないほど寛いだ表情で、軽く腕を組んだ姿勢で視線を流してくる。
「どうされたい?」
口元には微笑が浮かんでいた。余裕だ。
アキラはといえば、取り返しがつかない事態になってしまった絶望感に胸が締め付けられて、呼吸が止まりそうになっていた。
(聖女になれるとは思っていなかったけど、こんな形で脱落するのは……スバルとアランに迷惑をかけただけで)
「そんなの決まってます。何も見なかったことにして、わたしのことは男として扱ってください」
「『お願いします』は?」
屈辱なのか、悔しさなのか。烈しい感情が湧き起こってきて、アキラは口を閉ざした。
(服従させたいの?)
無言で睨みつけるアキラに対し、レグルスは薄く笑って言った。
「君次第では、その秘密、バラさないでやっても良い」
「どうせ……自分からこの試験降りろとか……、いや、もっとひどいこと。誰かの妨害でもさせた挙句に失格に追い込むとか」
えげつない要求をするに決まっている。
自分への怒りと情けなさから、泣きそうになる。喉の奥に熱いものがせりあがってきて、しゃくりあげないように必死に堪えて睨みつけるも、視界がぼやけてきた。涙だ。泣きたくなんかないのに。
(見られるのも嫌……)
瞬きをしながら顔を背ける。
視線は依然として感じる。
目を逸らすこともなく見つめてきていたレグルスが、低い声でハッキリと言った。
「護衛は候補者ではなく、試験では脇役だが、俺には意志も目的もある。駒に成り下がるつもりはない。こうなった以上、君は俺に全面的に協力をしてもらう」
手の甲で乱暴に涙を拭い、アキラはレグルスを見つめた。
視線が交わる。
レグルスはその眼差しに冷ややかさをのせて言った。
「当家の候補者を蹴落とせ。俺の願いはそんなもんだよ」




